『Vista. Not』って何だ?
あなたに会えただけでもう獣(けもの)

Google OS を妄想すると未来が見えてくる!?

050724_120846  先週、ソフトウェア・エンジニアではない人たちが参加している飲み会でOSの話をする機会があったのだが、自分で説明しながら一つ自分の頭の中ではっきりしてきたことがある。私なりの 「Google OS」の解釈である。今までも、漠然とは理解したつもりでいたのだが、他人に説明することにより、私の頭の中でより明確化して来たので、ここに書いて見ようと思う。

 OS(Operating System)とは、一口で言えばコンピューター上にあるファイル・システム、グラフィック・ユーザーインターフェイス・システム、タスク管理システム、などの各種システム・サービスの集合体のことである。ユーザーはユーザー・インターフェイスを介して、プログラマーはAPIを介して、それらのサービスとやり取りをする。

 従来型のOSにおいては、そういったシステム・サービスは全て対象となるコンピューターそのものの上で実装されていた。そのため、そういったサービスで出来ることは、「画面に円を描く」、「現在時刻を知る」、「ハードディスク上のある音楽ファイルを探す」など、そのコンピューター自身が単独で提供できるものに限られていた。30年以上前に25年ほど前に作られたMS-DOSも、2006年に発売の予定されているLonghornも、その意味では全く同じである。

 一方、Google、Amazon、Yahoo の提供するサービスは、「緯度・軽度で指定した場所の地図を表示する」、「シアトル・マリナーズが今戦っている試合の状況を取得する」、「今週の日曜日に渋谷で見ることの出来る映画のリストを取得する」、「スター・ウォーズ エピソードIIのDVDを購入する」、「過去、24時間以内に世界中で発生した地震の規模と震源の位置のリストを取得する」、「ワシントン大学のビルの上に設置されたウェブ・カメラの向きを変更する」、「自分と同じレベルのチェス・プレーヤーを探して、対戦の申し込みをする」などの、より我々の生活や仕事に密着した、実世界と関わりのある情報を取得したり、実世界にあるものをコントロールしたりするサービスである。

 この二つの違いはものすごく大きい。従来型のOSは、たった一つのコンピューターが提供できるシステム・サービスの集合体でしかなかったのに、Google の提供するサービスは、Google が持つ何百台・何千台のサーバー群どころか、その先にある、インターネットに繋がった地球上の全てのサーバー、センサー、カメラ、各種デバイス、何億人ものユーザー、により実現されるサービスの集合体なのだ。言い換えれば、この地球上にあるネットに繋がった全てのものを一つの巨大なシステムとみなし、それらの提供する各種サービスをユーザーやプログラムからアクセス可能にするのが Google の役割なのである。

 こう考えて見ると、どうして Google の提供するAPIの方が Longhorn のAPIよりも遥かに魅力的なのかが明確になってくる。Microsoft や Intel がどんなに頑張っても、一台のコンピューターに閉じた世界で出来ることは限られている。世界中にあるネットに繋がった全てのコンピューターをシステム・リソースとみなした Google OS の方が遥かに優れているのはどう考えても明らかだ。

 こんな指摘に対して、マイクロソフトは当然、「Longhorn の API と Google のウェブ・サービス API を比較するのはフェアじゃない。それは次元の違う話だ。我々も MSN や passport などのウェブ・サービスを提供している」と反論してくるだろう。それは一見まっとうな反論だが、ウェブ・サービスAPIを中心に置かない Longhorn をネットがこれだけ普及した今の段階でフラグシップOSとして出さざる終えないこと事態が、マイクロソフトのジレンマを良く表している。

 私も今になって気がついたのだが(後から言うのは簡単である)、マイクロソフトは Windows XP を出した後は、ウェブ・サービス型OSへのシフトを本気ですべきだったのだ。MSN や Expedia などが提供する各種サービスをウェブ・サービスの形に正規化し、進化させ、かつサードパーティを巻き込んで、そういったサービスへのアクセスを Longhorn の標準APIとしてプログラマーに提供すべきであったのだ。マイクロソフトの影響力を持ってすれば、「Longhorn にはネット上の地図情報サービスにアクセスするための標準APIを用意します。もし、そのAPIからアクセス可能な地図情報サービスを提供したいのであれば、こちらで規定したXMLスキーマでウェブ・サービスを用意していただき、マイクロソフトのサービス・データベースに登録していただきます」などと言って、沢山のウェブ・サービス・プロバイダーを巻き込むことが出来たはずである。こういった標準APIとウェブ・サービス・プロトコルを、地図だけでなく、時刻表、ウェブ上のフォト・アルバム、映画の上映時間、スポーツのリアルタイム情報、などさまざまなサービスに用意してしまえば、Longhorn はとても面白いものになったはずだ。

