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通信のコモディティ化を押し進めるGoogle

 先日、梅田望夫さんと対談(月刊アスキーに掲載予定)したときに、「なぜGoogleは通信インフラにまで投資をするのか理解しがたい」という話題が出たが、その一つの答えがこれ。

After a couple rounds of stalled bidding, the C Block's provisionally winning bid is now at $4.7 billion, about $100 million over the reserve price that the FCC set for the block of spectrum. Since the reserve price was met, the FCC will not have to re-auction the block and its special rules: open access for any device and any application will have to be implemented on the winning bidder's future 700 MHz network. If the price of the provisionally winning bid goes up in the next or subsequent rounds, then it is clear that there are more than one bidders for the C Block. It was possible up until this point that Google was bidding on the C Block to drive it up past the reserve price, in order to ensure the open access rules came to fruition.

700 MHz Auction: C Block meets its reserve, open access sticksより引用】

 Googleは携帯電話網がオープンではないことに関して最も積極的に政治活動を行っている企業の一つ。今回の700MHz帯のオークションに関しては、「本来は国民の財産である電波帯域を営利企業に売り出すのだから、『どんなデバイスからでもアクセスできるようにしなければいけない』という『ネットワークのオープン化』の縛りを付けて売り出すべき」と強く主張したのがGoogle。

 それに対して、「そんな条件を付けたら、逆に電波帯の落札価格が下がってしまい、損するのは国民」という屁理屈で抵抗したのが既存の携帯電話事業者たち。

 その両者の言い分を聞いた上で、「国として期待している価格以上で落札された場合のみ『ネットワークのオープン化』の縛りが付く」という特殊な条件でオークションにかけられたのが700MHz帯。

 「700MHz帯が確実にその想定価格以上で落札されるように」とGoogle自らがオークションに参加したことは知られていたが、今回の「仮入札」の結果が、Googleの思惑通りに想定価格を上回った価格になったことは注目に値する。

 これから最終落札の局面に入るのだが、この想定価格以上払ってでも700MHz帯を欲しがっている通信事業社が複数いれば、健全な競争入札によりこれ以上の価格でどこかが落札することになる。しかし、もしこの価格帯で買う気がある通信事業社が実は一社もいなかったとすると、落札価格を想定価格までつり上げるだけの目的で入札したGoogle自身が落札してしまうという可能性もあるわけで、それはそれで面白い。

 しかし、Googleの狙いは「通信ビジネスのコモディティ化」であることは火を見るよりもあきらか。オープン化による競争原理で、通信コストを出来るだけ下げて、そこで自由に広告ビジネスを営もうというのがGoogleの狙いである。

 そう考えると、通信事業社にとっては、Googleとパートナーシップを組むってことにはかなりリスクを伴う。そのうち通信事業社も今のISPのような立場になってしまうんではないかと心配になってしまうんだが、そのあたりはどう考えているんだろうNTTドコモは?


なんだかきな臭くなってきた JavaFX vs. android

 先週サンタクララで開かれた「Java Mobile & Embedded Developer Days」に参加してきた知り合いに聞いたのだが、Sun MicrosystemsがGoogleのandroidを目の敵にしているのは本当だそうだ。

 英語で「口に出してはいけない汚い言葉」のことをその代表となる言葉の頭文字を取って"f word"と呼ぶが、Sun Microsystemsの人々は、androidを"a word"と呼ぶぐらい嫌っているそうだ。

 Sun Microsystemsの内部事情に詳しい人によると、内部のエンジニアに対しては「androidの仕様やソースコードは絶対に見ない様に」という通達が出されたらしい。

 明らかにSun純正のJavaがandroidに含まれるアイデアや知的所有物によって汚染されることを嫌ってのことだが、もっと深読みすると、Googleを訴える準備を進めているとも読めるので面白い。


予想外に早く収穫期を迎えたXBox360

マイクロソフト コーポレーション(Microsoft Corporation、本社:米国ワシントン州レドモンド)は、米国時間1月24日(木)、2008年度第2四半期(2007年12月31日締め)の売上高、営業利益ならびに一株あたり希薄化後利益が、それぞれ163億7,000万米ドル、64億8,000万米ドルならびに0.5米ドルであったことを発表しました。これらの数字は、2008年度第2四半期の売上高、営業利益ならびに一株あたり希薄化後利益が前年同期実績に対して、それぞれ30%、87%ならびに92%増加したことを示す記録的なものです。【マイクロソフト、2008年度第2四半期の決算を発表、記録的な業績を達成より引用】

