CTIA 2006 に来ているのだが、「インターネット」、「パソコン」、「通信」、「家電」、「ゲーム」という複数の業界をまたがって仕事をしていると、色々と興味深いことが見えてくる。
もっとも面白いのが、一つの業界だけ見ている限りそれなりに納得できるのだが、複数の業界を見ると「ものすごく矛盾してるじゃん!」みたいなことが平気で起こってしまう点である。
当初は私も、それを単なる「お互いの業界の勉強不足」と解釈していたのだが、最近は結構意図的な部分もあるのではないか、という見方を持ちはじめた。特に、それぞれの業界が持つ「絶対に譲れない部分」がオーバーラップし始めた時に、それが顕著になる。
典型的な例が、日本の衛星放送のデータ配信に使われているマークアップ言語 BML (Broadcast Markup Lanugage)。家電業界が、パソコン業界の進出を阻むためにあえてHTMLとは異なるものにしたことは、知る人は知る事実である。
今回、CTIAに来た一つの目的は、携帯電話業界で今話題の、IMS (IP Multimedia Subsystem)とは何か・どんな意味を持つのか、をちゃんと理解することであった。IMSに関しては、前もって勉強してはおいたのだが(そのときに書いた英文のレポート参照)、いつくかどうしても腑に落ちない点があったので、色々な人からヒアリングをしてちゃんと理解しようという狙いである。
IMSは、音声、動画、プレゼンス情報、ルーティング、などをIP網を通して行うことにより、携帯電話、固定電話、インターネット端末、間でデバイスやネットワークのタイプを問わずにユーザーどうしがコミュニケーションができるようにしよう、という3GPP(携帯電話の世界標準を定める機構)が提案している標準プロトコルである。
通信事業にたずさわっていない人がこの定義を見ると、「すばらしい、これでIP電話と通常の電話の垣根が取り払われるのか!」「auとDoCoMoの電話機の間でテレビ電話が可能になるのか!」とか喜んでしまうのだが、実はそんなに簡単な話ではないのである。
IMS関連の資料を丁寧に読むと、IMSの目指す本当の目的は、メッセンジャーだとかVoIPなどのようなサービスを通信事業者のサービスとして提供してしまおう、という所にあることが見えてくる。通信事業者にとっては、「ただのインターネットへの接続事業(dump pipe)」になりさがり、一番おいしい所を Yahoo、AOL、Microsoft、Skype に持っていかれることだけはなんとしてでも避けなければならない。そこで、「ネットワークへの接続」というレイヤーと「サービスの提供」というレイヤーを、通信事業者の持つ「通信品質」、「従来の電話網との接続」などの強みを生かして切っても切れないものにしてしまおう、という業界を挙げての大作戦の核になるのがIMSなのである。
YahooやSkpe側からすれば、「そんな余計なことはせずに携帯電話からもインターネットに直接アクセスできるようにしてくれれば、メッセンジャーだとかVoIPだとかのサービスはこっちが提供するよ。あんた達は、ネットワークへの接続ビジネスだけやってて欲しい」と言いたいところだろうが、DoCoMoやNTTから見れば「我々が膨大なお金を費やして作ったインフラの上で、おいしい所だけを持っていくビジネスは許せない」という話である。
ここまで理解して初めて、「IMSがなぜこんなに今回のCTIAで話題になっているか」が分かってくる。特に米国では、携帯電話、IP電話、インターネット接続を三つ抱き合わせにしたトリプルプレー、もしくはそれにケーブルTV(もしくはIPTV)を組み合わせたクアトロプレーが今後の通信・放送ビジネスのトレンドとなりつつあるので、そこでIMSによりサービスレイヤーも握ってしまうことは、通信事業のコモディティ化を避けるためにも必須、と考えているのである。
こんなことを頭において、ソフトバンクによるVodafoneの買収を見ると色々と妄想がふくらんでしまう。敵はたくさん作ってしまったようだが、将来の日本の歴史の教科書に「20世紀から21世紀の変わり目に日本の通信革命を起こした男」として名を残すのは孫さんなのかも知れない。
【追記】 夕べは海部さんの主催する、「無線ギークの会」に参加させていただいた。最近は、ブログを通して知り合ったゲーム業界、ネット業界、家電業界、通信業界、SI業界、とさまざまな業界の人たちとの交流が増えている。そのおかげで、このブログで発信している情報量よりはるかに多い情報が流れ込み、その結果、ますます書きたいことが増えてくるというポジティブ・フィードバックがかかっている。こうやっている限り、「書くネタは決して尽きないのかな」、と思う今日このごろである。