米国政府の「年次改革要望書」を読む
理科系人間にも分かる「小泉改革の本質」

米国の貿易赤字に関する素朴な疑問

Microsoft  根っからの理科系人間の私が、何を間違ったかベンチャーキャピタル(ベンチャー企業を対象とした投資会社)にパートナーとして参加したり米国で起業したりするものだから、否応なしに金融だとか経済のことを勉強するハメになった。幸いなことに、最近の経済学は統計学などを駆使した数理経済学となっているため、数字に強い理科系人間であることが大いに役立っている(ちなみに、日本の大学の経済学部は相変わらず「文科系」扱いで入試に数学が必要ないために、数理経済が理解できない学生が沢山いるっていう噂は本当なのだろうか?)。

 そんな私の数年前からの疑問は、「米国が毎年莫大な貿易赤字を出しているのに、なぜドルの値段はどんどん下がっていかないのか?」である。「それは日本が米国の国債を買ってあげているからだよ(日銀の米債買い支え説)」、「アメリカ政府はドル紙幣をどんどん印刷しているからだよ(ドル紙幣印刷説)」、「アメリカ人は借金して買い物をしているからだよ(アメリカ人の過剰消費説)」などの発言も聞いたことがあるが、どうも私には納得出来ない。世界の金融市場は、そんなデタラメを許すほど甘くは無いはずだ。

 それよりも、数年前に新聞で目にした「米国の貿易赤字が莫大だと言っても、為替相場で売買されるドルの一日分にも満たない」という情報の方が私の頭にずっと引っかかっている。貿易以外の目的で(つまり投資や投機のために)売買されるドルの金額がずっと大きく、ドルの相場はそっちの影響で決まる、という説だ。つまり、貿易赤字の結果外国に流れ出たドルは、投資もしくは投機目的で米国に還流しているということだ。もちろん、短期の利ざや稼ぎのために投機的に買われたドルは結局売られる運命にあるので、実際には米国の株式や国債への長期的な投資の形で還流していると考えるべきであろう。

 そこで、理科系人間としては、この状況を以下のように単純化したモデルに置き換えて説明してみる。

前提1.世界には米国と日本という二つの国しか無い。
前提2.米国にはソフトウェアエンジニアしかいなくて、全員マイクロソフトで働いており、もっぱら輸出用のソフトウェア(ウィンドウズ)を作っている。
前提3.日本はソフトウェア以外の全てのもの(食料、衣料、家具、など)を生産している。

 ある年のマイクロソフトの日本での税引き後の利益が100億円だったとする。その場合、100億円のお金が日本から米国に流れることになる。もしそのお金が、給料や配当の形でマイクロソフトの株主や社員に全て配られ、彼らがそのお金だけを使って生活する(つまり日本から物を買う)とすれば、米国から日本へのお金の流れは決して100億円を超えることが無いので、米国の貿易は黒字にこそなれ、決して赤字にはならない。

 しかし、もし彼らが、将来の収入を当てにして、銀行などから借金をして買い物をし始めれば、100億円以上の金が日本に流れることになり、米国の貿易勘定は赤字となる。これが、『アメリカ人の過剰消費説』である。この場合、不足となるドルは、米国の銀行が連邦銀行もしくは日本の銀行から借りることになるが、その借金もいつかは返さなければならないので、これで数十年も続く貿易赤字が説明出来るとは、私にもどうしても思えない。

 そこで、投資によるお金の流れを勘定に入れるために、マイクロソフトが米国で株式を上場させたとしよう。その場合、年間の税引き後売り上げ100億円に今のPE(約25)を当てはめると、時価総額2500億円で株が取引されることになる。仮にその年に、マイクロソフトの創業者や従業員が、持ち株の10%、つまり250億円の株を株式市場で売り、それを全て日本人が買ったと仮定してみる。つまり、250億円分のお金が日本から米国に流れる(つまり、ドルが買われる)ことになるのである。

