Previous month:
June 2006
Next month:
August 2006

Street of dreams 2006 (シアトル豪邸ツアー)

 去年も紹介した、Street of Dreamsが今年も開かれた。地元の建設会社が競うように建てた、最新の素材と技術を駆使した豪邸数件を、一般公開した後に「建売住宅」として販売する、シアトルの夏を代表するイベントの一つである。Street of Dreamsの"Dreams"はアメリカン・ドリームのドリーム。「いつかは自分も成功してこんな家に住むんだ」という人々の夢がアメリカという国の原動力。優秀な人間であれば優秀な人間であるほど、彼らの夢をかなえてくれそうな企業や仲間を見つけ出すことに真剣だ。自然淘汰の法則が、働く側だけにではなく、雇用者側にもものすごく強くかかってくるのがアメリカである。

Dream1 Dream1 Dream1 Dream1 Dream1


映画「Hotel Rwanda(ホテル・ルワンダ)」

 アカデミー賞候補になりながら、「日本で商業的に成功するとは思えない」という判断で一時は公開も危ぶまれた「ホテル・ルワンダ」。こちら(米国)では既にDVDになっているので、Netflixで注文し今日になってやっと見た。なかなかすごい映画だ。

 日本での公開を求める人たちによる「『ホテル・ルワンダ』日本公開を求める会」が設立された時にはどうなるものかと注目していたのだが、彼らの願いがかなったのはやっと今年になってのことである。彼らは、今でも「『ホテル・ルワンダ』日本公開を応援する会」に名前を変えて活動を続けているようだ。

 このジャンルの映画では、「シンドラーズ・リスト」「ライフ・イズ・ビューティフル」に続く名作と言ってよいだろう。シリアス映画の好きな人はぜひとも見ておくべき作品だ。現在でも各地で上映中だし(上映の日程は、上記の応援する会のホームページに書いてある)、DVDも来月には発売になる(アマゾンで予約が可能)ので、ぜひとも見ていただきたい。

 しかし、こんな映画を見るたびに思うのは、人種や民族間でのいざこざが、いつの間にか普通の人々の間で命を奪い合うまでの憎悪にまでエスカレートしてしまうことの恐ろしさ。日本と北朝鮮との緊張が高まるにつれ、それがしだいに互いの国民同士の憎悪に変化していかないことを強く望む。「先制攻撃も辞さない」という政府の言葉が、堤防を決壊させる最初の一歩でなければ良いのだが。


あえて断定せずに説得力を増すテクニック

060711_075949_1  少し前のエントリーで紹介した、「The ten faces of innovation」。内容とは直接関係がないが、興味深い文章術が使われていたので、今日はそれに関するエントリー。

 まずは、下の文章を読んでいただきたい。

 一昔前まで、Cleaveland Indiansは「弱小球団」の代名詞であった。地区優勝をしたことが無いばかりか、勝率が5割を上回ることすらめったになかった。しかし、1994年にIndiansは大きく変わったのである。1994年はリーグで一番の勝率をかせぎ(ただしストライキのためにシーズンは途中で終了)、1995年には念願のリーグ優勝を果たした。

 何が変わったのだろう。監督も同じ、選手もほぼ同じメンバーである。一つだけ変わったものは球場である。都心から離れた所にある収容人数8万人の巨大で古びた球場から、都心にある収容人数4万人の新しい球場に移ったのである。

 つまり、Indiansは球場を移るだけで「弱小球団」から「最強球団」へと変身をとげたのである。こう考えると、オフィスの環境を大きく変えるだけで社員の気分をリフレッシュしてやる気を出してもらうことも可能かも知れない。社員の「やる気」の低下に悩む経営者の皆さん、オフィスの模様替えをしてみませんか?

 どうだろう。下線をした「つまり、…」の部分で「そんなわけないだろう」というツッコミを入れたくなってしまった人が多いのではないだろうか。

 そこで、表現を少しだけ変えてみたので、今度はこれを読んでいただきたい。

 (…略…)

 何が変わったのだろう。監督も同じ、選手もほぼ同じメンバーである。一つだけ変わったものは球場である。都心から離れた所にある8万人もの観客を収容できる巨大で古びた球場から、都心にある収容人数4万人の新しい球場に移ったのである。

 もし、Indiansが球場を移るだけで「弱小球団」から「最強球団」へと変身をとげることに成功したのであれば、オフィスの環境を大きく変えるだけで社員の気分をリフレッシュしてやる気を出してもらうことも可能かも知れない。社員の「やる気」の低下に悩む経営者の皆さん、オフィスの模様替えをしてみませんか?