 たぶん、ビル・ゲイツあたりはこの失敗に既に気がついており、今年から来年にかけて色々な作戦を取ってくるだろう。しかし、Longhorn のタイミングでウェブ・サービス型OSへのシフトが出来なかったことはかなり痛手であり、ここ数年はこの分野で Google と Yahoo にリーダーシップを奪われてしまうことは避けられない。しかし、これがマイクロソフトにとって致命傷になるかどうかは今の時点では何とも言えない。どんな分野でも負けることは許されないDNAを持ったマイクロソフトのことだ。そのDNAが生きている限り、戦い続けることは明らかである。

Comments

kai

私のBlog人生で、一番感動したエントリーです。のちほど詳細はTBさせていただきますが、ゲイツが気付いているかは果たして疑問です。

野狐禅

僕も感動しました。
こんなこと気づきもしなかった。

satoshi

 kaiさん・野狐禅さん、コメントありがとうございます。「Google OS」という名前を聞いて以来、「Google がOSを作るはずがない」という漠然とした疑問が心の中にわだかまっていたのですが、「従来のOSの枠組みを乗り越えて考えれば可能」なことにやっと気が付きました。楽しい時代になりました。

baku

なんか読んでてすごく違和感があるんだけど。
最初にMSが示したLonghorn・黒昆布の姿はまさにここに書かれているように多くの機能はWeb上にあると言うものだった。
(2002年頃?Officeも時間課金制にするとかうわさあったよね)

彼らは実際それらに対して本気に取り組んだと思う。Webサービスもその一環でしょう。(良し悪しは別として)
でも結局実現できなかった。

模索しているうちに自分たちに何が足りなくて、何が足を引っ張ってるか見えてきたんだろう。この辺がジレンマ?

だからビジョンとしては彼らは当のとっくに持ってたんだよ。
で今も試行錯誤し、方向転換を繰り返しながら模索中なんだと思う。

satoshi

 bakuさん、その「違和感」は、マイクロソフトのOSの提供するAPIのレイヤーと、Google のウェブ・サービスの提供するAPIのレイヤーが違うからだと思います。マイクロソフトとしては、「そこはレイヤーが違うからOSが相手にしない」のがある意味で『正解』ではあるんです。
 しかし、例えレイヤーが違っていても、「どっちのAPIを使って面白いアプリケーションを作れるのか」、「プログラマー達がどちらのAPIで遊ぶか」という意味では、真っ向から戦うことになってしまうのが、面白い所です。マイクロソフトにとってのジレンマは、「これからはウェブ・サービスの時代だからOSなんかどうでも良い」という割り切った戦い方が出来ない点です。
 これから2~3年の間に、Longhorn 独自のAPIを使ったアプリケーションと、Google のウェブ・サービスAPIを使ったアプリケーションのどちらが我々のライフスタイルにインパクトを多く与えるだろうかを考えてみると、答えは見えていると思います。

Captain

・・どちらが我々のライフスタイルにインパクトを多く与えるだろうか・・・答えは見えている・・>
水を差すようで、なんなのですが、果たしてそうなのでしょうか。
ライフスタイルは生活者が自分で決めるのであって技術が登場したら変わるのではないのではないでしょうか?たとえば、昨今はやりのRSSですが昔から巡回ツールは存在したのであって、今流行っているのは一人あたりの情報の消費が増えたからに過ぎないのではないでしょうか。だとすれば、今後Googleが消費者に魅力的で有り続けるのかは同社の技術力のみ、そして現状からでは判断するのはできないのではないかと思います。

satoshi

>ライフスタイルは生活者が自分で決めるのであって技術が登場したら変わるのではないのではないでしょうか?

確かにご指摘の通りです。しかし、「人々のライフスタイルを変えるほどのインパクトを持つものを作りたい」という夢を見ているプログラマー達にとって、Longhorn のAPI とGoogleやYahoo の提供するウェブ・サービスAPI のどちらを使ってアプリケーションを作った方がその夢がかなうか、という見方をした時には、どうみても後者に軍配が上がると私は見ているのですが、どうでしょうか?

