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スティーブ・ジョブスに学ぶプレゼンのスキル

051009_123844  先月の「プレゼン専用、平置き液晶モニター」というエントリーに対しては沢山の人からフィードバックをいただいたのだが、そのほとんどがこの液晶モニターに対してではなく、私がなぜそんなデバイスが欲しいかの理由として挙げた、以下の文に対するものであった。

 多くの人が勘違いをしているのだが、プレゼンの主役はパワポのスライドではなく、プレゼンをしている本人である。社内の企画会議であれ、顧客に対するセールスであれ、一番強く印象付けるべきは、提案する企画や商品ではなく、プレゼンをする自分自身なのだ。もちろんプレゼンの中身も重要なのだが、本当に重要な情報はどのみち文書で別途提出することになるので、プレゼンの段階で重要となるのは、とにかく自分を印象付け、「こいつの提案する企画に社運を賭けてみよう」、「こいつを見込んでこのテクノロジーを導入してみよう」などと思わせることである。やたらと文字ばかり並べたスライドを読み上げるだけの人がいるが、それでは、貴重な時間を使ってプレゼンをしている意味がない。スライドにはわずかなキーワードと画像データ(商品の写真、グラフ、ブロックダイアグラムなど)だけを置いておき、大切なことは自分の口でしゃべる、というのが正しいプレゼンの方法だ。それも、話す内容をあらかじめ丸暗記などしてはだめで、相手の理解度や興味に応じて、適切に言葉を選んだり重要なポイントを繰り返したりしながら進めなければいけない。

 それ以来、私が理想としているようなプレゼンのビデオをどこかで見つけて紹介しよう思っていたのだが、やっと絶好の題材を見つけた。12日のスティーブ・ジョブスによる新型iMacの発表である。

 英語で申し訳ないが、我慢して最初の5分だけでも良いから後ろのスライドに注目して見ていただきたい。注意して見るべき点は、

(1)文字が極めて少ないこと、
(2)画像が効果的に使われていること、
(3)ほとんどの情報は文字ではなく、スティーブ・ジョブスの口から伝えられること

である。日本の会社で良く見かける、「文字ばかりのスライドを順番に読み上げるだけ」の退屈なプレゼンと比べて、どのくらい効果的か、どのくらいプレゼンターが魅力的に見えるか、をじっくりと観察して欲しい。スティーブ・ジョブスほどのプレゼンスキルを身につけることは簡単には出来ないが、少なくともプレゼンのスライドを作る時の参考にはなるはずだ。


アップルにして欲しい次の革命

051010_231113 うわさされていた通り、ビデオ iPod を発表したアップルだが、はっきり言ってどうでも良い(もちろん私は買わない)。あんな小さな画面でミュージック・ビデオを見せる、なんていうことがスティーブ・ジョブスの本当の狙いではないことは明白だ。

 今回のアナウンスメントでもっとも重要なのは、ディズニーがiTunes 向けの動画配信のパートナーとなったことある。ディズニーは、ABC、ディズニーチャンネル、ESPN などの主要なテレビ局を持つ巨大コンテンツ会社。そのディズニーのCEOの Iger 氏が自ら舞台に上がってアナウンスをしたのだから、これの意味することはビデオ iPod なんかよりも桁違いに大きい。

 私がなぜこのパートナーシップに特に注目しているかというと、iTunes Music Store で音楽業界に革命をもたらしたアップルには、ぜひともこれをテコにしてもう一つして欲しいことがあるからだ。

 「放送革命」である(「放送と通信の融合」と言った方が分かりやすいかも知れないが、私はその呼び方はどうも好きになれない)。

 日本でも本格的な「地上波デジタル」へのシフトが始まっているが、これが大変な税金の無駄遣いだということをおおっぴらに指摘する人は少ない。光ファイバーがここまで普及した今、電波で映像を送るのは離島などの僻地だけにしておき、人口密集地域には光ファイバーで送るほうがはるかに経済的でサービスとしても良いものが提供できることは明白である。そんな時代に、莫大な税金を費やして日本中の中継アンテナを立て替えるほど馬鹿らしい話はない。

 デジタル放送へのシフトが100%終わる2011年には、「面白い番組は光ファイバーを通したビデオ・オンデマンド・サービスでしか見られない」時代になっている可能性は十分に高い(それが証拠に、来年以降の主要なスポーツの放送権を買っているのは既存の放送局ではなく、ソフトバンクやインデックスといったインターネット・コンテンツ企業である)。その時になって、「あの地デジのために費やした税金はいったい何だったのか」と騒ぎ出してももう遅いのである。