 マイクロソフトが記録的な2008年度第2四半期の決算を発表したばかりだが、ここでもっとも注目すべきなのは、XBox360やZuneを売る"Entertainment and Device division"が黒字に転じたこと。

 日本では任天堂に押されっぱなしのXBox360だが、米国ではHalo3の記録的な成功にも支えられ累積1770万台を越し、順調に売上げを伸ばしている。第一世代のXBoxでは日本円で数千億円の赤字を計上したマイクロソフトは、第二世代のXBox360に移っても同じような赤字を計上しつづけるだろうというのが大方の予想だったわけで。

 ゲームコンソールビジネスは、最初は製造コストも高く、ゲームからの収入も少ないので赤字スタートは当然。その後にちゃんとした「収穫期」を迎えることができるかどうかが鍵。第一世代のXBoxは収穫期を迎えることがなく終わったので、XBox360に関しても「収穫期を迎えることは難しいのではないか」というのが大方の予想であった。

 その予想を裏切っての黒字化は、ハードウェアの製造コストが順調に下がっていることに加え、自社ブランドの(つまりマージンの大きい)ゲームであるHalo3が大成功をおさめたことが大きく寄与している。Zuneというお荷物を抱えてのことだからなおさら偉い。

 こうなるときついのがソニー。任天堂はDSがしっかりと収穫期を迎えている上に、Wiiに関しても順調に畑を耕しており、DS+Wiiからの「ダブル収穫期」を迎える時期は近い。それに対して、まだまだ収穫期を迎えそうにないPS3ビジネスを枯れたPS2ビジネスからの収益でこれ以上ささえ続けるはかなりきついはず。

 今年は黒字化で気を良くしたマイクロソフトが資金力に力を言わせて徹底攻勢に出てくることは目に見えており、そのあおりを一番くらうのは、ターゲット層がもろにかぶっているPS3。ワーナーのHD DVDからの撤退を「Bluray陣営の勝利」と見るよりも「物理媒体世代の終わりの始まり」と解釈する人も少なくない。どうするソニー。


こんな商品が欲しい:風呂に浮かべてビデオを鑑賞できるiPod希望

 ワイアレスやコンシューマー・エレクトロニクスのカンファレンスに行くと、毎回のように話題になるのが、デバイスのコンバージェンス。いわゆる「多機能携帯電話があれば、デジカメもiPodも、ひょっとしたらパソコンすら不必要なんじゃないの?」という「統合デバイス神話」。

 「デバイスは統合されるどころか、TPOに応じたさまざなデバイスが作られることにより分化が進み、そのうち窓ガラス埋め込みデバイスとか、使い捨てデバイスとかができる」と信じている私のようなアンチ・コンバージェンス派は少数派。

 今日も、風呂に入りながらiPhoneでYoutubeを見ていたのだが(知り合いがそれに最適なアプリを作ってくれたのでそのテストも含めて...まだアルファテスト中なので公開できないが、ベータ版がリリースされしだいここで報告するのでお楽しみに)、湯船に落とさないようにするのに結構気を使うし、湯気も気になる。可能であれば、「風呂でYoutubeを見るための水に浮かぶ専用端末」が欲しいところだ。

 冗談のような話だと思う人もいるだろうが、私が言うところの「TPOに応じたさまざまなデバイス」というのはまさにそういう話。これだけカメラ付きケイタイが普及したのに、デジカメが淘汰されないのも全く同じ理由。でなければ、富士通は防水ケータイを作って来ない。

 ちなみに、風呂でiPhoneを使い始めたのは、風呂でパソコンを使うことで有名な増井雄一郎氏の影響。MacBookが耐えられるのなら、iPhoneだって大丈夫なはず、という発想。今のところ、何の不具合も見られない。難点と言えば、「腕が少し疲れる」ぐらいか。


夏野氏の本音とドコモの縦割り行政と

 CNetのインタビューは、夏野氏の本音が見えるなかなか良いインタビュー(永井さんNice Job!)。

ドコモから出てくるにしろ、ソフトバンクモバイルから出てくるにしろ、サービスは変わらないと思いますよ、Apple(が開発する端末)だから。そうなると後は経済条件だけじゃないでしょうか。個人的には、僕の味付けができないからそんなに興味はないですね。少なくとも今のiPhoneでは携帯電話回線を使って自由にアプリをダウンロードするといったことはできないですから。【ドコモ夏野氏に訊く:「iPhone」「ディズニー」「Google検索精度」をどう思う?:モバイルチャンネル - CNET Japanより引用】