Captain

「人々のライフスタイルを変えるほどのインパクトを持つものを作りたい」という夢>
なるほど確かにイノベーションの原動力がそこにあることはわかります。そういったもの(高度な技術とその成果)には感動と畏敬の念を抱きます。ですが、「できる」と「支持される」とは別次元ではないでしょうか。つまり技術者と利用者は同じ「夢」をみるかということです。
どんどんと新しい技術を追求されることは社会にとってプラスでしょう。
ですが、それは誰のためであるか、誰が使うのかということがあって初めて成り立つのではにでしょうか。
ジェットコースターは確かに華やかですが、常に乗るモノではありませんしはやり廃りがあります。私たちユーザが乗りたいのは安全な乗り物であって、車が大変危険で残るは自転車だというなら自転車をつかって職場まで行くまでなのです。
OSの機能が拡張され最新のサービスが提供されるよりユーザが望むのは日々の仕事をストレスなく行えることといういたってシンプルなものではないでしょうか。
確かに夢には浪漫も華もありますが、それによって恩恵を受けるのも、単に振り回されて徒労するのもユーザではないのですか?

satoshi

>確かに夢には浪漫も華もありますが、それによって恩恵を受けるのも、単に振り回されて徒労するのもユーザではないのですか?

 確かに、「エンジニアの夢」だけで勝手に必要の無いものを押し付けられても困りますよね。ただし、ほとんどの場合、そんな商品は市場で失敗するので、自然淘汰の原理で消えて行くことになります。結局の所、本当の意味でユーザーの生活を楽しく、仕事の効率を上げるもの作りをしなければだめだと言う事ですね。まさに「床屋の満足」の教訓です。

シバチョ

satoshiさん自身もおっしゃられているのですが、やはりどうもレイヤーの違うものを同じ土俵に上げる議論に私自身も違和感を感じます。もし、Longhorn(というかWindows Vista)に、ウェブ・サービス用のAPIが実装されて、あえてそれを使う必要があるのでしょうか?従来通りのウェブ・サービス用の言語で実装して、OSを選ばないという選択肢の方が懸命な気がするのですが。それとも、ここにマイクロソフトの秘策がある?
OSはOSなりのイノベーションの方法があると思います。例えば、直接デバイスを制御できるのはOSだけなのですから、デバイス制御も含めたサービスの提供なんかはOSにしか出来ない仕事だと思います。(まぁ、デバイスサポートの枠組みについては既に十分という気もするのですが)
一番の違和感は「ウェブサービスこそが次の革命であって、他の分野にはイノベーションは無い、もしくは効果が薄い」という印象を受けることですかね。他の分野にも面白いことはたくさんあると思うのですが、、、それともそれはエンジニアの独りよがり?

はてなブックマークからきた通りがかり

Webサービス型のOSってM$様が出せばそれはただの現状よりもさらに悪質すぎる独占なのでは?
多分各所から叩かれますよ。

Captain

自分のコメントで楽しいお茶会をぶちこわしてしまった気分で申し訳ないすが、あえて。
「床屋の満足」>
自分がユーザサイドの視点を強調するのは、技術者はユーザに対して生命与奪権を握っているということを強調したかったからです。
本文において述べられているGoogleOSのコンセプトとして、ネットワークにある全てのコンピュータをリソースとしうるとありますが、それはソーシャルOS、つまり社会全てのリソースにアクセスできるということに必然的になるでしょう。
つまりそれは社会全体をOSに取り込んでしまおうということになるでしょう。
政府の進めるe-JAPAN構想でオープンウェアが中核となっているのは、政府としては社会に対するコントロール権を掌握する必要があり、できうるならば自前のシステムで全て調達したい、できないのならば少なくとも中身について決定権を常に留保したいという意図があるからとも読めます。
ソフトウェア技術者はもはや社会に対して権力者として存在しているということです。
そして、市場原理によって医者が排除されない、弁護士費用もやすくならないのも、市場が必ずしも自然淘汰をもたらさないからです。市場は全てを受け入れて、それぞれの量を調整するだけであり、その結果は無価値ではないでしょうか、肯定も否定も市場はしないのです。つまり好もうが好まざるが選ばなければならない「逆選択」が常にあるのであって、それは必要性によって一律に定まるのです。
思うに、ユーザは技術によって恩恵を最大に受けるべきでしょう。であればユーザは固有の技術に拘束されずに、恩恵のみを受けたがるでしょう。もともとOSとはハードウェア間の差異という障害を越えてより自由に効率よく仕事をするための道具だったはずです。GoogleOSのお話は大変に魅力的ですが、そこにはある種の危険が常にユーザにつきまとっていることが見落とされているのではないか、それは社会においてコンピュータ技術がどう位置すべきかという視点が欠いたまま、てできるならやってみたいしやってしまえばいいというのは、新兵器を作ったから使ってみたいといっているのと同じではないでしょうか?長いくまた回数の多い稚拙なコメントでほとんどスパムですが、皆さんの反応やSATOSHIさんの丁寧なご解答によって自分には得るところが大きかったです。ありがとうございました。