 放送局の人たちも役人たちもこの事実を漠然とは認識してはいるのだが、ここまで話が進んでしまった段階では後戻りが出来なくなっているのだろう。特に放送局側としては、「割り当て電波」という既得権の存在しない光ファイバー上へ主戦場を移すことは出来るだけ遅らせたい、という事情もあるので、簡単には方針を変えられない。梅田望夫氏的な見方をすれば、今の経営陣は「どうせ放送と通信の融合が起こるのは自分達が引退した後のこと」と割り切って逃げ切るつもりなのかも知れない。

 こんな税金の無駄遣いをやめさせる一番手っ取り早い方法は、既存の放送ビジネスの価値観を一気にぶち壊すぐらいの力を持ったサービスを立ち上げるしかない、と私は考えている。国民の多くが、「こんなサービスがあるなら、地デジなんて必要ないじゃん」と納得してしまうようなすばらしいサービスである。

 「日本には既にVODサービスがいくつもあるが、コンテンツも不十分だし、ユーザーにも認知されていないじゃないか」という声も聞こえてきそうだが、iTunesで音楽業界に革命をもたらしたスティーブ・ジョブスなら、ひょっとしたら一気に流れを変えることが可能ではないか、と私はひそかに期待している。

 もちろん、私がアップルに期待しているのは(そしてたぶんディズニーが最終的に狙っているのも)、iPod向けのQVGAサイズのビデオ配信なんかではない。テレビにつないだ Mac 向けのDVD・HDTVクオリティのビデオ配信である。各家庭にハードディスクレコーダーを置く代わりに、コンテンツ配信者にはビデオデータを置いたサーバーからpodcast の仕組みで配信してもらい、いつでも見られる状態を実現するのである。こんなサービスが一度立ち上がってユーザーに認知されれば、最終的には既存の放送局もコンテンツを提供せざるをえなくなり、光ファイバーでのコンテンツ配信の時代への移行が一気に進むことになる。

 来年の今頃には、私の家のテレビにはビデオ視聴専用の Mac が繋がれており、podcast で落としてきた映画を見ているのかも知れないと考えると、ワクワクしてくる。


Web 2.0な人たちへの英語勉強法:podcast編

051009_123053  アップルが発表してから遊びたくて仕方がなかったのが podcast。特にiPod nanoを入手してからはなおさらだ。しかし、残念なことに私には音楽を作る才能もないし、社内会議を公開するのに社員に賛成してもらえるとは思えない。それならば、クリエイティブ・コモンズでライセンスされている音楽でも見つけて独自のラジオ番組でも作るかな、と考えたいたところに、梅田望夫さんが絶好のエントリーをしてくれた。

Web 2.0時代を生きる英語嫌いの若い人たちへの英語勉強法:リスニング編

 かつての同僚のAdam Bosworthのスピーチを車で聞くのも良かろうとダウンロードの準備をしているとき、気が付いた。このサイトのコンテンツはクリエイティブコモンズでライセンスされているではないか。つまり、オリジナルのpodcastを作るのに絶好のコンテンツなのである。

 そこで、さっそくpodcast用のRSSフィードを作って、iTunesにドラッグドロップしてみた。ちゃんとダウンロードが始まるではないか。初のpodcast作成、大成功である。

 ということで、そのpodcast作品をここで公開する。iTunesを立ち上げておき、下のリンクをドラッグしてiTunesにドロップすれば、ダウンロードが始まるはずである。Enjoy Podcasting!

http://satoshi.blogs.com/raw/web20.xml


Yahoo Map + UIEngine で遊んでみた

051010_231154 ここのところ、Apple とか Google のことばかりこのブログに書いているが、たまには CEO らしく自分の会社(UIEvolution Inc.)のテクノロジーの宣伝もしなければいけない。そこで、「今日は Yahoo! Maps Web ServiceUIEngine を組み合わせたらどんなことが出来るか」というテーマで作ったサンプルアプリをソースコード付きで公開する。

 元ネタは、百式 - 正しいAPIの使い方で知った ipodiway。Yahoo!の道順案内をiPodで見られるようにするサービスだ。さっそくシアトルの空港から私の会社までの道順案内を指定すると、ダウンロードされてきたのはZIP圧縮された12枚の小さな画像ファイル。この画像データを iPod にロードし、スライドショーの機能で道案内を見ろということらしい。なかなかすぐれものだ。

