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CTIA2006: IMSの本当の狙い

デジタルデバイドとユーザーエクスペリエンス

060331_002756  CNetのブログに「ユーザー・エクスペリエンスとパーベイシブ・アプリケーションの世界」というエントリーを書きつつ考えたことがあるので、今日はそれに関するエントリー。テーマはデジタルデバイドである。

 デジタルデバイドとは、さまざまなデジタルデバイスやネットワークの恩恵を受けられる人と受けられない人の間に大きなギャップが生まれることを指す(参照)。ギャップが生まれる原因には、所得、地域、年齢、教育の違いなどさまざまなものがある。「所得・地域格差」に関しては、私のようなエンジニアに何が出来るわけでもないので口を挟むつもりはないが、「年齢・教育」に関しては言いたいことが山ほどある。

 この手の議論の際に「デジタルデバイドを解消するために人々の情報リタラシーを高めよう」などという発言を聞くことがあるが、私はこの「○○リタラシー」という言葉が大嫌いだ。もともと「リタラシーがない」とは「文盲である」という意味であり、そこには「本来、まともな大人が持つべき教育を受けていない」というニュアンスが含まれている。そのため、「あの人は情報リタラシーがない」と言うと、言外にどうしても「いまどきパソコンぐらい使いこなせない人が悪い」というニュアンスが含まれてしまうのである。

 この「いまどきパソコンぐらい使いこなせない人が悪い」という発想が私には許せないのだ。

 Windowsを作っていた私が言うのもなんだが(というか、だからこそ言う責任があるのかも知れないが)、逆に「普通の人が使えないようなパソコンを作っている方が悪い」と考えるべきなのである。

 私がそれを最初につくづく感じたのは、何年か前に、知り合いの「私もパソコンぐらい使えるようにならなきゃ、パソコン教室にでも行こうかな」という発言を聞いた時である。「教室に通わなきゃ使えないようなものを作ってしまったのかァ」と結構落ち込んだ。

 技術者の我々から見れば「もう何年も前からやろうと思えばできるようになっている」ことが普通の人たちにとってどのくらい難しいのか、そしてその難しさゆえに、彼らにとってみれば「そんな技術は存在しない」に等しい状況であることを、良く認識する必要がある。

 私の愛読書の日経エレを見ていると、毎号、「次世代の通信網はWiMaxだ」、「次世代のCPUはテラフロップス級だ」、「有機液晶の時代だ」などの要素技術の言葉であふれている。確かにそういった要素技術も大切なのだが、もう少しトータルでみたユーザーエクスペリエンスの向上を考えたもの作りをしない限り、デジタルデバイドのギャップは広がるばかりだ。

  • 携帯で撮影した写真をブログに貼り付ける
  • 自分達のバンドが演奏した曲をポッドキャストで公開する
  • ハードディスクレコーダのディスクが一杯になったので、パソコンにバックアップする
  • iPodをカーステレオに繋いで音楽を楽しむ

 こういった技術者から見れば「そんなの簡単じゃん」ということが、一般の人々にはまだまだ難しすぎるのである。このデジタルデバイドを埋めるのは、ユーザーの役目ではなくて、作る側の責任であるという認識を持ってもの作りをする必要がある。「ネットに繋がった次世代テレビを楽しむには、まず教室に通ってください」、とは絶対に言えないのだから。

【追記】 ちなみに、英語の「Use Experience」をそのまま「ユーザーエクスペリエンス」と書いてしまったが、適切な日本語がどうしても思い浮かばない。「ユーザー体験」じゃ変だし、単なる「使い心地」でもない。こんな大切な言葉なのに…。

Comments

橋口

同感です。以前、50過ぎの母へパソコン(iMac)をプレゼントしたことがありましたが、キーボードは打てないし、マウスが使えず、またブラウザの概念も理解できず最後にはとうとう使うのを辞めてしまいました。よくよく考えれば当たり前の事なのですが、ITを生業とする私の"常識"が一般の人と異なることをいまさらながら気がつかされました。そういう視点でみるとパソコンの使いやすさはまだまだ低レベルと思います。

通りすがり

【追記】にある「Use Experience」の日本語訳ですが、単純に「使い勝手」ではだめでしょうか?

satoshi

>【追記】にある「Use Experience」の日本語訳ですが、単純に「使い勝手」ではだめでしょうか?

