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米国人にとっての捕鯨・イルカ漁

ケネディ大使のイルカ漁に体する発言を「内政干渉」と大騒ぎをしている人がいるが、彼女の発言を理解するには、イルカ漁やクジラ漁が米国人にとって、どんな意味があり、何を象徴するか、を理解する必要がある。

マウイの Whalers Villege ショッピング・センターには、捕鯨博物館があり、そこには捕鯨の歴史が淡々と綴られている。鯨油や鯨蝋(げいろう)が石油の代わりを果たし、鯨ひげがプラスチックの代わりを果たした時代に、その商業的価値のために、大量の鯨を虐殺して来たこと、ラハイナの待ちが捕鯨で発展して来たことなどを、歴史の一コマとして描いている。

捕鯨博物館の出口には小さな映画館があり、鯨がダイナミックに泳いだりジャンプしたりするさまを映し、鯨の生体や、ハワイの観光産業にとっての価値を説明している。

そこにあるのは、捕鯨という「過去」と、観光資源・人類の宝としての鯨の「現在」の対比だ。

つまり、米国人にとっては、捕鯨は「奴隷」「人身売買」「ネーティブ・アメリカン(=インディアン)の虐殺」「女性差別」などと同じく、すでに過去のもの、人類が野蛮だった時代に犯した過ち(もしくは必要悪)の一つでしかないのだ。

それは人身売買と同じく、現代では許されない「野蛮な行為」なのだ。

米国では、今でもごく一部だけネーティブ・アメリカンによる捕鯨が認められているが、これは米国政府が彼らから土地を取り上げた際の契約に基づくものであり、決して「ネーティブ・アメリカンの文化を守る」ためのものではない。

ここでもっとも重要なのは、米国人がどう考えるかではなく、日本人自身が捕鯨やイルカ漁をどう見ているかだ。

大半の日本人が、あれは野蛮な行為であり、私たちの子孫の時代になっても、世界中の海を鯨やイルカが自由に泳ぎ回る地球であって欲しいと望むのであれば、捕鯨もイルカ漁も禁止すべきだ。鯨やイルカが自分の食卓に並ぶことを望む日本人が沢山いるのであれば、話は違うが、すでにそんな時代は、日本にとってすら過去の話だと私は思う。外圧に屈するのではなく、日本人として「捕鯨とイルカ漁は野蛮なことだからもうやめる」という判断を自らする時が来ていると思う。

上の文章は、メルマガ「週刊 Life is Beautiful」の1月28日号からの抜粋である。

 

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Comments

Yato Y

初めてコメント致します。アメリカが捕鯨に反対する理由は大変納得いたしましたが、この記事だけでは、アメリカ大陸を侵略し、「絶滅」させ、蹂躙した歴史をもつ「白人達」が自分達の「贖罪」のために、日本もやめろと、押し付けているだけに感じられました。この記事の「利益」が象徴するように、捕鯨反対が「利益」になるからケネディは発言し(「文化」を守るつもりはない)、日本は昔から食べてきた「文化」を守りたい。お互いに背景の思想が噛み合わない。それだけだと思います。もう日本人は「絶滅」させるほど鯨は食べないし、鯨を食べる文化は日本からなくなると考えています。西洋では「自然から命をわけてもらっている」という発想は生まれず、「自然は神から人間(白人)に与えられたもの」なので、仕方ないことと思いました。駄文で失礼いたしました。

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