ソウル(魂)のあるもの作り
2005.10.04
ソフトウェアエンジニアとしてのキャリアの大半をマイクロソフトで過ごした私であるが、一度だけ「アップルの文化」を肌で経験したことがある。アップル・ニュートンのチーフアーキテクトとして知られるスティーブ・キャップス(参照)としばらく一緒に働いた時のことだ。彼からは本当に色々なことを学んだ。直感的なユーザーインターフェイスの大切さだとか、常に新しいものを作り出そうとする姿勢だとか、私の考え方に最も大きな影響を与えたトップ10人の一人である。
そのスティーブとたまたま「マイクロソフトとアップルのどこが違うか」という話題になった時に、彼が言った言葉が今でも心に残っている。
「マイクロソフトのプロダクツにはソウル(魂)が無い」
この言葉には本当にまいってしまった。
私がマイクロソフトでOSの開発に関わっていた90年代の前半は、やはりアップルが最大のライバルで、いかにして相手よりも良いものを先に世の中に出すかでしのぎを削っていた。アップルは「マイクロソフトはアップルのマネをしている」と主張し、マイクロソフトは「アップルはニッチ市場向けの商品しか作れない」と揶揄(やゆ)しながらも、開発者たちはお互いをライバルとしてものすごく意識しながら戦っていた。当然、マイクロソフトの方が強い部分も、アップルの方が強い部分もあったのだが、「結局は市場で勝ったのはマイクロソフト」という自負があったのも事実である。
そんな私にスティーブのこの言葉は本当にショックであった。この言葉以上に、マイクロソフトとアップルの違いを表す言葉はない。
マイクロソフトのカルチャーは、ビル・ゲイツそのままで、その一番の目標は「勝つ」ことにある。マイクロソフトにとって、「良いものを作る」のはそれ自体が目的ではなく、「市場で勝つ」ための手段である。Windows95にしろ、Internet Explorerにしろ、「どうやってアップルに勝つ」か、「どうやってネットスケープを打ち負かすか」だけをひたすらに考えて作ったソフトウェアである。結果として、マイクロソフトはOSとブラウザーの両方の市場を制覇したわけで、「勝ち負け」という評価基準で考えれば、どちらもプロジェクトとして大成功である。
しかし、それにも関わらず、「熱狂的なファン」という観点からみると、数においてもその熱狂度においても、アップルの方が断然強いのである。それが私には長年不思議で(かつ不満で)ならなかったのだが、スティーブの言葉で全てが明らかになった。アップルの製品にはソウル(魂)があるのである。「ユーザーにこんなものを使ってもらいたい」、「ユーザーを驚かせたい」、というものすごくピュアなもの作りの姿勢がアップル製品にはにじみ出ているのである。それが人々の心を打ち、熱狂的なファンにしてしまうだ。
Windowsのおかげで、マーケットシェア3~4%のニッチ商品の地位に追いやられながらも、熱狂的なファンのおかげでかろうじて生き延びてきたアップルが、iPodで息を吹き返し、iTunesでマイクロソフトもうらやむようなデジタル・ミュージック・ビジネスのリーダーとなったことは、アップルを支えてきたファンにとっては何とも言えない喜びだろう。それもこれも、スティーブ・ジョブスが吹き込んだソウルのおかげなのかも知れない。
机の上のiPod nanoを見つめながら、「今度こそはソウルのあるもの作りをしたいな」と自分に言い聞かせた私である。
昔のSteve Caps作品の1ファンです。一緒に仕事したとはうらやましい。SoundEditやSuperStduioSessionの遊び心あふれるAbout画面にはたしかに魂が込められていました。
Posted by: hisa | 2005.10.05 at 04:24
ソウルといわれて「超マシン誕生」の原題「The Soul of a New Machine」を思い出してしまいました。
魂というとちょっと気が引けますけれど、気持ちのこもった、気持ちを込めた仕事(開発)をしたいと思いつつ、現実との間でももがいてきたような気がします。そんな時、先人たちの話は非常に勇気付けられ、またがんばろうという気になれたような気がします。
Posted by: kobayashi | 2005.10.05 at 08:06
ソウルのあるもの作りましょう!インターネットによる通信コストの劇的低下により、MarketをTop-Down的にうまく操作してやる勝敗のこだわり方式よりも、本当にほしいものを提供してTail側からごっそりと掴み取ってあげる方式がこれからは強いという側面もあると思います。 いいものつくると楽しいですしね。
Posted by: Jun | 2005.10.05 at 08:51
私も「超マシン誕生」を思い出しました。 ^_^;
これは soul かどうか判りませんが、AppleWorks に慣れてから WORD を使っていると、WORD は原則に忠実なあまり ここの操作を端折ってしまえばもっと早く仕事が進むのに、と歯がゆいことが多かったです。WORD のプログラマーは自分で使うためのプログラムを書いていないんじゃないか、とよく悪口を言っていました(ごめんなさい)。
そう思うと 今の Apple のワープロである(?) Pages はだいぶ融通が利かないようにも思え、AppleWorks を復活させてくれないかなぁ、と思っています。たぶん私がついて行けていないだけなのでしょうけれど...。