 当然、株の売却による売買益を得たマイクロソフトの創業者や社員達は、その利益を満喫するために、給料だけでは住めないような豪華な家に住んだり、高級車やヨットを買い、そのお金は全て日本に流れることになる。仮に、そうやって使われるお金の総額が基本的な生活必需品の購入も含めて200億円だったすると、トータルの勘定は、

1.ウィンドウズの日本での販売による税引き後利益、100億円 (お金の流れは、日本→米国)
2.マイクロソフトの株への投資、250億円 (日本→米国)
3.マイクロソフト社員の日用品と贅沢品の輸入、200億円 (米国→日本)

となる。この場合、米国の貿易は、(1)-(3)で、100億円の赤字となる。しかし、株式市場への投資によるお金の流れを見ると、(1)-(3)+(2)で、150億円だけ日本から米国へお金が流れて(ドルが買われて)いることになる(厳密には、株主への配当による米国から日本へのお金の流れも生じるが、100億円の利益を全て配当として分配したとしても、その10%の10億円しか流れないので、その分は影響は小さい)。つまり、100億円の貿易赤字に関わらず、ドル相場は上がって行く(つまり、円安に推移する)ことになる。

 分かりやすく言い換えれば、マイクロソフト、スターバックス、グーグルの様に世界規模でビジネスをする企業が米国の株式市場で株を公開し、そこに世界中の投資家の資金が集まり、その結果として米国の投資家、創業者、社員が得たキャピタルゲインが「海外から日用品や贅沢品を買う」という形で海外に流出すると、その分だけ米国の貿易が赤字となるのである。もしこれだけが米国の貿易赤字の原因であれば、「そんな形で発生している貿易赤字なら全然問題無いし、米国に同情する必要もないじゃん」と言うのが私の素直な感想である。

 もちろん、実際の経済はこのモデルのように単純ではなく、外国人の米国株への投資に加え、日銀による米国国債の購入(毎年どのくらい買っているのだろう?)、アメリカ人の過剰消費(これは結構本当)、などさまざまな要因が重なりあった結果、今のドルの相場が維持されているのであろう。それぞれの要因がどのくらいの割合で寄与しているのかぜひ知りたいところだが、さすがにそんな数値を手に入れるのは容易ではない(どなたか良い資料を知っている人がいたらぜひとも教えていただきたい)。

 私は経済学者でも金融の専門化でもないので、どこかで何かを大きな勘違いや見逃しをしているかも知れないが、これが私なりに到達した「毎年莫大な貿易赤字を出しながら、なぜドルの値段はどんどん下がっていかないのか?」という疑問に対する「経済うんちく」である。もし、このブログを読んでいる人で、国際経済学に詳しい人がいれば、ぜひとも私のうんちくに対するフィードバックをいただきたい。ネガティブなものでもポジティブなものでも大歓迎である。

Comments

George

世界一の軍隊と戦争と軍産複合体による景気操作ができるから、
アメリカドルは安心な気がするのも一つの要素な気がします。
よって赤字になったところで問題ないような・・・

snowbees

http://www.mof.go.jp/jouhou/soken/kenkyu/zk062_6.htm
参考サイトです。
なお、検索キーワード:「アメリカ 経常収支赤字 持続可能か」

satoshi

George さん、コメントありがとうございます。確かに「有事に強いドル」とか言いますからね。でも、今回のイラクではものすごくお金を使っていてそのせいで財政も赤字になっていますから、何とも言えませんね。

Snowbees さん、資料ありがとうございます。一応目を通しましたが、どうしてこの手の文章って分かりにくいんでしょうね。もう少し、しろうとにも分かるように噛み砕いて欲しいですね。

snowbees

Satosi-sanへ。アメリカの「病気」よりも、むしろ日本経済が、巨額の財政赤字(国債残高)により、いつまで持続可能かが最大の関心事であると。日本が破綻すれば、世界不況の引き金となると。外資ファンドマネージャのO氏によれば、「2012-2015年頃にクラッシュして、日経平均が4000円になると。」
http://nedwlt.exblog.jp/i8
参考サイトです。

satoshi

確かに日本の破綻は世界の景気にとっても好ましくないですね。ますます今回の選挙が重要に思えてきます。

dimepo

はじめまして
複雑な事(今なら政治でしょうか)を単純化して説明するのはよくないと言う人が居ますが個人的には複雑なものこそ細分化・単純化を行うべきだという実感があり、satoshi様の文章に共感しております。
まだログも読んでいない状況でおこでがましく揚げ足取りのようで悪いのですが、下記部分ちょっと理解できなかったので確認させてください。