うーん、少し違うんですよね。「使い勝手」は遊園地で言えばジェットコースターの「乗り心地」のようなもの。「User Experience」はもっと最初から最後までを含めたイメージ。ディズニーランドは入り口に入った瞬間から別世界の体験をさせてくれますよね。それに近いかな。

通りすがり

>「User Experience」はもっと最初から最後までを含めたイメージ。

となりますと、それに該当する簡潔な日本語が今の所思い浮かばないですね。あえて日本語に訳すと「物に触れ合い使うことを通して、使用者の経験・感覚・世界観が変容していくこと」となるでしょうか。これではあまりにも言葉が長くなってしまうので、簡潔に言い表せる新たな日本語を作り出す必要があるかもしれません。例えば、かつて明治時代に「economy」が「経済」と訳されたように。

&

ユーザーエクスペリエンスは以下リンクのように「ユーザー体験」と訳されるようですが、「体験」では含まれる意味が少ないような気がし、ユーザビリティのような意味になってしまいそうですね。
https://www.atmarkit.co.jp/aig/04biz/userexperience.html
https://www.atmarkit.co.jp/fitbiz/serial/xp/01/01.html

使い側がとっつき易く、使い易く、楽しく、発見して終える???みたいな丸ごとをあらわせる日本語ですよね。。。う~む

おまけで、ディズニーランドのエクスペリエンスのための四つの鍵
https://www.tokyodisneyresort.co.jp/tdr/japanese/do/do_prog/scse.html

フルなインターネットってPCの前に座らないとできないですからね。PCに電源を入れないと情報が得られないってのはデジタルデバイドとは若干違いますが、一つの障壁ですよね。テレビをつけるような感覚に近づけばいいのだろうか。

Yos

PDAの元祖、Newtonに関してよく似た思いを持ったことがあります。
ペンでタッチするという行為から『どれだけ人間の意志に関する情報を読取るのか』が他のPDAとNewtonでは違っているなぁ、という感想です。

たとえば、紙に文字を書く時には「何を」書くかは意識しても「どこに」書くかは意識しない場合があります。人間は、その2つの事を同時にやってるわけですが、Newtonは「これを」「ここに」書いたんだと判断してくれる。
あらかじめ「デジタルインクをここに書き込む」とカレット位置を指定するようなことはしません。このファジーな所が人間の感覚に近いわけです。

パーベイシブ・アプリケーションとは論点が違いますが、このように製品仕様にも取扱い説明書にも出てこない、些細な事がユーザーエクスペリエンスを高めていくんだと思います。

そういった「タッチの差」を育て上げる開発費や期間というのは、なかなか与えられるものではありませんけど。

武道には「一触」という言葉があります。「百聞は一見にしかず、百見は一触にしかず」
体感するような、誘導されるような、この言葉がユーザーエクスペリエンスに近い気がしています。

bwbw

ユーザエクスペリエンスは、「おま訳」が『使用味』を提案しています。
https://d.hatena.ne.jp/sugio/20041116#p4

Baatarism

「情報リタラシー」というものが問題となる理由ですが、satoshiさんが例示しているような要求はそのままではあいまいすぎてコンピュータには解釈できないものであり、利用者がそのような要求をコンピュータが解釈できる一連の操作に分解しなければならないからでしょう。そのような分解能力が「情報リタラシー」と言われるものであり、その有無がデジタル・デバイドを生むのだと思います。

これを解決するためには、次のような方法が考えられます。
1.コンピュータの能力を上げてより複雑な操作を解釈できるようにすることで、利用者が要求を分解しなくて済むようにする。
2.人間が自然に理解・習得できるような操作体系を考えることで、利用者が自分の要求を操作に分解しやすくする。

