半落ち
2004.01.11
横山秀夫の「半落ち」をたった今読み終えた。去年の10月ごろだろうか、本屋に山積みになっているこの本を見た妻が、「この本すごく面白いらしいの。早く文庫にならないかしら。」と言ったときから気にかかっていた本である。まだ一度も横山秀夫の本を読んだことがなかったので、ハードブックに手を出す気がしなかったのである。その時は、文庫コーナーに行って、「動機」を買って帰った。まずは、一冊読んでから決めようと思ったのである。
「動機」はまあまあであった。日本推理作家協会賞をとったらしいが、あまりインパクトのある本ではなかった。確かに警察関係者の内部事情などは良く描かれていたが、全体のトーンがどうも好きではなかった。そうは思いながら、妻がその後も、「半落ち」を気にかけていたことを知っていたので、クリスマスにプレゼントしたのである。そんなわけで、この本は2004年に私が読む、最初の小説となったのである。
「半落ち」を読んだ感想だが、確かにベストセラーになるだけあって、しっかりと書き込まれている。警察関係者だけではなく、検事、弁護士などの内部事情を、業界だけで通じる「全落ち」、「ボス弁」などの業界用語をちりばめて行くあたりは、筆者の(良い意味でも悪い意味でも)こだわりが良く見えてくる。ただ机の前でワープロをたたくだけではこの本は書けない。良い意味とは、「臨場感」であり、悪い意味とは、「小説の本当の面白さはそこなの?」という意味である。あまりに、技巧的すぎると、筆者の「業界用語をちりばめて臨場感をだしてやろう」という意図がミエミエになり、興ざめしてしまう。そんな意味で、これは両刃の刃である。
全体のトーンは、「動機」ととてもよく似ている。この作者は、登場人物の感情の動きを徹底的に書き込むのが好きである。読んでいると、全ての登場人物の行動が、手に取るように分かり、納得できてしまう。読んでいると、なぜまともな人たちの間でも、誤解や争いが生じてしまうかが、悲しいほどに分かってしまう。この作者が物書きになったのは、こういった人間たちの心の動きを描くのが楽しくてしょうがないからではないかと思う。
私自身は、この手のトーンはあまり好きでない。ウェットすぎるとでもいうのだろうか、どうも、一人一人の心の動きをことこまかに書いた小説は好きになれない。昔、古典の時間に、日本の詩には、「抒情詩」と「叙述詩」という2つのスタイルがあると習った覚えがあるが、横山秀夫の小説は、圧倒的に「抒情型」である。私は、どちらかと言うと、物事や事件だけを淡々が書かれている文中に、登場人物の感情が自然と読み取れてくる形の、「叙述型」が好きである。
ミステリーとしての構成は、良く出来ていると思う。読者を答えに導く鍵は、まともな読者の目にはきちっととまるような形で提示されているし、読者を納得させる仕組みも、(これも、ロジックでというより、感情でだが)良く出来ている。
全体の感想としては、「優秀作」である。小説家として、「臨場感」を出し、と「登場人物の心の動き」を書き込むのに秀でた、横山秀樹の自信作であり、そういった技巧の分に関しては、ほぼ完璧である。非常に読みやすく、次々にページをめくらせ、あっという間に読み終わらせてしまう、ベストセラーとしての特質は100%持っている。読者を感動させる仕組みもちゃんと持っている。30万部突破も納得である。
ただし、どこかに不満が残る。はっきりとは言えないのだが、どうも「作られたベストセラー」のような部分が気に食わないのである。これは、宮部の最近の小説(「理由」や「模倣犯」)にも感じられることである。ひょっとして、編集者が(こうしたら売れます、ああしたら売れます、と)色々と口を出しすぎているのではないだろうか?それにくらべ、宮部の初期の小説、「龍は眠る」や「レベル7」は本当に良かった。あんな「熱き」小説がまた読みたい。
宮部さんの名前が宮崎になっていますよ。
Posted by: futa | 2004.03.09 at 16:35