 それならと、この画像データを利用して UIEngine を使って携帯電話用のAJAXアプリにしてしまったのが、「Yahoo! 道案内ビューアー」だ(実際の動作はJava Applet 版のデモ参照、操作は全て方向キーのみで可)。今はシアトルにいるので、Sprint の J2ME/MIDP 端末でしかテストしていないが、DoCoMo の J2ME/DoJa 端末でも、AU の BREW 端末でもそのまま動くはずだ(もちろん、Palm、PocketPC、Symbian など UIEngine が移植済みの端末ならどれでも)。サクッと作ったので、たいした機能はないが、プログラマー向けのサンプルとしては十分だろう。

 ソースコードもアップロードしておいた(参照)。UIEngine のことを知らない人には、「何じゃこりゃぁ」というようなコードかも知れないが、これが UIEngine 独自のプログラミング言語 UJML で書かれたコードである(本ブログ初公開!)。HTML + JavaScript からコンセプトだけを抽出し、(携帯電話でも動くように)機能を徹底して削り、非同期通信の機能を強化し、かつ、「状態変数」というコンセプトを導入することにより DOM を不要にした AJAX プログラミング専用の言語である。

 もうすぐ日本語マニュアルが完成するのだが、待ちきれない人はマニュアルが全て英語であることを承知の上で http://developer.uievolution.com/ から SDK をダウンロードして遊んでいただくのも良いかも知れない。ツールの日本語化は完了しているのだが、マニュアルの日本語への翻訳が遅れているのと、日本の携帯用の"push to publish" スクリプト(作ったアプリをビルドスクリプトから携帯電話に直接プッシュする仕組み)のテストがまだ十分に出来ていないのである。

 理想的には、ipodiway の様にウェブページで出発地点と行き先のアドレスを入力すれば一気にこのアプリをサーバー側でビルドして指定した携帯電話に送り込む、というサービスに仕上げたかった所だが、とりあえずは、ipodway で作った画像ファイルを手作業でコピーしてこのソースと一緒にビルドする、という手抜き工事にしておいた。「誰かサーバー側のプログラミングの得意な人がボランティアで作ってくれないかな…」などとここにタネを撒いて置くのも今風のやり方かもしれない。


「パソコンのコモディティ化」に向けて着実な手を打つアップル

051011_033634 今日、愛車にiPodアダプターを取り付けてもらった。工賃も含めて320ドル(約3万2千円)である。本体価格が250ドルのiPod nanoを繋げるアダプターに320ドルもかけるのはどうも不合理に思えるが、どこに行くにも車を使う私としては、「iPodなライフスタイル」を最大限に楽しむには避けることの出来ない必要経費だ。

 2006年度にアメリカで販売される車の30%にはiPodアダプターをディーラーオプションで搭載することができる(参照)とのことだが、それすなわち、iPodがデファクト・スタンダードとなりつつあることを意味する。本来ならマイクロソフト主導で、USBインターフェイスのオープンな業界標準でも作るべきだったのだろうが、iPod独自のインターフェイスがデファクトとなりつつあるために、それに繋がる唯一のデバイスであるiPodもデファクトになってしまうのである。BMWとのパートナーシップをテコにしたアップルの巧みな戦略に脱帽である。

 ちなみに、日本ではセブンイレブンがiPodを売るという。国ごとに異なるライフスタイルにマッチしたマーケティング戦略がきちんと打てるところがすばらしい。アメリカでは車、日本ではコンビニ。MBAのケーススタディの格好な題材になりそうだ。

 考えてみると、今年に入ってから私の一家にはアップル製品が増えた。カリフォルニアに住む長男の分を入れると、一家4人にMacが2台、iPodが3台である。去年までは全てのパソコンがWindowsで一台もアップル製品が無かったことを考えると、ものすごい変化だ(参照)。

 この変化が我が家だけの特殊な現象か調べるために、米国アマゾンのベストセラーリストをチェックしてみた。10月10日(月)の朝のチャートはこんな感じである。

パソコン:ベスト5のうち3つ、ベスト25のうち8つ
1位 Apple iBook Notebook 12.1" M9846LL/A
2位 Apple iBook Notebook 14.1" M9848LL/A
5位 Apple iMac G5 Desktop with 20" M9845LL/A

