多くの人と同じく、ライブドアという会社の名前は、去年の球団騒ぎの時に初めて聞いた。「ライブドアってどんな会社なの」とまわりの人に尋ねても、「M&Aで大きくなったIT関連の会社」という答えしか返って来ず、どうも理解しかねていた。しかし、堀江氏が必要以上にメディアに露出するのを見て、「この人はひょっとしたら本当は球団なんか欲しくなくて、単にライブドアという名前を世の中に知らしめるために『球団を作りたい』と言っているだけではないか」という思いが強くなった。
そこに今回のニッポン放送株の取得である。日本のマスコミは、「単なるマネーゲームだ」とか、「どうせ株価を吊り上げて売り抜けるつもりだ」などと批判ばかりしているが、私にはどうもピントがずれているとしか思えない。何よりも注目すべきは、800億円もの転換社債をリーマン・ブラザーズという非常にまっとうなところが引き受けたという点なのに、日本のマスコミはそこの堀さげをしっかりとしないから全く話にならない。リーマン・ブラザーズという会社は米国の投資銀行の中でも大手で、米国のトップクラスの大学でMBAを取得したような金融のプロの集団である。そんな会社が、堀江氏の「単なるマネーゲーム」にリスクを負って800億円もの金を出すわけがない。今回の転換社債の引き受けはかなり「計算ずく」であるはずだ。そこで、私なりに、堀江氏の戦略、リーマン・ブラザーズの計算、を推理してみた。
前回の球団騒ぎから考えても、堀江氏の第一の目的はテレビというメディアを取得することにあることは明確である。インターネットというメディアで「ライブドア」というブランドをここまで育ててきたものの、今のままの戦略で「楽天」なり「ヤフー」と戦いつづけてもおいそれとナンバー・ワンにはなれない。そこで、何らかの形で既存の大手メディアを手に入れて、相乗効果で一気に逆転を図る、という戦略に打って出ることにしたのである。
しかし、そうは言っても、大手新聞社や大手テレビ局を簡単に買収できるものではない。特にフジテレビぐらいの大手になると、株価総額も相当なものになるためそれに必要な資金を調達するのは至難の業である。そこで目をつけたのがニッポン放送である。「ラジオ」という枯れた(つまり今後の成長の見込まれない)メディア企業であるがゆえに、ニッポン放送の株価にはほとんどプレミアムがついておらず、株価が一株当たりの資産に限りなく近いのである。ニッポン放送の株価総額は今日現在で約2250億円であるが、そのニッポン放送が所有するフジテレビの株22.5%の価値は1325億円もあるのである。つまり、フジテレビの株を除いたニッポン放送の価値はわずか925億円しかないのである。
堀江氏が目をつけたのは、この「ニッポン放送の株価が、ほぼその資産価値までに落ちている」点である。この状況は「ラジオ」というメディアに今後の成長がほとんど期待できないからであるが、逆に言えば、ニッポン放送の株をその価格で買うことはリスクが非常に低い、という意味を持つ。すなわち、極端にローリスク・ローリターンな株なのである。こんな株は一般の投資家にとってはほとんど価値が無いのだが、「間接的にフジテレビへの影響力を手に入れることによって大きなメリットを得ることの出来る」ライブドアにとってはとても価値があるのである。この「一般投資家にとっての価値」と「ライブドアにとっての価値」に差があることに目をつけて、堀江氏はリーマン・ブラザーズを説得したのである。
リーマン・ブラザーズにとってみれば、今回の転換社債の引き受けは、万が一ライブドアが今回取得した株をうまく利用できなかったとしても、どのみちニッポン放送の株価は今より下がりようがないのでローリスクでありながら、うまく利用できた場合にはライブドアの株価が上昇するので、「ローリスク、ひょっとしたらハイリターン」というとても条件の良い投資に見えたに違いない。
ライブドア側からしてみると、万が一自分の株価を上げることが出来なかったら、社債の満期時にニッポン放送株を売って借金を返せば良いし、うまく株価を上げることが出来れば株に転換してもらえるので借金は返さなくとも良いので、これもまたそれほど大きなリスクは負っていないのである。