Posted by: YamaPing | 2005.10.05 at 10:53
hisaさん、Steveとは今でも細々とコンタクトを取っています。彼の遊び心には本当に関心しました。あるとき壇上でプレゼンの最中の彼の携帯に母親から電話がかかってきて、Windowsの使い方を電話ごしに説明し始める、という事件があったのですが、実はそれが見ている人にWindowsの使いにくさを説明するための演技だった、というオチがありました。そんなイタズラをものすごくスマートにしてしまう人です。
kobayashiさん、YamaPingさん、コメントありがとうございます。Macもそうでしたが、iPodがこれほど大勢の人々の心をつかんだのは、そこにこめられた作り手のソウルがあふれ出ているからでしょうね。特に、iPod nanoを見ているとそう感じます。
Junさん、iPod->iTunes Music Storeの流れはまさにそうですね。これだけ多くのユーザーに支持されたiPodが、iTunes Music Storeをもデファクト・スタンダードにしようとしています。トップダウンでは決してこうは鳴らなかったと思います。
Posted by: satoshi | 2005.10.05 at 11:24
亀レス失礼します。ソウルのある、ということは「思い込んだら命がけ、とことんやる」http://d.hatena.ne.jp/marusan55/20051011 の気迫みたいな感じなのかも知れませんね。いわゆる「大企業病」に陥らないように、Jobs が先頭切って奮闘している、という感じもあるのでしょうか。Jobs が戻る直前には Mac は DOS/V の出来損ないみたいになってましたからねぇ...。PowerBook 2400 当時の日本 IBM の方の話などを読むと、Apple の担当者は持ったときの重量のバランスなどへのこだわりが凄かった、といいますから、頑張っているのは Jobs だけではないのでしょうけれど、早く Jobs に取って代われる個性が出てきて欲しい、とも思う Apple fan なのでした。
Newton といえば、あれはファイルシステムが RDB だったのでしたっけ?今なら Newton は dumb terminal にしてバックエンドに .Mac と DB を使ったクローズドな Web2.0 みたいな展開が考えられるのでしょうけれど、あの当時ではハードウェアとインフラの制限が大きすぎましたね。あ、これって i-mode?と今さらひとり合点。この世界のヒトでなくて良かった...。
Posted by: YamaPing | 2005.10.14 at 16:56
>ソウルのある、ということは「思い込んだら命がけ、とことんやる」の気迫みたいな感じなのかも知れませんね。
私は、少し違うイメージを持っています。マイクロソフトにもそういうカルチャーがありますから。私には、違いは「なぜ作るか」というモチベーションそのもの近いところにあるように思えます。
Posted by: satoshi | 2005.10.14 at 17:52
なるほど、私はマイクロソフトの方々は大企業病に冒されて「遺漏無く」仕事をするけど世界を変えてやろうという熱意はない、と勝手に思いこんでいました。MS の方々には重ね重ね失礼しました。
そうすると、モチベーションよりも 製品をチューニングする過程が問題になるのではないでしょうか。
Posted by: YamaPing | 2005.10.15 at 21:38
>そうすると、モチベーションよりも 製品をチューニングする過程が問題になるのではないでしょうか。
私も、製品のチューニングの部分には、マイクロソフトとアップルには大きな違いがあると見ています。「市場で勝つ」ためにもの作りをするマイクロソフトは、「これなら勝てる」と判断したところで出すのですが、アップルの場合は、「こんなものを作りたい」というイメージに十分近づいたと判断したところで出すわけです。これにより、おのずと最後のチューニングをかける部分が違ってくるのではないでしょうか。
Posted by: satoshi | 2005.10.15 at 21:46
定番になっている製品はどうか判りませんが、新しい製品を誰かが考えると まず一人か少人数で原型を作りますよね。それをみんなに見せて製品に仕上げていく過程で、MS ではブレストに参加する「上司」??がそれを使いこなしていないのかな、と思っていました。その結果、「常識」にとらわれた修正が施されてしまうのではないかと(さっき謝ったばかりなのに...)。古川さんの blog を拝見していると、Gates さんはこのあたりのソウルは凄いと思うので、真ん中あたりでトンガリが鈍ってしまっていたら悲しいですね。
でも考えてみたら最近の Apple もコマゴマと MS の良いところを取り入れていますね。MS だからという色眼鏡で見てしまいましたが、MS の製品の中にもソウルのある部分は多いのでしょう。今日はこれからパワポを使うのですが、何かソウルを見つけられないかな、とちょっと楽しみになりました。
Posted by: YamaPing | 2005.10.15 at 22:46
気軽に日本人はコメントとか残す人が少ない、とどこかに書かれていた
ので、是非書かせていただきます!
Macを買いたくても手が出なくて雑誌とかだけ買ってた頃を思い出しました。
Posted by: x_er13 | 2007.09.06 at 05:12