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「リスク・テーカー遺伝子」の歴史

 これは人類が誕生するよりも何百万年も前の話。人類の祖先がサルやネズミに近かった時の話。ネズミのような姿・形・大きさをしながらサルのように木の上に住む原始的な哺乳類を想像していただければ良い。

 その種族にある時、突然変異のいたずらで、ちょっと変わった遺伝子を持った子供が生まれた。名前はなかったのだが、それだと不便なので「トム」と呼ぶことにする。

 トムが持っていた遺伝子は、トムの姿・体に変化を与えるものではなく、トムの行動に影響を与える遺伝子。種族の他の個体たちがすることに疑問を持ち、彼らがしないことをどうしても試したくなる、という遺伝子だ。「いたずら遺伝子」「反骨遺伝子」と呼んでも良いのだが、ここは「リスク・テーカー遺伝子」と呼ぶことにしよう。

 トムは母親に尋ねる。

 「ママ、どうしてあの木にある赤い実は食べちゃいけないの?」
 「毒があるからよ。食べるとおなかを壊しちゃうの?」
 「ママは食べたことがあるの?」
 「ないわよ」
 「じゃあ、どうして毒があるって分かるの?」
 「おばあちゃんから教わったのよ」
 「おばあちゃんは食べたことがあるのかな?」
 「ないと思うわ。おばあちゃんは、おばあちゃんのママから教わったんだと思う」
 「ふーん。不思議だね、誰も食べたことが無いのに毒だって決めつけてるみたいだね」
 「そんなことはないわよ。むかし誰かが食べておなかを壊して、それが伝わっているのよ」
 「本当かな?みんながそう思い込んでるだけじゃないのかな?」
 「トムったらまたそんなことを言って。絶対に食べちゃだめだからね!」

 トムがその赤い実を食べておなかを壊し、ママにものすごく心配をかけたのはその次の日のこと。

 こんなこともあった。

 「ママ、隣の木に行く時は枝から枝へ飛び移るけど、距離があるときは無理だよね」
 「そうよ。無理に飛び移ろうとすると落ちてけがをしちゃうし。地面はとってもあぶないの」
 「落ちたら危ないって言うのはわかるけど、どうして地面はあぶないの?」
 「とっても危険な動物たちがいるからよ。トムのことなんて一口で食べちゃうのよ」
 「ママはそんな動物に襲われたことがあるの?」
 「もちろんないわよ。地面には絶対に降りちゃいけないっていう規則を守っているから」
 「その規則もおばあちゃんから教わったの?」
 「そうよ。そしておばあちゃんはその規則をおばあちゃんのママから教わったの」
 「ふーん。赤い実と同じだね」
 「そうよ。あんなに痛い思いをしたんだから、あなたも覚えたでしょ。規則は守るものなの」

 トムがママに隠れて木から地面に降りてみたのはその日の午後のこと。その日はたまたま危険な動物には出会わなかったものの、そんなことを繰り返しているうちに大きな肉食動物に襲われて必死の思いで逃げるはめになるまでには数日もかからなかった。

 そんないたずら好きのトムはその行動故にさまざまな危険に合ったのだが、かろうじて大人になるまで生き延び、たくさんの子供たちを持つことができた。その子供たちの中にはトムの「リスク・テーカー遺伝子」を受け継いだ子供も受け継がなかった子供もいたが、受け継いだ子供たちはトムと同じくいたずら好き。その中には冒険をしすぎて命を落とす子供たちもいたが、そんな子供たちの中にもちゃんと大人になる個体もあり、そうやって「リスク・テーカー遺伝子」は少しづつ種族の間に広まって行く。

 「リスク・テーカー遺伝子」が種族を救うことになったのは、ミニ氷河期の到来でその地方の気候が大幅に変化した時。木は枯れ始め食べ物は大幅に減っているにも関わらず、ほとんどの個体たちは「じっとがまんをしていればいつかは昔のようにたくさんの食べ物が実るはず」と移住することを拒否し、森とともに死んで行った。唯一生き残ったのは、食べ物を求めて気候の変化とともに暖かい地方に移住して行った「リスクテーカー遺伝子」を持ったトムの子孫たち。元来が他の個体と違う行動をとることが大好きな彼らにとって、食べ物が少なくなった森から他の森へ移り住むのになんの抵抗もなかったのだ。

 そして現代。人類の進歩を支えるのはこの「リスク・テーカー遺伝子」だ。

 多くの人たちが「人間が空を飛ぶことなど絶対に不可能」と言っているにも関わらず、決してあきらめず、ついには月にまで人を送り込むことに成功させたのはこの「リスク・テーカー遺伝子」の力。メインフレーム・コンピューターの時代にパーソナル・コンピューターの魅力に取り付かれた人たちを生み出したのも「リスク・テーカー遺伝子」。Windows全盛の時代に「Rich Clientの時代は終わった、これからはウェブ・アプリケーションの時代」と言わせたのも「リスク・テーカー遺伝子」。J2EEのフレームワークがせっかく整ったにも関わらず、「Javaなんて時代遅れ、これからはRuby on Railsだぜ」と言わせるのも「リスク・テーカー遺伝子」。Google全盛の時代に、「Googleの鼻をあかすベンチャー企業を作ってやるぜ」と言わせるのも「リスク・テーカー遺伝子」。

 さて、明日はどんな冒険をしようかな、と。

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Comments

hg

深淵を覗き込んで深淵に覗き込まれる人間って感じですね。

Goro Otsubo

こんどは最初から、、を作るのでしょうか。楽しみにしております。

Maki

スティーブ・ジョブス氏も、Macビジネスで 「リスク・テーカー遺伝子」を身に付けたのではないでしょうか。以前にも増してイノベータへと変化している可能性ある?! 来週火曜日が楽しみです。

*「アップルのスティーブ・ジョブス氏はMac World Expoで何を発表するのか?!」: http://prewire.blogspot.com/2008/01/mac-world-expo.html

bob

進化を引き起こすのが「loser」なのか「challenger」なのかという問題ですね。生存競争に敗れ安住の地を追われた者(loser)の中の運が良かった者が新しい環境に適応し進化の引き金になるのか、それとも自ら安住の地を捨て新しい環境を目指した者(challenger)の中の一部が進化の引き金になるのか。我々人類は森を追われ地に降りる他なかったloserの子孫なのか、森を捨て地に降り立ったchallengerの子孫なのか。今となっては確認のしようもありませんが、私自身はchallengerであり続けたいと思っています。

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