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せっかく釣ったニジマスは、家に持ち帰って燻製にして近所の人に配ってこそ価値がある

Solutions 今回の日本行きの飛行機の中で読んだのは、John Battleの「The Search」(日本語訳は「ザ・サーチ」)。Googleと、その中心となるサーチビジネスに関して書かれた、とても中身の濃い本である。勉強になるだけでなく、ビジネス・ドキュメンタリー書としてのエンターテイメント性も十分に持ち合わせた読み応えのある本だ。

 その本に、最近私が強く感じていたことを、とても明確に表す文章に出会って、思わず強くうなずいてしまった。

 ...In short, even if I did read the Journal or the Economist, I wouldn't discuss it nearly as freely as I would a story on Yahoo or Google News, because my friends and coworkes wouldn't be able to read what I read. More and more, I find that if I can't share something, it's not worth my time.

【意訳】…つまり、ウォールストリート・ジャーナルやエコノミストのような紙の媒体でニュースを読んだとしても、その話を知り合いにしたりすることは、YahooやGoogle Newsで読んだことを知り合いにすることと比べればはるかに少ない。理由は、彼らにそれをその場ですぐ読んでもらうことが出来ないからだ。こうやってますます、「他の人たちと共有できないものに時間を費やしても意味がない」と思えるようになって来たのだ。

 この感覚はすごく良く分かる。新聞やテレビなどの従来型のメディアから情報を得たとしても、それをe-mailで会社の誰かに伝えたり、ブログで引用したりリンクを張ったり出来ないことがものすごくもどかしく感じられるのである。仕方がないので同じ情報をネットで探して、それを引用したりしているのだが、そんなことをしているとこの本の著者と同じく「最初からネットで情報を得た方が便利じゃん」と感じてしまうのである。

 情報をニジマスに例えれば、従来型のメディアは「釣った魚を持ち帰れない釣堀」のようなものである。「せっかく釣ったニジマスは、家に持ち帰って燻製にして近所の人に配ってこそ価値があるのに、それができないなら最初から川(=インターネット)で釣りをした方がいいよ」という話である。

(ちなみに、ニジマスは燻製よりも塩焼きの方がずっとおいしいと思うのだが、塩焼きは冷えてしまうとおいしくないので、ここはあえて冷えても大丈夫な燻製で。でも、塩焼きだったらやっぱり鮎かな…って、どんどん話がそれて行くので今日はこのくらいにしておこう。あ、また食べ物にたとえてしまった^^;)

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» 研究論文は最先端の内容を扱っているが、しかし情報伝達方法は時代遅れ from orikiの日記
中島聡さんが呼んだ「The Search」(日本語訳は「ザ・サーチ」だそう。)という本の感想を読んで、彼の考える情報の価値について共感を持つ一方で、さらに価値ある情報とされている研究論文については、その伝達方法が時代遅れのため、十分な価値を発揮していないと思いました。 新聞やテレビなどの従来型のメディアから情報を得たとしても、それをe-mailで会社の誰かに伝えたり、ブログで引用したりリンクを張ったり出来ないことがものすごくもどかしく感じられるのである。仕方がないので同じ情報をネットで探して、それ... [Read More]

Comments

塩焼きなら絶対に太めの鮎ですね。
あ、また食べ物に反応してしまった(^^;)

なるほど〜。なら従来のメディアを記録して紹介するのは魚拓みたいなものですかね・・

ビジネスとしてネット通信に関わっておられる人はそういう意識を持つのかなと思いました。ネット上で、すべてデータが揃っていれば確かに便利だと思います。しかし、ネットベースでない情報媒体(本やら新聞)が不便だというのは、少々乱暴な言い方ではないかと思います。素早い検索、ネット上での情報共有という点では断然、ネット媒体が優れています。しかし情報の伝達手段、ユーザーインターフェースとしては、紙媒体の方が優れている点が多々あると思います。

PC上で短いレポートや論文(20ページ以下)を読むことがあるのですが、不便を感じることが多々あります。たった1ページのレポートでもパソコンを起動しないと読めない。PC上に表示できるのは1ページが限界。ページ間の比較をしようものならさあ大変。紙媒体なら数枚のレポートを並べて比較できるし、簡単にページをくってBack & Forthができる。鉛筆やハイライターで書き込む感じで、電子媒体に書き込むことができない(不便)。PCのディスプレイは、表示面積が非常に限られた1D表示なんだということを強く意識します。