hehehe

ネットワークOSという名前を見て、ふと思い出したのですが、ソニーのCELLは、結局どのようなOSを乗せるのでしょうか。

CELLは既存のインターネットとは別の、組み込み機器の中にまで入り込み、作業を分担し、単体のPEの数千倍の計算能力を個人が使うことを目的(というか、ゲームに使うことを目的)に設計されたものだそうですが、これに載るOSは、ネットワークOSそのものになるのでしょう。どのようなものになるのか、台風の目にになるのか、それともコケてしまうのか。ダークホースとして注目したいところです。

satoshi

>ネットワークOSという名前を見て、ふと思い出したのですが、ソニーのCELLは、結局どのようなOSを乗せるのでしょうか。

 IBM が絡んでいることを考慮すれば、グリッド・コンピューティングの可能なOSを乗せて来る可能性もありますが、それもやはり Longhorn と同じく、旧来型のOSのレイヤーの話でしかありません。それに対して、Google は、実際のサービスと結びつけたレイヤーのAPIを提供している点が大きくことなります。ソニーがそのレイヤーで勝負をかけて来るとはどうも考えにくいですね。

shun

OS というよりも、プラットフォームを持つということは常に No.1 ミッションなんだと思います。(LH だけでなく Office も VS もプラットフォームだと思います)
ただ、どのレイヤーでのプラットフォームにするか、また時にはプラットフォームという事に固執しすぎて iPod (end-to-end なサービス)などに先を越されたりなどという所で失敗したりしていますが。

Shin

こんにちは。

先日「世界政府というものがあるとして、そこで使われるサービスはすべて Google で作りたい」と Google の人たちが話している、というような記事を読みました(うろ覚えですみません)。
これに、映画のターミネーターが描いた近未来の姿を重ね合わせ、ある種の恐怖感を抱く人も少なくないようです。僕も、ある企業が独占するような社会は望みたくありません。

ですが、僕は Google の人たちっていうのはあくまでも
>「人々のライフスタイルを変えるほどのインパクトを持つものを作りたい」という夢を見ているプログラマー達
だと楽観的に考えています(考えたい、と言うべきか)。

技術者のマスターベーションにすぎないものも世の中には多々ありますが、一方新しい技術を開発できるものにしか“見えてこない”ライフスタイルもあると思うのです。僕のような人間には思いつかなかったようなことが。

ちょっと違う例かもしれませんが、ウォークマンが初めて世に出る前、ソニー社内でもあの手のポータブル機は録音機能があって当たり前で、再生だけの機器なんて受け入れられるわけがない、という意見が多数だったと聞きます。
たぶんそれはユーザーとて同じだったはずで、市場に出てみたら、「あぁ、ほしかったのはこれだったんだ」と思わされたわけです。

僕は、違和感を感じているという方も多い、“レイヤの違うOS”という話に少なからずショックを受けているのですが(タイトルを見たとき、Google が OS って、いったい何の話?って思いましたもん)、本文を読ませていただき、僕らのようなシロウトの考えもつかない新しい Web ベースのサービスが Google を初めとする企業、プログラマの皆さんが提示してくれることを、期待を込めて見守りたいと考えています。

ぶっちゃけ。こういう話を伺うだけで、楽しみです(^^)

b.