 この発言は、ドコモの内部事情をある程度知っている人たちにとってはものすごく微妙な発言である。

 内部事情とは、ドコモの縦割り行政ゆえに、時々外に見えてしまう自己矛盾。iモードを立ち上げ、ドコモ内部で絶大な力を持ちつつ、端末の調達に関してはまだ100%コントロールできていない夏野氏。夏野氏が「Googleと組んでandroidを採用」と言っているにもかかわらず、ほぼ同時に広報からは「ドコモはAccessと携帯共通プラットフォームを開発」という思いっきり矛盾したプレスリリースが出てしまうのは、まさにこの縦割り行政の結果。

 夏野氏の「後は経済条件だけじゃないでしょうか」という発言は、アップルと交渉しているドコモ内部にいる人たちに対する「お前たちアップルの言いなりなんかになるなよ」という牽制球。「個人的には、僕の味付けができないからそんなに興味はない」というのは本音。

 サービスの顔であるデバイスを通した「おもてなし」を100%アップルにコントロールされてしまうiPhoneが、長い目で見てドコモにとって特かどうかは疑問。「おもてなし担当重役」の夏野氏としては反対して当然。夏野氏から見れば、月額データ使用料の何パーセントかをアップルに渡すなんてもっての他だ。

 こうなってくると、「鶴の一声」でものが決まるソフトバンクからiPhoneが出て来る可能性が大にも思えるが、ドコモ内部に「夏野氏の力を押さえつけるためにもiPhoneを採用しよう」という不穏な動きが出る可能性もないとは言えないので、まだ決めつけるのは早い。現に、先のAccessとの提携の発表を「夏野氏のandroid戦略に対する社内牽制球」と読む業界関係者も多い。

 しかし、こうやって社内で牽制球を投げ合っている姿とかを見ていると、スティーブ・ジョブズとか孫さんのように「すべてのものを決めてしまえる力を持つリーダー」がいた方が、大きく時代が変わろうとしている時には、有利なのかも知れないと思うがどうなんだろう。もちろん独裁者は抑えが効かない分、大きな間違いを犯す可能性もあるが、すばやく大胆な決断が下せるという点では圧倒的に有利。同じチーム内で牽制球を投げ合っている間にも時代はどんどん前に進むのだから。


「iPhone効果」で好調なAT&Tの決算ーどうするドコモ?

 米国でiPhoneに向けた携帯電話サービスを独占的に提供しているAT&Tが決算を発表。加入者を268万人も増やし、絶好調である。

The nation's largest telecommunications company posted net income of $3.14 billion, or 51 cents a share, from $1.94 billion, or 50 cents a share, a year earlier. AT&T, the exclusive provider of the Apple iPhone in the U.S., said its wireless unit added 2.68 million subscribers in the quarter, which the company called the largest-ever quarterly increase by any U.S. wireless company. About 2.3 million people bought an iPhone in the final three months of the year, Apple said Tuesday.【WSJより引用

 すべてがiPhoneのおかげとは言えないにしても、かなり貢献したことは間違いない。

 加入者増だけでなく、ユーザー一人あたりの売上げも上昇している点に注目。

Wireless data revenue - money paid to browse the Internet and sending emails via cellphones - surged 58%. Average revenue per user, a closely followed measurement in the telecom industry, climbed 1.9% to $50.28.【WSJより引用

 特にデータの通信料だけに限って見れば58%も上昇しており、毎月20ドルづつ払っているiPhoneユーザーの貢献度は大きいはず。

 これでアップルの立場はより強くなったわけで、ドコモはますます厳しい上限を突きつけられるに違いない(参照)。どうするドコモ?iPhoneをソフトバンクに持って行かれてもいいのか?キャメロン・ディアスとiPhoneの組み合わせは最強だと思うが。

【付録:業界英語うんちく】 この記事は一般向けのものなので、「ユーザー一人あたり(per user)」という言葉を使っているが、携帯電話業界内部では「端末一台あたり(per unit)」という言葉を使う。そのため、ユーザー一人あたりの売上げは、「Average Revenue Per Unit」となる。これの頭文字だけをとるとARPUとなるのだが、業界内部の人たちはそれを「エーアールピーユー」とは読まずに、「アープウ」と読む。


