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セカチューブームは「多元的無知」か

060623_131213  CNETのブログのエントリー「既存のウェブサイトをAJAX化する意味が本当にあるのか?」の中でも軽く触れたが、皆が良いと主張するものを誰も否定できなくなってしまい、結果的に集団として誤った方向に行動してしまう現象を社会心理学では「多元的無知」と呼んでいる。

 難しい授業や講演を受けた人たちが、誰一人として全く理解できていないにも関わらず、それぞれが「理解できていないのは私だけかも知れない。それがばれるのは恥ずかしいから、私も分かったような顔をしてうなずいておこう」と考えて、全員が理解したような顔でうなずき質問もしない、などの状況が典型的な「多元的無知」の例だ。

 近年では、十代の子供達の間での「セカチュー(世界の中心で愛を叫ぶ)」ブームが良い例だ。確かにそれなりに良く書けている小説かも知れないが、この手の「純愛もの」は通常はごく一部の子供達だけに受け入れられるたぐいのものである。

 しかし、一旦ブームに火がついてしまうと、「セカチューの良さが分からないのは恥ずかしい」という雰囲気が子供達の間に出来てしまい、誰も否定できなくなってしまう。そうなると、普段はゲーム内で無差別殺人を繰り返しているような連中までが、「セカチュー最高!」と言い始めるから不思議だ。

 「なんで君たちは、物語の中の白血病の少女の苦しみを理解できるのに(もしくは、理解したフリをできるのに)、同時に、ゲームの中の通行人を跳ね飛ばして笑っていられるんだ」とツッコミを入れたくなってしまう私は、彼らにとっては典型的な「ウゼえオヤジ」なのだろう。

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[Life is beautiful: セカチューブームは「多元的無知」か] Webに関してそれが色濃く出たのは企業によるBlogホスティングではなかろうか。皆が良いと主張するものを誰も否定できなくなってしまい、結果的に集団として誤った方向に行動してしまう現象を社会心理学では「多元的無知」と呼んでいる。Life is beautiful: セカチューブー..... [Read More]

Comments

timehills

毎回興味深く読ませてもらってます。はじめてコメントさせていただきます。

別の「ウゼえオヤジ」からも一言。

「ウェブ進化論」を字面だけを読んで「職場の中心で『グーグルすごい』を叫ぶ」おっさんどもよ、こそこそとヤフーで検索せず、若い人たちからグーグルの使いこなし方を教えてもらおう!

こういうおっさんどもも「多元的無知」の状況に陥っている例ですよね。

icot

はじめまして。

毎回ためになる記事読ませていただいて、目から鱗がぼろぼろ落ちています。

最近の「やれAjaxだ!」、「今度は○○2.0だ!」と言う風潮には食傷気味です。なんてことを言いながら、僕自身「多元的無知」に陥る事も事実で。注意しなくてはいけないなと思いました。

それでは失礼します。

夏モード

書いていたらやたらと長くなってしまったんですが^^;以下読んでいて違和感を感じたところと個人的な見解です。

>しかし、一旦ブームに火がついてしまうと、「セカチューの良さが分からないのは恥ずかしい」という雰囲気が子供達の間に出来てしまい、誰も否定できなくなってしまう。

が原因となって

>そうなると、普段はゲーム内で無差別殺人を繰り返しているような連中までが、「セカチュー最高!」と言い始めるから不思議だ。

という結果になる、という論理展開は、一概にそうとは限らないのではないでしょうか。
と、これは別にセカチューが良いと思っている人が多いという風に言っているのではなくて、
>「セカチュー最高!」
と言いたい人の中には、セカチューの内容が良いかどうかというところよりも、「セカチュー最高!」「だよね!」という共感を知人関係との中で得るところに価値を見出してる人も多いのではないかと思います。
そういう知人との共感に商品価値を見出している層にとっては、ストーリーの内容などは関心の対象ではなくて(であるから「セカチューの良さが分からないのは恥ずかしい」という風には思っていなくて)、単純に知人とのコミュニケーションの出汁になればよいと思っているのではないかと個人的に認識しています。
それがライターなどのコンテンツ製作者にとって幸せなことかどうかは分かりませんが、そういう層のユーザーに価値を提供している事自体は否定できないんじゃないかなぁというのが私見です。
(セカチューの内容は私としては普通の恋愛モノだなぁというくらいの感想でした。念のため)

satoshi

夏モードさんの、

>「セカチュー最高!」と言いたい人の中には、セカチューの内容が
>良いかどうかというところよりも、「セカチュー最高!」「だよ
>ね!」という共感を知人関係との中で得るところに価値を見出し
>てる人も多いのではないかと思います。