しかし、データのストレージ・検索という点では電子媒体&ネット媒体が遙かに優れているのは確かです。

ですので、僕は同じ情報でも紙媒体と電子媒体両方を持っていることが多いですね。読むときには紙媒体、データや情報のプロセッシング(共有といっていいかも)ときには電子媒体を使う。

PCのディスプレイが、表示面積が非常に限られた1D表示である限り、全てがネット媒体(PC媒体)に変わると言うことはないだろうなと思っています。紙の本と同じような、便利さとフレキシビリティーをもった電子デバイスを、だれかが創ったら話は別ですが!

紙媒体がネット検索の便利さを取り込むと(電子媒体あるいは電子データベースをつくる)、実はもっと紙媒体が便利になるのではないかなと思うのですが。ですが新聞社とかは古いから、そういう風には考えなだろうな。残念。

 もちろん、紙媒体と電子媒体、それぞれ優れている点があると思います。ここで、私が言いたいのは、電子媒体(とくにネットにあるもの)が突出して優れているのは「他人と共有できる」点だったんだと自分なりに再認識したという部分なんです。紙媒体にはたくさん優れた点(電源が要らない、ポータブル、読みやすい)もあるので、私も利用していますが、ネットにある情報のように簡単に共有できないのが、なんとももどかしいんですね。

Satoshiさんのコメントを見て、とても『気になった点』がありました。

<< 『電子媒体(とくにネットにあるもの)が突出して優れているのは「他人と共有できる」点だった

確かに、ティム・オライリー氏が提唱した「Web 2.0」特徴のひとつに、『集合知』があります。だが、しかし、忘れてならないことは『広告型収入のビジネスモデル』である点ではないかと思われます。自分は、アルゴリズム分析の世界は疎いのですが、現在、われわれが進めている『集合知』と、『検索エンジン』と、『広告型ビジネスモデル』の間に、深い相関関係があるのかもしれません。また、最終的な利益を最大限に享受するのは、きっと、アルゴリズムや数学的な才能に依存する人たちにもたらす可能性が大きい・・・。Googleという会社は、ビジネスモデルと、確かな技術アプローチを徹底しているのかもしれませんね。さて、対策を検討しなければ・・・・・・。

「そうそう」と思いつつ、「状況による」とも思いました。
周囲がネット環境に慣れた人たちばかりならOKですが、例えば地方だとそうもいかず、むしろ逆になる。メールアドレス(やケータイ)を持たない人たちは多く存在し(かつ画一的でない面白い人が多く)、ネット慣れした人の輪や環境だけからアイディアを出すかというと土壌が浅い(ネットが届かない情報に価値が生じ、それがなくなる日は来ないと思われる、思いたい)。
最近たまたま知ったサービスで、新聞記事原文イメージをデータベース化するサービスというのがあり、その売り文句に「ネットで拾える情報は誰でも拾えるから価値はない」とありました(うろ覚え)。そうね、と思いつつ、そうしてそれの価値も落ちると思う次第です。
共有できることに価値があるのか、出回っていない情報をシーズにディスカスするか、川で山菜を出せる贅沢も良いと思うと同時に、その著者や賛同者が何かを作っている人ならばクラフトマン・シップとしてちょっと怠慢な発言だなと感じます。
お題エリアから離れましたかね(笑)。

紙の媒体(本や新聞)と比較してますが、「情報共有」という点で本当に問題になるのはテレビなんじゃないかなぁ?
本や新聞は、リアルタイムには無理にしても、後で参照可能ですし、引用もできる。
でも、テレビは、基本的に参照はできない。録画はできますが、プライベートなものというのが建前で、コピーコントロールをしたがるし。
その上で、同じ番組を見ることによる仲間意識とか、視聴率を気にするというのも、共有性から考えると納得という感じ。
最近、「通信と放送の融合」というのがよく話題になりますが、すぐに「テレビ番組をネットで流すこと」という話になっちゃうのは、短絡的だよなぁ、と思っていた。本当に必要な、そして融合のための第一歩は、いつでも参照できること、なんじゃないかな?

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