Ad Network

あわせて読みたい

  • あわせて読みたい

« iPhone向けお絵描きソフト「SmallCanvas」リリース | Main | PhotoShare向けAddOnソフト募集 »

「デッサン力」がない人が「絵を描く楽しみ」を味わえる時代

 上の三つの絵は、私がiPhone/iPod touch向けのお絵描きソフトSmallCanvasで描いた絵だが、パッと見てどう感じるだろう。「結構絵が上手な絵じゃないか」と思った人も多いかもしれない。

 実は上の三つの絵は、SmallCanvasの発売に合わせて、私自身がサンプルとして書いたもの。絵心のない私が苦肉の策で作り出したのが、SmallCanvasのundo/redo機能を駆使して写真のトレーシングをするという裏技(アプリの作者が「裏技」を発明してどうするんだ、とうツッコミはなしで^^;)。下に置いた写真をトレースするために、基本的なデッサンがしっかりとし、これだけで「そこそこ見られる絵」になってしまうから不思議だ。

 これで再認識したのは、「絵の上手さ」は、「ちゃんとした構図でデッサンが描けるか」という「テクニック」の部分と、「描き手オリジナルの表現ができるか」という「センス」の部分とから構成されており、私も含めて多くの人は「テクニック」の部分でつまづいてしまい、自分の作品を世の中に発表しようとする意欲を持つことができなかった、ということ。

 せっかく技術がここまで進歩したのだから、「テクニック」の部分はソフトウェアを使って思いっきり補助してしまい、「デッサン力」など持ち合わせていない人たちも、「センス」の部分だけで勝負できるようにすると、もっと創作意欲・発表意欲がわくのではないかというのが私の考えだ。

 特に「センス」の部分になると、「デッサン力」とは異なり絶対的な評価など存在しないのがさらに良い。上のような例だと、「なにを書くのか」「どんな構図で書くのか」「どの線を省くか」「どこにどのくらいの濃さでどんな色を塗るか」「どこまで丁寧に塗りつぶすか」などが、それぞれの作者の持ち味となり、デッサンのように「正しい書き方」などがないのが楽しみ方の自由度を高めるのである。

 「テクニック」の部分は、ソフトウェアの力で思いっきり補助し、ソフトウェアが決して補うことのできない「センス」の分だけで勝負する芸術作品。ある意味、それこそが本当の「アート」じゃないかと思ったりするんだが、いかがだろうか。

【補足】ちなみに、この「センス」の部分に関しては、山田雅夫氏の「スケッチは3分」がおすすめ。

【補足2】ブックマークで知らせていただいたhttp://blog.mf-davinci.com/mori_log/archives/2006/10/post_720.phpも参照の価値有り。

TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://www.typepad.com/services/trackback/6a00d8341c4f9853ef0105358418df970c

Listed below are links to weblogs that reference 「デッサン力」がない人が「絵を描く楽しみ」を味わえる時代:

Comments

Yuu Arimura

> 「テクニック」の部分はソフトウェアを使って思いっきり補助してしまい、「デッサン力」など持ち合わせていない人たちも、「センス」の部分だけで勝負できるようにすると、もっと創作意欲・発表意欲がわくのではないか
最近のネットの風潮を見ていると、これはきちんとテクニックの研鑽を積んだ絵描きの価値の相対的な下落や、プロ絵描きの軽視――事によっては蔑視にすらつながるのではないかと危惧されます。アートはセンスで勝負するものというのは、古来から絶えることのない、アートに対する典型的な誤解です。
故に、タイトルの云う「時代」には感心できません。
もっとも、それなりに研鑽を積んで、一時は商業の仕事も請けていた絵描きとしてのポジショントークではありますし、そんな程度で価値が下がる絵描きなど元々大したやつではないと斬って捨てられるのかもしれませんが……。

PhotoXP

「コピックアート」というやつを思い出しました。:-)

http://www.too.com/copic/art/

horoscopeweb

@Yuu Arimuraさん

このタイトルとエントリの内容に、絵を描いてご飯を食べる人を批判するために書かれているとは私には思えませんでした。

もう一つ、ここで言うセンスという言葉も他人を感動させるとか言う高度な物でなく「絵を形にする、それを自分で愛でる」ということで「いやぁ自分思ったよりいい絵描くじゃん、センスあるね」という事を指すのだと思います。そんなのセンスじゃないと言われれば、私が誤っているのでしょう。