パソコン周辺機器:ベスト5のうち3つ、ベスト25のうち8つ
1位 Apple 4GB iPod Nano Black
2位 Apple 20GB iPod M9282LL/A
3位 Apple 2GB iPod Nano Black

 パソコン周辺機器の部門でiPodが上位を占めていることは予想通りだが、パソコン部門でまでも上位を独占していることは驚きだ。今年になって我が家でおきたアップル製品へのシフトは決して例外的なものではないようだ。 

 パソコンが普通の人々に普及し、「さまざまなアプリケーションを走らせることのできる汎用コンピューター」から、「インターネットとメールにアクセスできて、音楽や写真が管理できる家電」に変わりつつある今、『Windowsパソコンでなければならない理由』はだんだん見つけるのが難しくなって来ている。1995年に始まったインターネット革命が10年かかってやっともたらしてくれた「パソコンのコモディティ化」の勝者は、NetscapeやLinuxではなくアップルだと、あの当時に誰が予想できただろう…


Googleに就職面接に行く前に知っておくべきこと

Gas  CNet Japanを見ていて気がついたのだが、Googleが積極的に日本でエンジニアをリクルートし始めた(参照)。優秀なソフトウェアエンジニアがハードウェア企業にばかり就職してしまう日本の現状を打破するのには、良い特効薬かもしれない。

 そこで、マイクロソフト本社でエンジニアの面接をしてきた経験を生かし、「私がGoogleの面接官だったら」という設定で、どんな人を採用したいかをGoogleの立場に立って述べて見たいと思う。

 まず何よりも大切なのは、「Googleで働きたい」、という強い気持ち(Passion)である。「好きこそものの上手なれ」ということわざがあるが、その仕事にどのくらい夢中になれるかがエンジニアの生産性を考えた上で最も重要なファクターの一つであることはどの面接官も知っている。すると、「今の仕事がつまらない」、「上司がいやな奴だ」、「今の仕事がきつい」などのネガティブな理由ではなく、「Googleがあんなに面白そうなことを自分抜きでやっているのは許せない」、「今起こっているウェブのイノベーションに関わらずにはいられない」、「私だったらもっとすごいことをやってやる」という意気込みで面接に来たエンジニアを採用したいのは当然である。

 次に大切なのは英語でのコミュニケーション(Communication)である。GoogleやMicrosoftは「アメリカの会社」ではなく「グローバルな会社」である。そういった企業は、世界中のトップクラスのエンジニアを採用して、世界一のもの作ってをグローバルな市場に向けてビジネスをしようとしているのだ。当然、アメリカ人だけでなく、インド人、中国人、イスラエル人など世界中の人たちと仕事をしなければならないので、共通語である英語は必須である。どんなにエンジニアとして優秀であっても、英語で満足なコミュニケーションが出来ない状態でこういったグローバルな企業に入っても、会社全体にインパクトを与えるほどの良い仕事をすることはとても難しい。

 最後に絶対はずせないのが 生の知性(Intelligence)である。GoogleもMicrosoftと同じく、面接の際に「あなただったら富士山をどう動かしますか」のような難問を出すことで知られているが(参照)、面接官の求めていることは「正しい答え」ではなく、答えにたどり着こうと努力をする過程で見せる知性や論理的な思考のプロセスである。この手の質問をされた時に、じっと黙ってしまったり、「できません」と答えるのは得策ではない。とにかく何でも良いから頭に浮かんだことを素直に口に出して、そこに面接官が知性を読み取ってくれることを期待するしかない。例えば、この問題を出された時に、「少しずつ崩して移動したらどうかな?」と思ったら、そう口に出すべきである。正しい答えにたどり着こうとするばかりに「でも、それじゃあ原型をとどめないからダメだろう」と勝手に思い込んで押し黙っていては、面接官には何も伝わらない。

 つまり、Googleは、「プログラミングが大好きで、ウェブのイノベーションに関わりたてしかたなく、英語でコミュニケーションが出来て、ものすごく頭の良いエンジニア」を探しているのである。キーワードは Passion、Communication、Intelligence である。こう書いてみると、この条件は私の会社(UIEvolution)の採用条件とまったく同じであるが、それは偶然ではない。世界のIT企業は、どこもこんな人材を探しているのである。

