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日本の受験システムが日本をダメにしている

 IT-Plusの『「在学歴」を学歴とする風土が生み出す必修科目逃れ』は、まさに私が前々から指摘したかった日本の教育システムの問題点を的確に表す良いコラム。しかし私は、この日本の「在学歴を学歴とする風土」の悪影響は、単なる必修科目逃れにとどまる話ではなく、日本の企業の国際競争力、しいては日本の国力そのものを奪うことになっている、と常々思っている。

 この「大学受験」という一発勝負で、その人の一生が大きく左右されてしまうという状況が作り出しているのが、受験地獄とその後の人生の二極化。

 小学生低学年のころから塾に通わされて、自分が本当に好きなこと得意なことは何なのかを発見できず、人生の楽しみ方とか自分なりの価値観とかを学ばずに大人になっていく子供たち。親の言うままに一生懸命勉強して、一流大学に入学し、それを「一流企業へのパスポート」として一番大切な時期に勉強もせずに遊びほうける大学生。自分のキャリアパスとかをしっかりと考えずに、ただ単に「給料が良さそうだから」「安定していそうだから」と大企業を選ぶ学生たち。そして「誰のためにあるのか」すらはっきりと定義・認識されていない日本の企業。「雇用の確保」を大義名分に大企業ばかり守りたがる日本の政府。

 これでは、日本の企業の世界における競争力が年々落ちてもしかたがない。日本の「国力」が落ちてもしかたがない。

 思いっきり勉強しないと卒業できない大学を作り、大学受験に一度や二度失敗しても何度でも人生をやり直せる本当の意味での「機会均等」社会を作る必要がある。憲法改正も愛国心教育も結構だが、安部さんには、ぜひともこのバカげた受験システムを破壊し、大学を改革することに力を注いで欲しい。

Comments

Dora

こんにちはっ。

確かに日本の大学生活は人生の夏休みみたいになってますね。楽しかったですけど。

昔書いた文章です。ご参考までに。

「日本をダメにしている人々?」
http://dorablue.blog51.fc2.com/blog-entry-171.html

ではでは。

hina

まさに正論だと思いますが、壊すべき学歴社会によって自己のアイデンティティが作られている
お役人様や国会議員様には荷が重い話しなのかもしれません。

戦後直後の教育からボタンは掛け違えられていてるのでしょう。

最近はまっている戦前の政治家斉藤隆夫氏が「雲を掴むような文字を列べ立てて、……
国家百年の大計を誤ることがありますならば、政治家は死してもその罪を滅ぼすことは出来ない。」
と有名な粛軍演説でいっておられます。
現在の国会で言っても適合してしまうところが情けなや。

night_in_tunisia

はじめまして. このエントリを読んで考えたことがあったのでTBさせて頂きました. 今後とも,よろしくお願いします.

デメニシキ

初めまして。

全くの同感です。
僕は現在中学二年生で大学受験はまだまだ先なのですが、
なんだか少し不安になります。
良い大学に"入る"ことを目指し、必死に勉強していくのには少し違和感を覚えるのです。
勉強も大切ですが、勉強よりも大切なものは沢山あると思います。
自分の趣味をみつけて楽しんだり、あることに自分なりに熱中したり。
僕はそういうことにばかりに関心を向け、勉強をあまりしていないのでいけないとは思っていますが;
学校での教育は、教養を身につけるための学習だけに重点を置かずに、なんというか、自分で自分なりに物事を考える力とか、自分を自分なりに表現する力とか、人生を自分なりに楽しむ力とか、そういう力を育んでいくものとしても存在してほしいです。

僕は安倍さんに、受験システムの改革だけではなく、日本の教育システム全体の改革をしていただきたいと思っています。

たかし

全国共通の大学卒業試験をやれば済む話だと思います。
ですが、それをやらせない、問題視させない、文科省がある限り無理でしょう。

何せ業界団体?のトップである
文科省が大学をつぶさないように
躍起になっていますから。。。
(少子化は、いい口実になってます、つまり、教育をしている場合ではないと、、、、)

あと、大学の教育に目を向けさせないようにもしています。
大学を研究機関と称して、
「教育をしない」ところに多くの
補助金をばら撒いています。
優秀な学生が集まっている大学は、
「教育しない」のがステータスですから、、、、

hama

日本の小学校教育はかなり優れていると思いますよ。
特に私立は、平均でみたら相当レベル高いと思います。
中学校以降も、優秀な下働きを育てる為と考えれば、全く理にかなった教育システムだと思います。
でも、創造性と勤勉さは相反するものなので、
勤勉を要求するほど創造性は失われてしまいます。
もし変えるとしたら、中学と高校での必修科目を現代風にしたり
(工学や医学、法学の基礎を加えます)
医学部は自然科学の学士保有者のみ
入学できるようにしたり、、、
といった変更が必要でしょうね。

そして、こういったシステムで育った人間が
教育者の立場になるまで、さらに10年~20年はかかります。
普通にやろうとすると、変革にはとほうもない時間が必要なことがよくわかりますね。