恐らく技術者は1の方法ばかり考えているのではないでしょうか?ただこれだと、ある特定の要求は満たせても、それと少し違う別の要求は満たせない、ということになってしまい、操作メニューが肥大化する結果になってしまいます。
だから、本当に必要なのは2の方法だと思います。しかし、この方面ではGUIの発明以降は目覚ましい発展がなく、「GUIの限界=パソコンの限界」という状況になってしまっているんでしょうね。

satoshi

>おまけで、ディズニーランドのエクスペリエンスのための四つの鍵

やはりディズニーはエクスペリエンスっていう言葉を使っていましたね。

>ユーザエクスペリエンスは、「おま訳」が『使用味』を提案しています。

使用味ですか。うーん、それなら使用感かな?いや、それも…

>体感するような、誘導されるような、この言葉がユーザーエクスペリエンスに近い気がしています。

私もその辺りに何かを感じますね。tactileなインターフェイスには色々と面白いものがありますね。昔アルプス電気のプロトで、「ざらざら感」とか「でこぼこ感」を伝えてくれる入力装置があり、感動したことを思い出しました。

>人間が自然に理解・習得できるような操作体系を考えることで、利用者が自分の要求を操作に分解しやすくする。

色々と考えさせられるコメントです。しばらく考えてみます。

弾

User Experience = 使いごこち
ではいかが?
Dan the Inexperienced

パンタロン禿

至高体験ってのはどうでしょうか。
どっかで使われてたような気がします。

あらいしゅんいち

私はPCがとくべつに使いにくい道具であるとは思いません。うちのおじいさん(80+n歳)も普通にWindowsを使ってメールやウェブブラウズ、文書作成(Word利用)をしています。Excelを使って資産管理と確定申告もしていますよ。

やはりトラブル対応などは初心者には辛い部分ですが、それは品質がもっと向上すれば解決する問題であると期待したいですね。

具体的なつかいやすさの提案があればいいんですが、単に「つかいにくいぞ」という指摘を聞くと、どうも「カナモジカイ」を思い出してしまいますね。

あるていど自習してもPCが使えない人など、僕は一人としてみたことがないんです。PCは本当に難しいものなんですか?

もちろん、もっと使いやすく改善すべきことは山ほどあるでしょう。しかし今のPCが、一般人にとって使いこなすのが難しいものだとは微塵も思いません。

最初はマック

ほんと、XPでかなりマシになったけど、マイクロソフトのユーザーインターフェイスっていまだに10年前のマック以下やなあ。仕事の関係でWindowsに宗旨がえして、かれこれ8年経つけど、いまだに出来ることならマックに戻りたいと思うもん。XPって小さな親切大きなお世話ばかり。毎日イライラするもの。人間様がボスのはずやのに、MS様に人間が合わせにゃならんのが現実。それが腹立たしい。こう使いたいという人間様の要望には耳を貸さず、MSの方法を押しつけられている(結果として)のがホンマに頭にくる。まあそれがビルゲイツだしアメリカ人なんだと思うな。アメリカに5年住んでいてとそう強く感じるな。

WindowsとMAC OS-Xダブルブートできないかなあ、もちろんマックのPC上で。WindowsのPCは不細工で、ユーザーの使いやすさを考えて最適化されていないから(もし本当に使い勝手を考えてるんなら、Ctrl, Altキーはもっと大きいだろうし、スペースキーの左右両方に対称に配置されているはずだろう。それ以前にショートカットの主役であるCtrlキーの位置があんな端っこにあるなんていうことからして不細工。僕はCtrl-E,F,Vよりも遠くを片手で押さえられないもの)。

Hirata

ブログを読んで思いついた言葉ですが、デジタルネットワークリアリティ(電子網現実感?)がしっくりきました。
ネット世界で起きた事が普通の世界でも起きるような状況なので、まずは「情報の伝言ゲーム」に誰でも参加できるようになればいいのになぁ、と私は思います。
これからはエンベデッドデバイス、センサーネットワーク、などの情報機器が更に増えてくると思いますが、機器から得た情報を配信する行為はユーザの意思で行える状況にある方がいいのかな、と。
シリコンにもデバイスとしての限界があるでしょうし。

dsaitoh

猫型ロボット感とか :-) それはさておき、はじめまして。

「わかる感」でどうでしょう。
 もっとも、どう和訳してもユーザーエクスペリエンスという考えが高級すぎる印象が昔からあります。
 現状は、ユーザーの操作に対して「次も/次こそ、システムにとってのマトモな操作をしてもらえそうな、人間に対するまともな反応」を返すという当たり前の動きすら、なかなか提供できてないわけで。