自分も最近、Googleが狙ってるのは地球規模の分散システムじゃないかと考えました。
(mixiでしか書いてないんですが。)
そうするとVistaとか言った所で、Windowsの役割って
ネットにつなぐためだけの端末になってしまうというわけで。

また寄らせて頂きます!

take

こんにちは。

お話を読んで、感銘を受けました。高速ネットワーク普及のおかげでパソコンがえらいことになりそうですね。

現実社会と仮想社会がお互いにつながりあい、丁度世界中にコンピュータのディスプレイを窓として、人の意識と世界が直にやり取りをするための神経系統が世界中に広がっている時代なのでしょうか。

現実の世界と仮想の世界の橋渡しをしているのは、ぶっちゃけていえばお金になるのかと思います。現在ではお金も仮想化してきていますし、昔はお金=金という物に縛られていた世界から、信用によって幾らでもお金を自由に創り出すことができるようになってます。

googleの中の人達は、世界に命を吹き込むパララケスのつもりなのかもしれません。SF好きだった者のの妄想ですが。

またフォローしていきます。

irradiance

こんにちは。
興味深いお話、いつも楽しみにさせて頂いています。
エンジニア系ではないので詳しくは良く分からないのですが、
Google OSというコンセプトがあるとすると、
万人がスパコンを所有することも可能なのではないかと
いう錯覚にさせられます。なにか、SETIのプロジェクトを
連想しました。(http://setiathome.ssl.berkeley.edu/)
据え置き型OSも記憶媒体も必要なさそうですね。

ところで、ど素人からのずぶな質問なんですが、
Windowsの進化がアプリケーションにもたらした、もっとも重要な
テクノロジーとは、一体、何でしょうか? 
内部の人からのご意見が聞けたら光栄です。

これからもあなたの記事を楽しみにしています。
 

burabura

ご高察、恐れ入りました。では、T-Engineプロジェクトは、グーグルとかと比べて、どのような位置にあるんでしょうか?

Maki

Satoshiさん、自分が考えていることが間違いないとしたならば、Googleの将来ビジョン、いや、ロードマップ、技術戦略は野心的で、その凄さに驚かされます。きっと、これから始まるのですね。いつまでも、集合知やバイラル効果であるはずがない・・・。これまでに撒いた技術の種、もしくは仕掛けが一気に動き出す瞬間、Googleの経営者は先進的なエンジニアであったことが理解されるのかもしれませんね。Web技術は、まだ黎明期にある・・・・・。

abc

・Google が持つ何百台・何千台のサーバー郡⇒群
・ウェブ・サービスを容易していただき⇒用意

satoshi

ご指摘ありがとうございます。修正しました。

shige-zo

安定的動作、安定供給、サードベンダーも含めたサポート体制等々、MSの作り上げてきたものの恩恵は忘れてはなりません。
WebAPIやアプリケーション構築技術としてのWebサービスを基盤としたOSを機能させるためにはopen standardの提供に留まらず高度で安定的なInter-operabilityが保証される仕組みが必要です。
GoogleがWebOSを指向しているとすれば、技術だけでは無く、新たな商取引のスキームを開発し提供する必要があるでしょう。
(例えばあるサイトが閉鎖される=いきなサービスが供給されなくなった場合の保証等)

Googleがとる手段はMSと真っ向勝負することでは無く、別のTACTICSであると推測しています。

UDDI

そこで UDDI ですよ~!といってみるテス㌧

(文脈無視してごめんなさい)

でもなんでか、このスレの話読んでると UDDI を思い浮かべてしまう・・・1月に MS、IBM、SAP でやってたのやめちゃった( ・д・)(・д・ )ネー
Google はどんなAPIやるつもりなのか( ・д・)(・д・ )ネー

ogayuki7

パソコンOSの覇者はマイクロソフトなのでしょうけれども、御説の「未来のOS」の覇者はグーグルと決まっているのでしょうか?

satoshi

 Googleが一番良いポジションに付けているということは言えるとは思いますが、Googleが覇者になるとは決まっていないと思います。パソコンの時代のように一社が覇者になるのではなく、コマースはAmazon、サーチはGoolge、SNSはMySpace、のように複数の企業がそれぞれの得意な分野のウェブ・サービスを提供して一つの大きなプラットフォームを形作る時代が来る可能性だってあると思います。

ogayuki7

Web OSの世界では覇者はいない、即ち先行した者が優位な状態をキープできるとは限らないとすると、誰かに先を越されることを心配しなくてもよいということになりますか?

satoshi

「即ち先行した者が優位な状態をキープできるとは限らない」は確かだと思いますが、「誰かに先を越されることを心配しなくてもよい」とまでは言えないと思います。特にSNSやCGMスタイルのサービスの場合は、ユーザーの数そのものが参入障壁になりますから。

The comments to this entry are closed.