こうやって考えてみると、堀江氏の非常に巧みな金融戦略と、リーマン・ブラザーズの計算ずくの転換社債の引き受けが見えてくる。そして同時に、一部マスコミが言っている、「堀江氏はニッポン放送株を一時的に吊り上げて売り抜けるつもりかも知れない」という説がいかに経済学を理解していない『言いがかり』かがよく分かる。同様に、「フジテレビがニッポン放送の株を買い増すことによりニッポン放送が上場停止になってしまうとライブドアは大損する」という発言も、全くの見当違いである。上場停止になったとしても会社の価値が下がるわけではなく、単に流動性が悪くなるだけである。思惑どおりにフジテレビを利用してライブドアの株価を上げることができれば(転換社債は株に転換されるので)何の問題もないし、万が一株価を上げることが出来なかった場合でもニッポン放送の株を引き受けてくれるところを探すのはそれほど難しくないはずだ(リーマン・ブラザーズも一緒になって探してくれるだろう)。
ちなみに、この手の金融戦略は、金融経済の発達した米国の企業においては日常茶飯事である。しかし、金融経済後進国の日本でこの手のことをすると、何も分かっていないマスコミが「マネーゲームだ」とか、「米国式のはげたかファイナンス」だとか、まとはずれの批判ばかりして国民を混乱させる。文句ばかり言ってちゃんと何が起こっているか分析して対抗策をとらないから、国民の税金でさんざん援助してきた銀行を外資系の投資銀行に買い叩かれておいしいところを持っていかれてしまうのである。
良かれ悪かれ米国が決めた「資本主義」というルールの元で経済活動をせざるおえない状況にある今の世の中で、そのルールを最大限に生かした経済活動をせずに「それはずるい」と文句だけ言うのは、野球の試合で「変化球」を多用する相手投手に三振させられて、「男なら正々堂々と直球で勝負しろ」といいがかりをつけるのと同じように格好が悪いことである。どうしても直球勝負だけの野球をしたいなら(アメリカが何と言おうと)ルールを変えて試合すべきだし、ルールを変えないで試合をするなら、文句を言わずにそのルールの下で勝つ可能性を最大限に上げるべき戦略をとるべきだ。
[関連ブログへのトラックバック]
http://blog.livedoor.jp/zentoku2246/archives/13886443.html
http://shinta.tea-nifty.com/nikki/2005/02/livedoor_fujisa.html
http://kiri.jblog.org/archives/001384.html
http://cmplan.ameblo.jp/entry-891882f0ed7d568449ecac02d5362615.html
http://kusanone.exblog.jp/1635823
(ちなみに、写真は Tops のチョコレート・ケーキ。これも「死ねるスウィーツ」の一つである。)
[追記] 「ろ」さんのコメントを受け、MSCBについて勉強。ダントツ投資というサイトにとても良い解説を発見。私はてっきり普通の転換社債だとばっかり思っていたが、今回のライブドアの発行した社債はMSCBというかなりアブナイしろものである。要約すると今回のファイナンスは、リーマン・ブラザーズ側に一方的に有利な(逆にライブドア側の株主に一方的に不利な)ファイナンスである。これはライブドア側にとっては「大博打」で、「変化球」どころか「満塁策」の極めつけのようなものである。
ダントツ投資に書いてあるシナリオ通りに、リーマン・ブラザーズが(1)堀江氏個人からライブドアの株を借りて売り浴びせ株価を下げる、(2)株価が十分下がったところで社債を株に転換し割り増しして堀江氏に返す、という動きをすると大損をするのはライブドアの既存株主であり、一連のニュースに踊らされてこれからライブドアの株を買う人たちである。ここまで来ると、さすがにかぎりなく違法に近く、下手をすると堀江さんは株主に訴えられることになりかねないのではないかと心配になってしまう。とにかく素人はライブドアの株にも(そしてニッポン放送・フジテレビの株にも)手をださないことが一番なようだ。欲の突っ張った投機筋がやけどをするのは仕方が無いとしても、なけなしの退職金をライブドア株につぎ込んで一家心中という姿だけは見たくない。