ATTがADSL加入者にWiFiを無料で提供

AT&T Inc. (NYSE: T) today announced that more than 10 million AT&T broadband subscribers will soon have free unlimited access to the company's nationwide Wi-Fi network, the largest Wi-Fi network in the United States. The offer delivers an annual saving of $60 for AT&T broadband customers, and an annual saving of nearly $240 compared with AT&T Wi-Fi costs for consumers who do not have an AT&T broadband plan.【AT&T to Deliver Free Access to Nation's Largest Wi-Fi Network; Add Greater Value to Leading Broadband Serviceより引用】

 当然と言えば当然の流れ。これで自宅にAT&TのADSLを引くユーザーは、空港などの人の集まる場所で無料でインターネットにアクセスできることになる。

 日本でもNTTが公衆電話を撤去する代わりにそのすべてをフレッツ加入者向けの無料WiFiホットスポットにしてしまえばそれで勝負が着くのではと思っていたが、どうなんだろう。それに加えて、各家庭に置くモデムそのものに公衆WiFiホットスポットの機能を入れて(もちろん、家庭内のネットワークに侵入できない様にファイアーウォール付きで)しまえば住宅密集地はほぼ100%カバーできる。そしてその上でiPhoneがIP-Phoneとして機能する様にすれば、... って夢は膨らむけど、NTT DoCoMoのビジネスのことを考えたらそんなことはできないのかな、と。


個人のブランド力を磨くことの大切さ

 先日紹介したばかりの「リッツ・カールトンで学んだ仕事でいちばん大事なこと」。もう一つぜひとも引用したかった部分があるので、今日はそれの紹介。

 ときどき、企業のブランド力を自分自身のブランド力と錯覚している人がいます。ところが、勤めている間は気がつかないものですが、バックにあった会社がなくなると、突然まわりが冷たくなるということが少なくありません。

 よく、「会社を辞めたとたん誰からも相手にされなくなった」とか、「独立したら会社に勤めていたときの取引先に無向きもされない」などという話を聞きますが、それはその人自身に、ブランド力がなかったということです。

 ◇ ◇ ◇

 横並びが尊重された時代にはブランドというものを身につける必要などなかったかもしれません。むしろ「出る杭は打たれる」からブランドなどないほうがよかったのかもしれません。

 ですが、年功序列や終身雇用が崩壊した時代を生き抜いていくためには個人のブランドはどうしても必要です。会社にもたれかからないで、自分で考え、自分で決めて、自分で行動して、人生のオーナーシップを自ら手にすることです。

 ストレートで分かりやすいメッセージなので私があれこれと解説する必要もないが、これの意味するところは、本来リスクが少ないはずの大企業に入ったはずなのに、逆に「その企業のブランド力に頼ってしまい、個人としてのブランド力を養う貴重な機会を失ってしまった」人たちがたくさんいる、という話。

 「今たまたま注目されている有名企業」にばかり行きたがる就職活動中の学生たちにこそ、ぜひとも考えていただきたいテーマである。


リッツ・カールトンのおもてなし

 私が講演などで「ユーザー・インターフェイス」と「ユーザー・エクスペリエンス」との違いについて説明するときに、よく引き合いに出すのはディズニー・ランド、スタバ、そしてリッツ・カールトン。この三つに共通していることは、個々の設備や商品(アトラクション、コーヒー、部屋)で勝負するのではなく、そこの場所で顧客が体験するすべてのものに細心の注意を払うことによって、特殊な「場」を作りだすことによって勝負しているところ。

 そんな私だから、本屋で「リッツ・カールトンで学んだ仕事でいちばん大事なこと」というタイトルの本を見かけた時にはすぐさま買い求めてしまったわけだが、なかなかするどい指摘が幾つも書かれている。

 例えばこれ。

 よくデパートの研修などで、全員が一列に並んで大きな声で「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」と唱和しているシーンを見かけます。一般的には非常に礼儀正しい気持ちのよい挨拶であると思われていますが、果たしてあれは「あたたかい心からのごあいさつ」と言えるのでしょうか。(...中略...)何よりは店員さんたちはお客様を見ていません。大きな声ではありますが、常にトーンは一本調子です。要するに誰が来ても同じように「いらっしゃいませ」なのです。(...中略...)挨拶は仕事の手を止めて、お客様と向かい合ってするものです。さらに言えば、お客様に応じて声のトーンや微笑みの程度も変わって来るでしょう。それはお客様の様子をしっかり見て、把握すれば、自然と分かるものです。家族で食事を楽しんだ年配の男性への「ありがとうございました」と、デート中の若いカップルへの「ありがとうございました」は違うはずです。

