PCのコモディティ化
2004.12.30
今年の正月から「三日坊主にだけはならないぞ」と宣言して始めたブログだが、何と驚いたことに一年続いてしまった。ときどき間が空くこともあったが、エントリーの数も100を越え、読者も家族・友人から仕事関係の知人・ブログで知り合った人まで広がり、我ながらよくやっていると思う。
妻にはなかなか理解してもらえないが、こうやってブログを書くのも、私のとっては重要な仕事の一環である。95年から始まった「インターネット革命」が人間社会にどんな影響を与えて行くのか、そしてそこでビジネスをするにはどんなことをしていけば良いかを考えるには、常に最先端のものに触れて続ける必要があり、それが今はたまたまブログなのである(とは言え、「FFXIをするのも仕事のうち、と言った辺りから理解できなくなった」、という彼女の言い分ももっともである)。
ブログなどをしていてつくづく今思うのは、インターネットによるPC(パソコン)のコモディティ化である。PCが個人ユーザーに広がり、インターネットでショッピング・コミュニケーション・ゲームなどさまざまなことが可能になってくるにつれ、PCを触っている時間は長くなるものの、PCの存在感そのものは逆に薄れて来ているのである(ちなみに、こう考えているのは私だけではないことを発見。インプレスの記者の tinao さんのブログにトラックバック)。
インターネット以前のPCのユーザーは、基本的には皆ヘビー・ユーザーで、主な用途はワープロや表計算などのアプリケーション・ソフトを走らせることにあった。あの時代のユーザーは、常にPCそのものを意識していたし、PCを買ったら最初にすることは「必要なアプリケーション・ソフトを買い揃える」ことであった。そんなヘビー・ユーザーのお父さんが部屋に閉じこもっていると、奥さんは「うちの人は部屋に閉じこもってPCばかりいじっていて…」と言ったものである。
しかし、インターネットがここまで普及した時代のPCユーザーは、大半がライト・ユーザーであり、PCは「インターネットに接続して何かする」ための道具でしかない。メール、チャット、ブログ、ショッピング、オークション、音楽・映像ダウンロード、オンライン・ゲームなどほとんどの作業がブラウザーを通して可能であり、特殊なアプリケーション・ソフトを走らせる必要はどんどん少なくなっている。PCを買っても、アプリケーション・ソフトを一切購入せずに済ますユーザーが大半である。先の閉じこもりお父さんは、今は「うちの人は部屋に閉じこもってインターネットばかりしていて…」と言われるのである。妻には今年の始めに東芝のノートブックを選んであげたのだが、彼女の使い方を見ていると、(マイクロソフトで Windows を作っていた私が言うのも何だが)マックでも良かったとつくづく思う。どうせWindowsアプリを走らせるわけでもないし、デジカメの写真の取り扱いが楽な分マックで十分である。
インターネット・バブルの真っ盛りに、色々な会社が「ポストPC」の掛け声とともにさまざまな「インターネット専用端末」を出してことごとく失敗したが、私は今こそが本当のチャンスではないかと思う。その意味で、Linux などよりも完成度の遥かに高いマックはちょうど良いポジションにいると思うのだがどうだろうか。私は、出井さんにも、久多良木さんにも、「ソニーは Windows パソコンを作るのをやめてアップルを買収すべきです」と薦めたのだが中々本気で考えてもらえない(ひそかに考えているのかもしれないが、少なくともその場では同意してもらえなかった)。買収が無理だったらアップルOSをライセンスしてソニーPCのラインナップを一新すべきである。
外野から無責任に色々言うのと、実際にそんな買収を成功させるのには大きなギャップがあるのだが、私が絶対的な自信を持って言えることが一つある。「アップルのソニーによる買収」がビル・ゲーツにとって最もいやなシナリオであると言うことである。ビル・ゲーツは、iPod/iTune の成功にをかなりうらやましく思っており、そんな大きなオマケの付いたアップルをソニーが買収して、マックをソニーの販売力で売り始めたら、それはマイクロソフトにとってとてつもない脅威である。
ちなみに、インターネットの普及によりPCがコモディティ化することをいち早く予言したのは、今はなきネットスケープという会社である。95年にナビゲーターというブラウザー・ソフトで真っ向からマイクロソフトに挑戦したネットスケープは、マイクロソフトの強烈な反撃とインターネット・バブルの崩壊により、あっけなく消滅してしまったが、その根底にあるヴィジョンはすばらしいものであった。(私はマイクロソフト内にいながらそのヴィジョンにほれ込んでしまい、それが元で Internet Explorer 3.0 のプロジェクトに関わることになったのだが、その話は別の機会にでゆっくりと書こうかと思う。)
マイクロソフトが猛反撃によりブラウザーのシェアを勝ち取り、ネットスケープという会社が消滅した10年後の今になってやっと、ネットスケープが予言した「PCのコモディティ化」が具現化するというのは、何とも言えない皮肉である。私の上司で、マイクロソフトのインターネット戦略のトップであったブラッド・シルバーバーグは引退後、「今になって考えてみると Internet Explorer の成功は、(マイクロソフトの旧ビジネスの余計な延命行為になり)かえってマイクロソフトにとって良くなかったのかも知れない」と言っていたが、その言葉の意味が今になってますます現実味を帯びてきた。