もっともそれが簡単にできれば苦労はないですが、十人十色なユーザを満足させること、いつかは我々にできるんでしょうかねー。

Naotake

Use Experience
は「おもてなし」だと思っています。
関係ないですが、CNETのプロフィール内容古くなってますね。

about

「普通の人が使えないようなパソコンを作っている方が悪い」とはSIerとしてシステムを作成しているものとしては耳が痛い言葉だなと思いました。
システムを作成しているとつい利用者もこれくらい知っているだろう知らないわけがないという画面などを作ってしまいがちなので、常に肝に銘じなければいけないなと改めて思いました。

satoshi

>Use Experienceは「おもてなし」だと思っています。

これ、いいかも!

Yos

「おもてなし」ボクも賛成です!
体感が誘導されるような、やさしい雰囲気が伝わってきます。

TICK

自分の家内は、FAX や、ケータイのメールをソフト屋の僕以上に使いこなしています。で PC は全然ダメです。

今の PC のユーザインターフェースは、技術者の僕でも面倒くさいと感じるのは事実ですが、反面、家内のそういった例を見てしまうと、一概に
使いづらい=わかりづらい=使わない
という図式でもないように思います。使いやすい、使いづらいも、主観的な要素がありますし、実現できることに大きな魅力があれば、みんな労力を惜しまないような気もします。

ちなみに自分は BOSE の CD Player や、Mac の直感的でシンプルな UI には心惹かれます。

ほりもとあきら

一般的には、車に乗るのにはまず教習所に通いますよ?


私は「難しいものをやさしくする事で切り捨てられてしまう何か」が、まだまだ可能性を持っている間はそれほどユーザに優しくなくてもいいかも、と思っています。

やさしくなる=均一化、だけとも思いませんが、インフラが出来てしまうとなかなか乗り換えられなくなる(例えば自動車がそう感単に石油やアスファルトを捨てられないように)のも気になるところ。

私はまだまだ荒削りでも、使いにくくても、分かりにくくても、使う人を選んでもいいから、パソコンには無茶をして欲しいと思ってます。はい。

satoshi

 単に「車を運転する」だけであればオートマ車であれば、教習所に通わなくとも運転できます。特にゴルフカートとかであれば子供でもすぐに。

 今のパソコンは昔のマニュアル車のようなもの。運転は難しいし、間違えると大事故を起こしてしまう。

 せめてオートマ車ぐらいの、できればゴルフカートぐらい簡単にすることができると良いですよね。

 今の家電はゴルフカートですが、だんだん機能が増えてくると使うのが難しくなってくる。ここが一番難しいんですよね。

romi

少し足が遠退いておりました・・・・謝。

教え上手な方に出会えればラッキー!
今だ家内はPCを叩きません。
私はたまたまアスクルの販売店という事で使わざるを得なかった。
必要に迫られてさわり始めた・・・・
確かにもっと多くの人が使えるものになればと思うしして欲しい。
ウインドウズは革命でした、期待してます。
家内やおふくろも使えるPCを・・・。

あらいしゅんいち

だれでも車が運転できるといいますが、自動車は人の命を大きく犠牲にしているから、だれでも運転できるのです。自動車による犠牲者をぐっと減らすとしたら、自動車の運転は、飛行機の運行なみに大変な事業になるとおもいますよ!!!!

bob

パソコン難しいでしょうか?
20代の私が言うのもなんですがやる気の問題だと思います。
パソコンではないですがこんなことがありました。
先週花見に行ったのですが、70代くらいの老人のグループが携帯のカメラで桜の写真を取り、「○○さんにも送ってあげよう」などと話していました。
「使いたい」「使う必要がある」と感じる人は年齢によらず学校など通わなくても使えるようになると思います。
パソコンのスクールなどと言うのは英会話学校と同じで、特に必要に迫られていない人が「金を払ったのだから行かなきゃ損だな」という動機付けを行うためだけのものではないでしょうか?