 違いは下線の部分のみである。前者は「Indiansは球場を移るだけで『弱小球団』から『最強球団』へと変身をとげた」ことが事実だ、と断定した上で、「だから、オフィス環境を変えるのも良いかも知れない」と述べている。それに対して、後者はその部分の断定はあえて避け、「もし…であれば、オフィス環境を変えるのも良いかも知れない」と述べている。数学的に言えば、前者は「Aは真。だからBも真(かも知れない)」であり、後者は「もしAが真ならばBも真(かも知れない)」である。

 「Aは真」が読者の誰にでも受け入れられるようなものであるならばどちらの言い方でもかまわないが、上の例のように「Aは真」と断定してしまうのが少し強引すぎる場合には前者の言い方は好ましくない。「Aは真」と断定した時点で読者の意識がそこに集中してしまい、本当に伝えたい「Bも真かも知れない」というメッセージが伝わりにくくなるのである。それに加えて、「Aは真」と断定してしまう筆者に対する不信感まで生まれてしまい、そこに続く「Bも真かも知れない」というメッセージの信頼性までも失われてしまうのだ。

 これに対して「もしAが真ならばBも真かも知れない」という言い方は、「Aは真」とあえて一言も断言しないことにより、読者の意識が「Aが真かどうか」に集中してしまうことを避け、「Bも真かも知れない」という一番伝えたいメッセージを言葉をはるかに受け入れやすいものにしているのだ。


サンフランシスコ

 今日は、仕事でサンフランシスコに来ている。ミーティングの場所からホテルまでは本来ならタクシーに乗るような距離だが、天気も良いので歩くことにする。同じ運動をするのなら、タクシーでホテルに戻ってジムで汗を流すよりは、その距離を歩いた方がなんだか得をした気がする私である。

060711_081136 060711_080443 060711_080736060711_081825 


見たい番組の存在は『放送後』に知ることが多い、だからYouTube

 ここのところ、YouTubeのお世話になることが多い。日本のマンションに置いてあるSharpのガリレオに予約録画しておいた日本の番組をネット経由で視聴することが出来るとは言え、テレビガイドとにらめっこをしながら「どの番組を予約しようか」と時間を費やすほどのテレビ好きではない。そもそも、あらかじめ見たい番組を知っているケースはごくまれで、知り合いやブログを通して「こんなおもしろい番組をやっていた」という情報を『放送後』に得る場合がほとんどである。

 そんな時に役に立つのがYouTube。今週だけでも、「ハルヒの最終回」が放映されたことを人気ブックマークで、「サラリーマンNEO」というNHKらしからぬ面白い番組が放映されていることを知り合いのブログで、「プリンス小林が再びホットドックの早食いチャンピオンになったこと」をこのブログのコメント欄で、それぞれ知った。

 どの情報も『放送後』に入手したために、以前であれば、「おもしろそうな番組を見損なって残念」で終わっていたのが、最近は「とりあえずYouTubeに上がっているかチェックしてみよう」という行動パターンをとる私である。あらかじめ予約などしなくて良い手軽さと、つまらなかった時に失う時間が秒単位であるという効率の良さが、今までだったらテレビサーフィン中に偶然そのチャンネルに出会うことでもしなければ見なかったような番組を見ることを可能にしてくれるのである。

 と、いうことで今日はYouTubeからコンテンツを二つ紹介。まずは、「サラリーマンNEO」から「サラリーマン語講座」。NHKがNHK自身のパロディをしているところが笑える(注:たぶんこのコンテンツは近いうちにNHKからのクレームで消される)。

 そして、プリンス小林の六連覇の映像。去年はぶっちぎりだったが、今年は僅差である。

 まだまだ著作権法だのビジネスモデルに問題を抱えるYouTubeだが、人々のテレビ番組との接し方が、「事前に録画予約などぜずに、話題になった番組の一部もしくは全部を後から見る」というものに変化することがほぼ確実なことを証明してくれている点には大いに注目すべきだ。


言葉遊び: 「ゴーグル」と10回言ってもらってから質問してみよう

 一昔前に、「『ミリン』って10回言って」とか「『ピザ』って10回言って」から始める言葉遊びが流行ったが、それを今風にアレンジしたものを思いついた。

A 「『ゴーグル』って10回言って」
B 「ゴーグル、ゴーグル、ゴーグル、ゴーグル、…」
A 「日本で一番使われている検索サービスは?」
B 「グ、グーグル」
A 「ひっかかったね。Yahoo!だよ」

 ぜひともまわりの人たちに試していただきたい(参照:Yahoo!がGoogleより人気の日本、なぜと頭をひねる)。

 ちなみに、なんでこんなことを思いついたかというと、昨日競泳用のゴーグルをスポーツクラブに置いてきてしまったからだ。今朝になってLost&Foundコーナー(=忘れ物コーナー)に行って、忘れ物担当の人にそのことを尋ねたのだが、つい「グーグル」と言ってしまったのだ。するとその人(中国系の老人、英語はかなりあやしい)が、ツッコミもせずに、「昨日はグーグルは届いていないよ、どんな色?」と答えるではないか。私はあわてて「白いゴーグルです」と訂正するのだが、その老人は、「ここには青と黒のグーグルしかないよ。なくした場所は確認した?」と言い続ける。私の頭の中の混乱が、この老人にも伝染してしまったようだ。