 あの「心がぜんぜんこもっていないマニュアル的な『ありがとうございます』」というのは今に始まった話ではなく、古くはバスガイドからデパートのエレベーターガールの時代からあり、それが、小売店・レストランのチェーン店化・フランチャイズ化とともにますます拍車がかかっただけの話。 コンビニの店員のロボットような「235円になりまーす」「ありがとうございまーす」というしゃべり方に我慢がならない私としては、その道のプロである筆者(元リッツ・カールトン大阪営業総括支配人)が同じ様に考えていてくれたことに大きくうなづいてしまった次第である。


MacWorld Expo: なぜiPod touchのアップグレードのみ有料なのか?

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 スティーブ・ジョブズの基調講演でもうひとつひっかかったのが、Apple TVとiPhoneのソフトウェア・アップグレードが無料なのに、iPod touchのアップグレードが20ドルなこと。Apple TVとiPhoneのソフトウェア・アップグレードが無料なことに触れたときは、誇らしげにストップして拍手を受けたのに、iPhone touch のアップグレードに関しては、「これから販売するiPod touchには無料で新しいアプリケーションがついて来るけど、既存のiPod touchに関しては20ドル」と、あっさりと流したことに妙な違和感を感じた人も、「Appleはセコい」と思った人も多いはずだ。

 私も「アレ?」と思ったのだが、思いあたるフシがあったので、AppleのAnnual report を調べてみたところ、答えが見つかった。

 エンロン・スキャンダル以来、厳しくなった米国の会計基準が理由だ。

 あの会計スキャンダル以後、会社の業績を必要以上に良く見せる会計操作をした経営者の責任がものすごく厳しくなった。それも悪意があるものだけではなく、ちょっとした「見解の相違」でも株主を惑わしたとなれば責任を負わされる。

 そのため、多くの企業が極端に保守的な会計報告をするようになった。特にソフト・ハードを作っているメーカーが気をつけなければならないのが、売上げの計上のタイミングとソフトウェア・アップグレードの扱い。

 今までなら、消費者が購入した段階で100%計上してなんの問題もなかったが、新しい会計基準では、ソフトウェア・アップグレードを無料でするのかどうかで、売上げの計上のタイミングを調整しなければならなくなったのだ。売上げの100%を会計上計上してしまったハードのソフトウェアを、後から無料でアップデートすると、その「ソフトウェアのメンテナンス」に相当する部分の売上げを「不当に前倒しにして計上した」とSECから会計操作と見なされる危険があるのだ。

 Apple TVとiPhoneに共通するのは、売上げの計上を消費者の購入時にせずに、毎月1/24ずつ24ヶ月間にわたって計上していること。ジョブズに言わせると「売り切り型のビジネスというよりはサービスに近いビジネスだから」。その意味では、ソフトウェアのアップグレードを無料でするのは当然なのだ(以下がAppleのAnnual Reportの以下が抜粋)。

During 2007, the Company began shipping Apple TV and iPhone. For both Apple TV and iPhone the Company indicated it may provide future unspecified features and additional software products free of charge to customers. Therefore, sales of Apple TV and iPhone handsets are recgnized under subscription accounting in accordance with SOP No. 97-2. The Company recognizes the associated revenue and cost of goods sold on a straight-line basis over the currently estimated 24month economic lives of these products with any loss recognized at the timeof sale. Costs incurred by the Company for engineering, sales, marketing and warranty are expensed as incurred.

 問題は、iPod touch。これに関しては、従来のiPodと同じく消費者が購入した時点で100%を売上げとして計上してしまっているため、無料でソフトウェア・アップグレードを提供してしまうと、会計基準上「不当な売上げの前倒し」と見なされてしまうのだ。

 ということで、「会計上、売上げの前倒し計上と見なされない様にするためには、ソフトウェア・アップグレードを有料にせざるをえなかった」というのが本当の理由である。まあ、こんな形でソフトウェアのアップグレードを頻繁に行うのであれば、iPod touchもiPhoneと同じ様な会計処理をした方が良いのかも、という議論は当然Apple内部ではされているはずである。「そしてすべてはサービスになる」という流れは、こんなところにも押し寄せている。