ほりもとあきら

別に車になぞらえたのは分かりやすくするためでして、車の話をしたいわけではありません(笑)。


1.習わなきゃ分からない難しいコトは世の中にたくさんあるよね。学問、麻雀(笑)、その他諸々。いいじゃん、元々難しい概念なんだから、パソコンって。

2.今「簡単にする」コトを目標にするのもいいけど、個人的には分かりやすさを置いといてでも、新しい概念や使い方を見つけるほうが楽しいなあ。


という事でした。
まあ最終的には「コアとなる部分」と「UIその他”見える部分、使い勝手”」がより分離されて各々が洗練されていくんだろうけど、まあ何と言うか、ぶきっちょの方が良いよねえ、って感じ。両方得意な人とか、双方得意な人を各々集めるとか、そういうのが目指すべき正しい解なんでしょうが、そもそも”ソツの無いモノ”ってつまんないよねえ。

にゃん

私はまつたく「うとい」側にいます。
まず、
何かあったらどうしようと
PCを使いながら思うわけです。

携帯やFaxは使いこなせるのにPCは苦手というのは、歩くこと自転車に乗ることは何のためらいもないのに、車はペーパーである。と同様といえばいいのでしょうか。

整備なんてとんでもない、構造も部品もよく分からん、行動範囲の広さに対して地図も苦手。対人でなくとも何かあったらどうしよう・・・といった感。
困ったときには、ガソリンスタンドにJAFに友人知人、いざ道行く人というところを得て また、
初心者であっても自損は大抵しながら想像がつくために、とにかく慣れよと運転できます。
しかしこの「あっ、まずい!」これがPcだとまったくワカラナイ、故
はて、何かあったらどうしよう・・・となるのです。

おそらく機能のほんの一部しか活用していない知らないのだろうな・・・と思いつつPCに触れているわけです。

好奇心、向上心 あとは周囲の環境でしょうか。

技術者の立場から、【「普通の人が使えないようなパソコンを作っている方が悪い」と考えるべきなのである。】というコメントが出るとは、大感激でした。

少しは解るようになりたい、そう思いましたもん!

key

Use Experienceがおもてなし、ということを前提でいえば、ディズニーランドがワクワクを提供してくれるように、コンピューターはワクワクを提供する道具であれ、ということではないでしょうか。

つまり、ワクワクを提供するどころか使う人を苦しめかねないコンピューターの現状に甘んじているのはマズイ!ということ。

個人的にはコンピューターを使うことで、ふらっと入ったレストランで頼んでいないのにサービスでデザートをすっと「よろしかったらどうぞ」とさりげなく出されるようなおもてなし感を感じたいです。

でもコンピューターにそんなものいらん、という人がいるのももちろんわかります。

tksogt

今日「おもてなしの経営学」を購入し、喫茶店で第1章を読み終わりました。

>Windowsを作っていた私が言うのもなんだが(というか、だからこそ言う責任があるのかも知れないが)、逆に「普通の人が使えないようなパソコンを作っている方が悪い」と考えるべきなのである。

この部分に対して。
職場でWindowsやOffice suiteについて質問され、解決してあげたり、あるいは解決法がおそらくない、ということを教えてあげることがよくあります。

そのとき、質問者があまりに感心・感謝をしてくれたり、がっかりしたりしたときには、「義務教育はちゃんと受けているというのに、困ってしまうというのは、コンピュータの方が悪いんですよ」とか「あとでゲイツさんに文句を言っておきます」とか言うようにしています。

開発者の一人なり一部なりでも、このことがどれだけ大きな問題であるかを感じているということは、とても良いことだと思います。

私は職場ではWindows PCを、プライベートではMacを使っています。
Windowsに対しては、個人的に不満があっても「しょうがないかー」とあきらめることにしています。
Macに対しても、基本的には同じスタンスですが、何かが違うと感じます。。

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