 どの条件も一夜漬けで身に付けられるようなものではないが、日本人が一番不得意なのが英語でのコミュニケーションある。ラッキーなことに、努力さえすれば誰でも習得できるのも英語である。理科系の学生であれ、転職を考えているエンジニアであれ、自分のグローバルな人材市場での価値を高めるためには英語が必須だということを今こそはっきりと自覚すべきである。そのためにだったら、1~2年休学や休職してでも勉強する価値があるのが英語である。


ソウル(魂)のあるもの作り

050915_051009  ソフトウェアエンジニアとしてのキャリアの大半をマイクロソフトで過ごした私であるが、一度だけ「アップルの文化」を肌で経験したことがある。アップル・ニュートンのチーフアーキテクトとして知られるスティーブ・キャップス(参照)としばらく一緒に働いた時のことだ。彼からは本当に色々なことを学んだ。直感的なユーザーインターフェイスの大切さだとか、常に新しいものを作り出そうとする姿勢だとか、私の考え方に最も大きな影響を与えたトップ10人の一人である。

 そのスティーブとたまたま「マイクロソフトとアップルのどこが違うか」という話題になった時に、彼が言った言葉が今でも心に残っている。

 「マイクロソフトのプロダクツにはソウル(魂)が無い」

 この言葉には本当にまいってしまった。

 私がマイクロソフトでOSの開発に関わっていた90年代の前半は、やはりアップルが最大のライバルで、いかにして相手よりも良いものを先に世の中に出すかでしのぎを削っていた。アップルは「マイクロソフトはアップルのマネをしている」と主張し、マイクロソフトは「アップルはニッチ市場向けの商品しか作れない」と揶揄(やゆ)しながらも、開発者たちはお互いをライバルとしてものすごく意識しながら戦っていた。当然、マイクロソフトの方が強い部分も、アップルの方が強い部分もあったのだが、「結局は市場で勝ったのはマイクロソフト」という自負があったのも事実である。

 そんな私にスティーブのこの言葉は本当にショックであった。この言葉以上に、マイクロソフトとアップルの違いを表す言葉はない。

 マイクロソフトのカルチャーは、ビル・ゲイツそのままで、その一番の目標は「勝つ」ことにある。マイクロソフトにとって、「良いものを作る」のはそれ自体が目的ではなく、「市場で勝つ」ための手段である。Windows95にしろ、Internet Explorerにしろ、「どうやってアップルに勝つ」か、「どうやってネットスケープを打ち負かすか」だけをひたすらに考えて作ったソフトウェアである。結果として、マイクロソフトはOSとブラウザーの両方の市場を制覇したわけで、「勝ち負け」という評価基準で考えれば、どちらもプロジェクトとして大成功である。

 しかし、それにも関わらず、「熱狂的なファン」という観点からみると、数においてもその熱狂度においても、アップルの方が断然強いのである。それが私には長年不思議で(かつ不満で)ならなかったのだが、スティーブの言葉で全てが明らかになった。アップルの製品にはソウル(魂)があるのである。「ユーザーにこんなものを使ってもらいたい」、「ユーザーを驚かせたい」、というものすごくピュアなもの作りの姿勢がアップル製品にはにじみ出ているのである。それが人々の心を打ち、熱狂的なファンにしてしまうだ。

 Windowsのおかげで、マーケットシェア3~4%のニッチ商品の地位に追いやられながらも、熱狂的なファンのおかげでかろうじて生き延びてきたアップルが、iPodで息を吹き返し、iTunesでマイクロソフトもうらやむようなデジタル・ミュージック・ビジネスのリーダーとなったことは、アップルを支えてきたファンにとっては何とも言えない喜びだろう。それもこれも、スティーブ・ジョブスが吹き込んだソウルのおかげなのかも知れない。

 机の上のiPod nanoを見つめながら、「今度こそはソウルのあるもの作りをしたいな」と自分に言い聞かせた私である。


任天堂の基調講演を見て感じたこと

Ramen_1 久しぶりにビデオを見て感動してしまった。とは言っても、「スローダンス」の最終回のことではなく、東京ゲームショウでの任天堂の岩田氏による基調講演のことである。

 昨日の私のエントリーに対していただいたトラックバックのおかげで存在を知った基調講演のビデオであるが、「ゲーム業界に働く人は必見」の内容である。岩田氏の一言一言を丁寧に噛み締めて見て欲しい。

 もちろん、任天堂による講演なので、任天堂のゲーム機のプロモーションであることには変わらないのだが、重要なのはその根底に流れる、性能や規模ばかり追い求める今のゲーム業界全体に対する警告と、ユーザー層を増やそう、ユーザーに新鮮な驚きを与えようという(今のゲーム業界が失いつつある)基本に戻った姿勢である。