Maki

Satoshiさん、海外のビジネスマンと意見交換する際に、
彼らは、われわれがどのように考えているのか、
といった独自な意見を聞きたいと考えているのだなあ、と実感致します。単なる暗記ではなくして、君だけしか持っていない『オンリーワン』を。
また、自分自身、小学校の進学塾へ、中学校や高校での予備校など、
これらで学んだことは、暗記力、および、公式や典型的解法の適用力などで、主に「演繹法」としての思考力でありました。
ところが、ひとたび、社会に出てみると、
大きく異なっていることに驚きを隠せませんでした。
まず、最初に、世界を知らなければなりません。
そして、世界は止まることなく、常に激しく変化している。
「政治」「経済」「テクノロジー」「社会」「文化」・・・・。
しかも、ネットワークを介して、世界はフラット化している。
これら多様な変化を理解するためには、多様な情報を整理しなければなりません。実は、すでに世界は情報の洪水のなかにある・・・・。
そこで注目されてきたツールとして「検索エンジン」「Google」などが登場してきた。われわれは、人間の集合知、および、アルゴリズムを利用して、比較的に、求めているであろう情報にリーチすることができる?!
そして、いま、われわれに求められている新たなスキルとして、
「情報を束ねる」「情報を整理する」などが求められてきているのではないかと予想される。さらに、このようなプロセスを通して、
「独自な意見を持つ」や「人とコミュニケーションする」
といった能力も必要とされているのではないかと。
実は、このような能力とは、本来、われわれの先祖が
基本的な行動様式として持っていた能力であったはず・・・・。
時代は、「Pull」から「Push」へと変化している・・・。

タカハシ

自分は今その一発勝負の大学受験の一発目に負けて浪人しているものです。
正論だと思いますが今の制度上一般に言う高学歴でなければ物事を変える立場にはそうそうなれないので厳しいと思います。またあくまでも持論ですが人間は欲があり、それを満たすために従順な手足が多くあるほど物事を動かしやすいのでそれが欲しい。つまりは今の教育制度で創造力が磨かれ辛いのは、教育制度が上の立場にある人間が自分の言うことを聞いてくれる人間を作り出すための制度
だからだということです。
更に言うと高等学校の予備校化がいけないんでしょうね。お上が高等学校の評価に「いかなる人間を作ったか」ではなく「いかなる有名大学に生徒をいれたか」で評価しているから仕方ないのでしょうけれども学校とは「勉強するところ」ではなく「人間を育てるところ」だと思うんですけどね

某京大生

>自分のキャリアパスとかをしっかりと考えずに、ただ単に「給料が良さそうだから」
>「安定していそうだから」と大企業を選ぶ学生たち。

これには語弊があると思いますよ。
少なくとも私の周りでは、学生の狭い視点かも知れませんが、真剣に考えています。

何か客観的なデータがあると良いんですけどねー
という、来年から某帝国に入社するものの戯言でした。

ぶらりん

識字率、義務教育以降の高等教育進学率と卒業率、犯罪発生率、学校内での発砲事件・殺人事件件数、入学に比べ卒業が難しいが故に入試ではなく卒業までの履修・成績で明確な学歴社会フィルターの洗礼を受ける事実、その結果として途中でドロップアウトした生徒学生が次の教育システムへ進む道を絶たれ低所得者階層・低知識階級に押しとどめられる現状、これらのアメリカの惨憺たる現状を見ても、(部分的寄与であるにしても)日本のシステムが必ずしも全面的に悪とは言い切れない。浪人してでも再挑戦できる機会を幅広く認めている大学入試システムの方が可能性は広がるとも言える。教育システムで上ばかりを見てはいかんぜよ。底辺がどこにあるか、底辺をどう底上げするかも見ないと。アメリカ合衆国万歳はもうやめようぜ。
まあ、その問題と必修逃れや内申書偽造問題は別だが。

buu

世間的に第二新卒と呼ばれるくらいの職歴の人間です。
在学歴もそうですが日本は新卒就職でその後がほぼ全てが決まってしまうほうが問題な気がします。

Jitta

学校の先生自ら、「学校の役目は、一部のエリートのいいなりになるアホを大量生産することだ」と言っているので、まぁ、かわらんでしょ( ´-`)
エリート=政治家(ホンマにエリートなんかどうかは別)
また、下々も、そうやってお上のせいにしておけば自分の責任は逃れられるわけで。
あと、大学は教育機関じゃないですよ。それこそ、学歴社会が生んだ間違った認識じゃないですか?

