ロシュの限界
Cell の美学

江戸時代から続くクローン技術

Kinshu  面白い話を仕入れた。この時期に日本人の目を楽しませてくれる、ソメイヨシノが日本中にこれだけ生えているのは、実は江戸時代から続くクローン技術の産物だというのだ。早速調査(と偉そうに言っても、実はインターネットで見つけた文献を読んだだけのこと)してまとめて見た。

 普通の人がソメイヨシノが花の後にもサクランボを実らせない事実に気づいていたかどうかは知らないが、私はシアトルに来て桜の木にサクランボが実るのを見て以来、「あれ何で日本では見たことが無いのかな?」と少し疑問には思っていたのだが、このたびの調査でその謎が解明できた。ソメイヨシノは異なる品種を人工的に掛け合わせて作った品種であるがために、種(タネ)の形で子孫を残すことが出来ないのである(ちなみに、なぜ「タネ無しサクランボ」が出来ないのかは解明できなかった。私なりには、単に生殖に関する遺伝子が正常でない「タネ無しスイカ」よりも、本来なら子供を作るはずのない馬とロバを掛け合わせて作ったために子孫の残せない「ラバ」に近いのではと理解している。もし答えを知っている人がこのコラムを読んだらぜひともコメント欄を通じて教えて欲しい)。

 そのため、ソメイヨシノは、「挿し木」という人工的な手法を使って増やすしかないのである。ソメイヨシノの立場に立って言い換えれば、ソメイヨシノは人の手を借りて「挿し木」してもらう方法以外では増えることが出来ないのである。それ故に、ソメイヨシノを山林などには見かけることがなく、公園や庭などの「人里」にしか生えていないのである。それを考えると、今日本中にこれだけのソメイヨシノが生えている事実は、いかに日本人がソメイヨシノが好きかを物語っている。

 ソメイヨシノが「挿し木」でしか増やせないことは昔から知られていたが、それがもともとは一本のソメイヨシノから増えたものかどうかは、最近になるまで解明されていなかった。最新のDNA解析技術を使って始めて、実は日本中にあるソメイヨシノ全てのDNAが全く同じ、すなわち、日本中にあるソメイヨシノはたった一本の株から「挿し木」を繰り返して増えた、ということが分かったのである。

 全く同じDNAを持つが故に、他の動植物のように個体差が全くなく、どのソメイヨシノもある条件が揃ったときに一斉に花を咲かせるのである。「桜前線」がこれほどはっきりしとした形で現れるのは、これが理由だったのである。

 ちなみに、昔から伝わる「挿し木」という木の増やし方は、実はクローン技術であるこのに注目していただきたい。「挿し木」とは、簡単に言えば、「親に相当する木(親株)から枝を切り取り、地面に挿して別の株として育てる」という手法である。その際には、通常の種子植物が受粉によって種を作るという「世代交代」のプロセスを経ず、単に親株から切り離された、つまり親株と全く同じ遺伝子を持つ細胞が単に細胞分裂を繰り返し新しい木になるだけである。つまり、本来の受粉というプロセスで二つの親株の遺伝子を混ぜ合わせ独自のDNAを持った新しい個体を作るのではなく、単に親株と全く同じDNAを持つクローン株を作っているに過ぎない。

 文献によると、一番最初のソメイヨシノが染井という職人により作られたのが江戸時代である。その江戸時代に作られたたった一本のソメイヨシノのDNAを元に、それ以来延々と日本人の手によって「挿し木」というクローニングが行われてきた結果が、今の日本中にあるソメイヨシノなのである。

 本来、自分自身には子孫を残す能力の備わっていないソメイヨシノが何万本(ひょっとすると何十万本)の自分の複製を日本中に増やすことができたことは驚くべき事実である。生物学的な見地から言えば、「ソメイヨシノは『満開の桜を見るのが好き』という日本人の趣向を巧みに利用して日本人に『共生』している植物」なのである。

 これを聞いて心配なのは、ソメイヨシノの病気である。通常の動植物は、受精・生殖という過程を経て世代ごとに遺伝子を混ぜ合わせているため、同じ種族であってもそれぞれの個体が固有のDNAの組み合わせを持っている。そのために、ある種の病気が大流行したり、気候が大きく変化しても、少しでもその病気や気候に耐性のある遺伝氏の組み合わせを持つ固体が存在すれば、「種」は保存されるのである(これが「自然淘汰による進化」である)。それに対して、ソメイヨシノの場合は全ての株が同じDNAを持つため、ひとたび病気が流行したり、ソメイヨシノにつく害虫が大発生したりすると、絶滅しかねないのである。

 そんなことを考えながら満開のソメイヨシノを見ていると、ますます好きになっていくから不思議である。もし、同じDNAを持つ日本中のソメイヨシノ同士が、実は何らかの方法で交信しており、その交信経路を介して一個の個体としての意思を持って我々を見ているとしたら、などとSF的な想像を膨らませてしまうのも私なりの花見の楽しみ方である。

Comments

すい

最後のSF的考え、いいですねー。まったく同じDNAなんて、驚きです。広範囲に渡って分布する同一DNA、なんか圧倒されますね。山を越え、海を越え、大陸を越えて。すごいなー、ソメっちは。

猩々

? ソメイヨシノも黒いサクランボをつけますけど。?

nob

ソメイヨシノがクローンだ、という話、ほくは桜の名所、弘前城公園のガイドのおじいさんから聞きました。
ジャガイモをイモで増やすのもクローンの一種ですね。おかげで安定して収穫できるのだと思います。

通りすがりのサクラン某

ひとつの答えかなと思い・・・。

http://castle.bg.cat-v.ne.jp/article/50889.html

passionbbb

「サクローンボのタネ明かし」
先日、忘年会でクローンであるソメイヨシノはそろそろ寿命だ、
という話になって、60年とか130年とか数字があがりました。そこで、
ネットで「ソメイヨシノ 江戸時代」で検索したところ、
興味深いサイトがありました。貴殿のサイトです。勉強になりました。
ところで、
<もし答えを知っている人がこのコラムを読んだら
ぜひともコメント欄を通じて教えて欲しい>
とあったものですから、
よけいなおせっかいかもしれませんが、以下を参考になさってください。
私は無学歴・無教養な人間ですが科学番組が好きで、
日テレ日曜朝の「所さんの目がテン」をよく観ています。
素人にも解り易いだけでなく、けっこう専門的なことにまで
つっこんだことをやってる番組です。そこで何年か前に
「サクランボ」を採り上げてましたが、
「タネなしを作ろう」という「実験」をしてました。
タネなしブドウに使うジベレリンを塗布して作ったサクランボを
スタジオで所ジョージに食べさせると……しかし、
固いタネがありました。ところが、実は、
私たちが「タネ」と思い込んでるものは
内果皮が木質化したものでタネではなく、真のタネはその中にある
小さくて白い「仁」と呼ばれるものなのだそうです。したがって、
ジベレリンによって「仁」はなくなっていて、
「タネなし」は実現されてた、というオチだったわけです。

ぬぬ

Nakajimaさん、はじめまして。
従姉妹から「ソメイヨシノは挿し木でしか育たないからDNAが全部同じ」と聞いて驚き、ネットで調べているときにこちらのブログに出会いました。
事後で申し訳ありませんが、拙ブログでこのエントリの記事の内容を一部引用させていただきました。
問題がありましたら削除しますのでお手数ですがおっしゃってくださいませ。
LA在住ですが、先週日本に帰国して久しぶりに桜を堪能した上にこんな興味深い記事を読ませていただいて、私もますます桜がいとおしくなりました。
ありがとうございました。

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