 以前のエントリーにて、「米国のMBAたちがビジネスで勝つためにエンジニアに作らせたXbox 360」と、「日本のエンジニアがエンジニアのために作ったPS3」、と両社の戦略を表現したことがあるが、DSとRevolutionに関しては何と言えば良いか悩んでしまうぐらいこの講演の中身は濃い。

 「より多くの人にゲームを楽しんでもらうために、停滞気味のゲーム業界に新鮮な驚きを与えるために作ったDSとRevolution」とでも言えば良いのだろうか。岩田氏が48分間の講演で熱く語ったメッセージをワンフレーズで伝えるのはとても難しいが、他の二つと比べて、「誰が」という部分に適切な主語が見つけられなかったことそのものが、ユーザー重視の証かもしれない。

 これでソニー、マイクロソフト、任天堂3社のビジョンがかなり明確になった。常にユーザーインターフェイスのイノベーションに関わっていたい私としては、心情的には岩田社長のビジョンに思いっきり心打たれてしまったが、だからと言って任天堂が勝つとは限らないのがこの業界の難しさである。

 先手を打つマイクロソフトが今年のクリスマス商戦に向けて前代未聞のキャンペーンを世界的に展開するだろうことは火を見るよりも明らかである。そこで一気に勝負がついてしまうのか、それとも後発のソニーと任天堂が2006年度に三つ巴の戦いを繰り広げてくれるのか、ものすごく楽しみである。あえて予想するとすれば、ソニーとマイクロソフトが土俵の真ん中でがっぷり四つの体力勝負でコアゲーマーの奪い合いをし、任天堂がその戦いをよそに土俵の外で着実にゲーム市場の裾野を広げる、というシナリオが一番ありえるように思える。本当に目が離せなくなってきた。


任天堂の「肩すかし」作戦とXavixPORT

Xavix  ここの所、ゲーム業界の話題は「PS3やXBox360がどこまでゲームを進化させるか」にばかり集まっているが、私にはどうしても、ゲーム業界全体が「イノベーションのジレンマ」に書かれていた通りのシナリオを歩んでいるように見えてしかたがない。今年の春にシアトルで開かれたゲーム開発者向けのカンファレンスで、中堅のゲーム開発会社が壇上でこんなことを言っていたのを思い出す。

 私の会社では平均して、DSのタイトルに約40万ドル(約4000万円)、PSPのタイトルに約80万ドル(約8000万円)の開発費を費やしています。PS2向けのタイトルとなると100万ドル(一億円)を越します。開発費が高くなれば高くなるほど事業リスクは高くなり、それだけでは会社の運営は出来ません。そこで私の会社では、開発費が約20万ドル(約2000万円)ぐらいで済むGBA向けのタイトルを作り続けて確実な利益を稼ぎ出すことにより、そういった新しい機種向けの投資を可能にしています。

 開発者たちのこういう声を聞くと、ソニーやマイクロソフトのようにひたすら高機能のゲーム端末を作り続けることが本当に業界にとって良いことなのか疑問になってくる。「ユーザーの声を聞けば聞くほど逆にユーザー層をせばめるような商品作りをしてしまう」という同書に書かれているジレンマにきれいに陥っているように思えてくる。

 この観点から考えると、DSのタッチスクリーン付きデュアルスクリーン、Revolutionのリモコン、などは見事なまでに計算された「肩すかし」戦略のようにも見える。搭載するCPUやGPUの性能をあえて抑えることによりゲーム開発費の高騰を避け、その代わりに今までとは一味違った「ヒューマンインターフェイスでのイノベーション」を全面に出し、意図的に「高性能ゲーム端末に対する破壊的テクノロジー」となろうとしている、という解釈は任天堂に好意的すぎるだろうか。

 ちなみに、DSやRevolutionよりももっと破壊的かも知れない、と私が注目しているのは新世代株式会社が開発したXavixPORT。上に書いた「CPU/GPU性能よりもヒューマンインターフェイス」という考え方をさらに一歩進めたゲーム機である。Xavixは「剣神ドラゴンクエスト」などの家庭用専用ゲーム機に使われているテクノロジーで、それをカートリッジ型のゲーム機の形にまとめたのがXavixPORT。ジャッキー・チェンとのコラボレーションで作るエクササイズゲームが楽しそうだ。