mya

初めまして、どうも読んでて疑問がいっぱいありますね。正論ではあるのかもしれない、でも違う一面も多く持つ大学があることを忘れてるきがする。
大学は、教育機関であると同時に研究機関でもある。 特に院に進む学生が増えるなか、物事をどのように捉え解決するかを考えさせる一面もある。(工学系だからかもしれないですよ。) 周りにいる学生を見てても、何も考えてきてないなと思う人もいっぱいいる。まぁ、せっかく来てくれたのでそんな学生はびしばし教えるわけですが…。。ほめたり飴を使ったり。やっぱり大変かな・・・
大学という多感な期間において様々な物に触れ考えてくれることを期待しているのがある。優秀な学生を集めている大学では、多少はずれることはあっても、基本優秀な人は何をやれと言うよりは自分で考え、自主的にやってくれるほうが成長しますしね。
ただ、日本は大学を作りすぎてるのも確かで、大学に行っておけば良いやで行ってしまう人、本来就職した方が良いだろうと言う人などなどいっぱいいる。このような人たちが多く集まる学校はびしばし教え込まないとあまり考えてくれない傾向があるのではと思う。こんな人には大学は本来、職業訓練学校に近いと考えるべきなのかもしれない。
ただ、自由を与えることで化ける人もいっぱいいるから難しいなぁ。

きっとこの考えは偏ってるのだろうなぁ。

garliconion

人を育てるのもさることながら素質とか将来性を判定するのは難しいですしコストがかかるでしょう。日本の教育システムがどうこうとかいいだしたらそれこそ明治からの歴史的な流れもあるでしょうから、おいそれとはいかないのではないでしょうか。

アメリカの大学はよく、入るのは比較的簡単で出るのが難しいとされているようですが、学生を育てながら厳しい課題や試験を課して、ふるいにかけ、できるだけものになりそうな人を卒業させるということでしょうか。それまでの期間は、ああしたい、こうしたいっといった動機付けをはぐくむ時期なんでしょうね。そして、これがやりたい、といって大学に入った以上は目一杯尻を叩いて社会に出す、ということをやってるんですかね。

まぁ、学校は社会を回していく人材を育てる場所ですから(世の中を変えたいといって大学をやめてしまって、実際に変えてしまう人もいるくらいですし、さほど間違った言い方ではないと思います)、その人材を必要としている社会のありようが変化しなければ、教育も変わらない、とも言えるでしょうし、教育も含めた世の中がどうあるべきかといったグランドデザインをどうすべきなのかを議論しないと始まらない、のかもしれません。というかちょっと脳味噌に火がついたので教育基本法改正論議を衆議院TVでちとさがしてきますノシ

ブロガー(志望)

お邪魔します。
 評論家の小室直樹氏が

>人間を「属性(貴族か平民か他)」で見る見方と「業績(経験やスキルや実績他)」で見る見方があ
>るが、日本の受験システムは「大学受験という"業績"が何々大学卒という"属性"に転化するシステ
>ム」

といった事を言っていました。「業績を属性に転化する」のが問題なのではないでしょうか。

mon

何故か日本の学歴の認識は、どこの国よりも狂っていると感じます。
特に高学歴の認識は、海外と比べると異常な文化?と感じます。
学んだ内容ではなく学歴では、何の役にも立ちません。逆にいうと屁理屈ばかり多く中身が無く、使えない者を増やし続けて来た日本の教育に手遅れと言いたいぐらいです。

早稲田大あたりを出ても社会で使えない人が増えました。
(たまたま一つの大学を例にとって説明)
学歴で計れない部分の教育、躾が完全に欠落した者がとても多く目立ちます。テストさえ良い点を取れれば良いという教育の歪みを感じます。
こうした者が教育者となり人を育てられるのか?又は、人として大丈夫か?と疑問を抱く事が多々あります。極端な話に思われるかも知れませんが正常か?と疑いたくなるほどです。

又、世代によっても同じ大学を出たとしても中身が全く異なります。テストは、出来るが中身が空っぽの者が本当に目立つのです。学校のテスト主義が生んだしわよせが現代の社会をつくったとも言えると思います。昨今の事件等もこうした歪みが更なる異常を生み出していると感じます。更に今後は、こうした者だらけの世の中になる事を考えると今から改善したとしても30年以上は、からっぽの人々がこの国を動かしていく事になるのです。

大学など受験し合格により単位を取れば高学歴と評価されるのが果たして本当の学びの場と言えるのでしょうか?本来、学びに行く場が学歴を取得するだけの場になっている日本の学校システムは、最悪です。本来は、学びたい者が皆学べる事が理想です。どの大学のどの研究を学びたいから入ったとか、どの大学のどの教授から学びたいから入学したと言うのが入学の本来のかたちかと思います。学歴の為に通う者が本当の研究内容や学問を社会で活かせる訳がないのです。学歴の為の入学者はあくまで彼らに理屈を植え付けただけなのです。こうした彼らは社会では、一番困った存在となるのです。
(※本人よりも周囲が皆屁理屈だけの者に付き合いきれない)

それとは逆に学歴が無くても素晴らしい方々は、社会に多くおられます。
学問とは、無縁とおっしゃる方がむしろ社会に大きく貢献されたりしています。受験やテストは、あくまで暗記力の競技程度のものかと感じます。そんなものでいったい何が計れるのかと思います。からっぽの人間を増やすよりも人間として大切なものや躾こそが社会に活かせる教育かと感じます。沢山の海外の方々と仕事をして強く感じました。


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