というご指摘、もっともですね。その根底には、自分まわりの人と同じことをすることにより得られる安心感、うらがえせば、自分だけ違うことをしたり言ったりすることに対する不安感があるのだと思います。それがこの手のブームをより一層増幅したり、集団を異常な行動に走らせたりするのだと思います。

 そう考えると、太平洋戦争当時の日本の状況は、単なる「軍の暴走」や「軍による国民の洗脳」だったというよりは、起こるべくして起こった「多元的無知」だったと解釈する方が正しいのではないかとすら思えてきます。

asitaki

「裸の王様」でいいじゃん
「難しい言葉を使いたがる症候群」にも何か名前付けてよ

005

「裸の王様」の状態を内包する広義の概念が「多元的無知」
って事でしょ。
「専門用語に過剰反応する症候群」ってのも命名が必要かも・・・。

maya

>十代の子供達の間での「セカチュー(世界の中心で愛を
>叫ぶ)」ブーム
セカチューはむしろ30代以上のおじさん達に受けているのだとばかり思っていました…。ドラマ版だけなのかもしれませんが。放送当時、関連サイトの掲示板にはそういった方々の自分語りのような書き込みが多く見られ、それこそウザかった記憶があります。

satoshi

確かに「裸の王様」の方が分かりやすいかも知れませんね。ま、社会心理学の用語を覚えておくのも悪くないと思います。

Maki

<<「多元的無知」:皆が良いと主張するものを誰も否定できなくなってしまい、結果的に集団として誤った方向に行動してしまう現象のこと。

個人であるならば、「多元的無知」に流されたとしても社会的影響や損失は少ないだろう。だが、これが大規模プロジェクトの場合、時として、失敗はビジネス撤退やビジネス・ショック死に直結する危険性がある。それでは、どうしたら「多元的無知」から回避できるのだろうか。例えば、NASAの宇宙開発といった国家レベルの新プロジェクトであるならば、一度も失敗は許されないはずだ。リスクを回避するため、インターネット時代に彼らが試みている挑戦とは何か。かつて、ロシアと合衆国は宇宙開発競争を続けていた。世界で一番優秀なエンジニアを抱えていながら、NASAは常にロシアに先を越されていた。そこで、考え出された思考アプローチがKT法(ケプナー・トリゴー法)である。その後、世界はフラット化した・・・、そして、日増しに情報は増え続けている。そこで、次のような仮説を立ててみた。『きっと、NASAは多元的無知に向けたリスク管理に挑戦しているのではないかと・・・・・?!』

snowbees

<<多元的無知>>
http://www.oak.dti.ne.jp/~xkana/psycho/social/social_10/index.html
本来の定義に加えて、「世論」との相関を解説している。

Lemmih

マスメディアというかマーケティングの基本ですな。これを知らないとだめだみたいな雰囲気を作ることによって、大衆をコントロールしようって魂胆。「ダ・ヴィンチ・コード」なんかもいい例。必ずしもいい作品が売れると限らないのが現在の業界ですから。

Tosi

はじめまして、いつも楽しく拝見しております。


恥ずかしい話ですが、私も周りがわかっていそうなことには、ついつい知ったかぶりをしてしまうたちの人間です。
分からないことを分からないと言える、素直(?)な人間にはなかなかなれません。

Nob

昨年、マイケル・クライトンの「恐怖の存在」を読みました。ここでもテーマである「地球温暖化」を盲目的に「善」と思うことに対しての警鐘が含められていたように感じました(あとがきで彼は、地球温暖化に対して懐疑的な見方であると、改めて表明していましたが)

このぐらい著名な人間であれば、「当たり前の善」に対して反対の意見を述べることもできますが、そこまで強くないと、やはり「知ったかぶり」が、社会の中で生きていくための「知恵」(かっこつき)なのかもしれません。

Yasu.

本線とは違うところにコメントですが。。
私は子供の頃、推理小説(ドイル、横溝、乱歩などなど)をワクワクしながら読みました。
人が工夫を凝らされながら殺されていくのをワクワクしながら読み漁っていたわけですが、父親から何故ヒトゴロシの本ばかり読むのだと言われた事があります。
その時ウゼェ、、と思ったかどうかはともかく、ある程度は(限度はあるにせよ)似た感じかもしれないなあ、と思っています。
横ヤリ失礼しました。。。

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