そうして、絵を形にする楽しみが育まれるきっかけなればと良いと思うという内容だと私には読めて、決してアートや芸術、またはプロのように良い感じの作品がちょろっとできるぜ。ということでは無いと思っています。

さらに書くならブログが始まったときに、これからはジャーナリズムは終わり世界中がジャーナリストとなる時代だというエントリを書いているわけではないと思いますよ。

horoscopeweb

ごめんなさい。Yuu Arimuraさんは絵を描いてご飯を食べている人が批判されていると書いているわけではないですね。

sol

構図とデッサンは絵の基本で、それがあってセンスが生きてくると思うんですが。
これは、ただの塗り絵です。

Koshian

いいじゃないですか、塗り絵で。
絵を描く楽しみをテクニックを身につける前に味わえるのはとてもいいことだと思いますよ。
Wii Musicなんかもそういうコンセプトらしいですね。どう演奏してもそこそこ聞ける音楽になるんだそうです。演奏する楽しみだけを味わえるように作ってあるとか。

それが入り口になることもあるだろうし、ならないにしても楽しさの片鱗くらいは味わえるんですから、誰も損はしないでしょう。

eakas

自己満足なのか?顧客満足なのか?という事じゃないでしょうか。

技術は制作側の都合であって、顧客は最終的には結果の印象の方に価値を見出すのかと。

至高のプロと、曖昧なアマチュア、それぞれ楽しければ良いのでは。

K2nd

うーん、こればっかりは中島聡さんらしくないなぁと正直思いました。
コミュニケーションとしての絵は写真のようにうまくなくていいんですよ。
伝えたい気持ちが伝わる絵の方が重要。ぐにゃっとした絵でいいのです。
写真のようなデッサンというのは、伝えたい個性も奪いますからね。
人間の目で見た印象を反映しやすい、中島さんらしいUIを楽しみにしています。

acti-

パッと見だと、1枚目の高架線や2枚目のグラス等が遠近法が微妙におかしく感じました。
恐らく元の写真を見れば、忠実に再現していると感じるのでしょうね。

如何に普段見ている「絵」というものが、現実世界での見え方と異なっているか、というのを実感できました。
多分魅力のある絵というのは、ある程度のデッサン力が必要なのでしょうけど、それ以上に「何を見せたいのか」というのが重要なのだと思いました。
それをしっかりと表現できるのが、「センスがある」という事なのでしょうね。

D4

有村の戯言が醜悪過ぎ。
ポジショントーク?手前の過去の萎びた仕事を誇りたいだけだろうが。
更に、気軽に「アート」などと論じてて閉口する。

@

私もIllustratorとトレースで遊びまくってました。
いろいろ描いていると、塗り絵なんかだと表現しきれないことが出てきて
すっきりしないようなむず痒いような感覚が出てきました。
そうなったときに、改めて訓練するっていうのもアリかもしれないです。

higekuma3

移動の時間とかの
細切れの時間を何に配分するか。ということじゃないですか?

mixiにはまっている人は
それをやり続けるし。

ゲームの人は、ゲームだろうし。

何もやることない人は、
デッサンの練習ということで。

塗り絵の素材は、いくらでも
そこら中に転がってるから。

これで、本格的な絵の才能が目覚めるとは
到底、思えないし。思わない。

hip

センスだけで勝負してしまうと、残念な結果になりませんか?道具を使う人間に必要なのはセンスだけではないはず。道具はあくまで道具なのでそれを使う人間によって名器にもポンコツにもなり得る。遊び道具としては面白そうですね。

jetdaisuke

下絵の写真を撮影するセンスも問われるかなあ。

この絵が、Googleのアニメ広告みたいに、プルプルと線が震えたりするとカワイくて女子受けもいいかもしれませんね。

Post a comment

This weblog only allows comments from registered users. To comment, please Sign In.