1.ウィンドウズの日本での販売による税引き後利益、100億円 (お金の流れは、日本→米国)
2.マイクロソフトの株への投資、250億円 (日本→米国)
3.マイクロソフト社員の日用品と贅沢品の輸入、200億円 (米国→日本)
となる。
この場合、米国の貿易は、(1)-(2)で、100億円の赤字となる。しかし、株式市場への投資によるお金の流れを見ると、(1)-(2)+(3)で、150億円だけ

上記ですが
「米国の貿易は、(1)-(3)で、100億円の赤字となる。しかし、株式市場への投資によるお金の流れを見ると、(1)-(3)+(2)で、150億円だけ」
ではないでしょうか?

satoshi

dimpo さん、ご指摘ありがとうございます。(2)と(3)が逆になってましたね。修正しておきました。

qp

>>しろうとにも分かるように噛み砕いて欲しいですね。

経済学のツボをきちんとおさえ一般向けでわかりやすく面白いと定評のあるポール・クルーグマンの著作はいかがでしょう?

Baatarism

理系の学問だけではなく、経済学でもモデルを単純化する方法は良く使われます。
単純化したモデルで重要な結論が得られる例として、例えばリカードの比較優位説があります。これは自由貿易を支持する理論的根拠となる重要な学説です。
wikipediaの解説がわかりやすいので、紹介しておきます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AF%94%E8%BC%83%E7%94%9F%E7%94%A3%E8%B2%BB%E8%AA%AC

ドイツタロウ

興味深いブログをありがとうございます。

私は5年間ドイツにおりまして、どうして域内共通通貨ユーロが成り立ち、それがどのように効果を表したのかを目の当たりにしました。結果として分かったことは所謂ドル基軸通貨体制というのは米国以外の国にとって不平等条約と同じということです。即ち米国は自国からの輸出代金の決済にはドルでの支払いを強要しますし、一方で自国が輸入して、購入した商品の決済にもドルしか認めません。したがい日本や中国が商品を輸出した場合、直接もらっても使用できないドルで支払いで受け取らなければならず、その後は銀行や、為替両替市場で手数料を支払って円や元に交換する必要があるのです。したがい貿易額が赤字だろうが黒字だろうがドルは貿易の決済通貨として必要なのです。

その上米国は米国が介在しない第3国貿易にもドル建て決済を拡大しました。これを干渉と考え、嫌気がさした欧州が構築した対抗策がユーロの発行と流通です。これにより対米以外の貿易にはユーロを使うことで米国の影響を排除したのです。

基本的に米国の財政赤字や貿易赤字の多少は米ドルの価値下落には関係ありません。むしろ問題なのは米ドルを信認して国際経済の決済に利用しているマーケットの需要に対して米ドルの供給量が多すぎれば米ドルの価値は低下するのです。米国はイラク戦争の失敗や欧州の台頭で米ドルを利用する市場が思うとおりに拡大しないことにあせっております。その結果サブプライム問題を起こしたり、原油や穀物の取引価格を上昇することで帳尻を合わせているというのが現実と思います。

Verify your Comment

Previewing your Comment

This is only a preview. Your comment has not yet been posted.

Working...
Your comment could not be posted. Error type:
Your comment has been posted. Post another comment

The letters and numbers you entered did not match the image. Please try again.

As a final step before posting your comment, enter the letters and numbers you see in the image below. This prevents automated programs from posting comments.

Having trouble reading this image? View an alternate.

Working...

Post a comment

Your Information

(Name is required. Email address will not be displayed with the comment.)