北朝鮮のミサイル発射施設を見てみる

 今回の北朝鮮によるミサイル発射実験は、米国でもトップニュース。ニュースの一つに、ミサイル発射施設の衛星写真が掲載されていたので、Google Mapでも見れるものかと試してみると、さすがにミサイルの形までは分からないが、なにやらそれらしき施設があることは分かる。

 そこで、さっそく北朝鮮のミサイル発射施設をGoogle Mapで見るための簡単なMash-upアプリを作ってみた。下の衛星写真上のマーカー(ミサイル発射施設の場所)をクリックすると、そこの拡大写真をみることができ、さらにそこにあるマーカー(4つある)をクリックすると、それぞれの設備を更に拡大した写真を見られる、という趣向だ。

【追記】ソースコードを見たい人は、「北朝鮮ミサイル発射ページ」を開いてそのページのソースを見ていただければよい。


YouTubeはメディアビジネスに対する進化圧

 劇場公開時に、会社のエンジニアの一人に強く薦められていたのだが、ついつい劇場まで足を運ぶ機会を失ってしまった「March of Penguin (邦題:皇帝ペンギン)」。やっとDVDになったので、さっそくNetflix(月々17ドル99セントでDVDが駆り放題になるサービス)で注文し、鑑賞。色々と考えさせられた。

 極寒の南極で、激しい進化圧(注)に何万年も何十万年もさらされたあげくにペンギンがたどりついた繁殖のための長距離ハイク。壮絶である。「政府による国内産業の過剰保護は逆に企業の国際競争力を奪う」というピーター・ドラッカー氏のことばを思い出した。何兆円もの税金で延命措置をほどこされた日本の銀行は、とうてい南極(=天敵のたくさんいるグローバル経済圏)では生きていけない。

 その意味では、YouTubeは既存の著作権法とメディアビジネスにかかる絶好の進化圧。生き残りをかけたメディアビジネスの進化と自然淘汰が始まろうとしている。

【注】進化圧とは、自然淘汰による進化をうながす方向にかかる自然の圧力。生存が難しい環境ほど進化圧は強くなる。「虫を食べる鳥」は虫にとっての進化圧。虫達の保護色や擬態は、すべてその進化圧の結果である。


ノアの箱舟の化石、遂に発見!?

 Has Noah's Ark Been Found?

 上のABCニュースによれば、「テキサスの考古学者たちが、イランのElburz山脈にノアの箱舟の化石を見つけたと信じている」そうである。タイトルに「?」マークが付いていることや、「発見した」と言わずに「発見したと信じている」と書いているあたり、ABCとしては、あくまで宗教論争にはまきこまれないように中立的な立場を維持したまま、事実の報道に努めようとしていながら、なんだか奥歯にものが挟まったような報道をしているあたりがなんとも言えずに面白い。

 米国に暮らしてみると分かるが、この国には相変わらず「聖書に書いてあることは100%正しく、そこに書いてあることは(アダムとイブ、ノアの箱舟の話も含めて)全て歴史上の事実である」と頭から信じている人たちがかなりいる(感覚としては人口の10~20%ぐらいはいるように思える)。

 「言論の自由」と「政教分離」をモットーとする国としては、そういった人たちを頭から否定することも出来ないので、そのために色々なひずみが生じている。例えば、公立高校の生物の授業で進化論を教える時にも、「あくまでこれは一つの説でしかなく、信じるか信じないかは君たちの自由だ」という前置きを言った上で教えないと親から訴えられてしまう。

 言い換えれば、一部の人たちにとっては、21世紀の今になっても、「科学対宗教」の戦いは続いているのだ。そんな人たちにとっては、聖書に書かれている「ノアの箱舟」の化石を探し出して、(科学に対する)聖書の正しさを証明することは、何百年も前からの重要なミッションとなっているのだ(注:「ノアの箱舟の化石が見つかったからといっても、聖書に書いてあることが100%正しいという証明にはならない」などというヤボなツッコミはここではやめておこう)。

 今回、イランでノアの箱舟の化石らしきものを発見したのは、B.A.S.E.(Bible Archaeology Search and Exploration Institute - 聖書考古学調査探検協会)の考古学者たちであり、考古学的証拠により聖書の正当性を示すことを第一のミッションとしている人たちである。一般常識から照らして言えば、中立的な学術調査団体とは言えないのだが、彼らに言わせれば、「『普通の学術的な調査団体』は全て『科学者より』の人たちなので、そもそも中立ではありえない」のである。

 日本人の常識から考えれば、「宗教は宗教、科学は科学」なのだから、進化論を研究している生物学者が、盆・暮れ・正月にはまじめに宗教行事をこなしても一向に不思議はない。「天照大神」が実在した証拠を探している考古学者なんて聞いたこともない。

 米国においても、多くのキリスト教徒はそんな割りきりが出来ているのだが、残念ながら、一部の人たちにとっては、あいかわらず宗教と科学は排他的なものらしい。

 と、ここまで前ふりをした上で、彼らが発見した「ノアの箱舟らしきもの」の化石の写真を公開しているウェブサイトを紹介しよう。

Noah's Ark? For Real - CWN