法律の勉強:社員に株式を与える4つの方法
2008.01.08
米国のベンチャー企業に関わる場合、社員であろうと、経営者であろうと、投資家であろうと、社員にインセンティブとして与える株式に関してちゃんと理解しておくことは大切。これから米国のベンチャー企業で一旗あげようという人たちには必須の知識だ。今までは「なんとなく理解していた」だけだったが、今回、ちゃんと勉強する機会があったので、ここにまとめておく。
1。Incentive Stock Option(ISO)
これは、二種類あるストック・オプションのうちでも非常に特殊なもの。税金面で言えば、オプションを与えられた時(grant)にも行使した時にも税金が発生せず、株式を売却して現金を得た時に初めて税金がかかる。それも、キャピタルゲインの扱いなので、税率は低い(現状15%)。
良い話ばかりのISOだが、ISOと認められるための条件はとても厳しい。
(1)オプション・プランは株主の同意が必要
(2)オプション・プランは10年間のみ有効
(3)オプションは10年以内に行使しなければならない
(4)オプション価格はマーケットの価格以下ではいけない
(5)オプションを他人に譲渡することはできない(ただし死亡した場合を除く)
(6)オプションをもらった人は会社の10%以上の株式を持つことはできない
(7)ISOの対象となる株式全体の価格は10万ドルを超えてはいけない
(8)ISOで入手した株式は、grantされてから2年以内、行使してから1年以内に売ってはいけない
(9)ISOを受け取る社員は、grantされた時から、オプションを行使する三ヶ月前までは社員でなければならない
2。Nonqualified Stock Option(NSO)
ISOとして認められるべき条件を一つでも満たしていないものは、NSOと呼ばれる。NSOの場合、ISOと異なり、オプションを公使した際に、公使価格と行使時のマーケットの価格との差額を(キャピタルゲイン)ではなくて(給与所得と同じく)通常の収入として申告しなければならない。
ちなみに、私がマイクロソフトでもらっていたストック・オプションはNSO。そのため、ストック・オプションで得た収入は、通常の給与所得と合算して申告していたので、(年度にもよるが)33〜36%の税金を払わされていた。マイクロソフトの株が上がり続けると信じていた連中は、株式が安いうちにオプションの行使だけして株式に換えておき、それをしばらく保有してから売却するという方法(その場合は行使後の値上がりはキャピタルゲインなので税率が低い)をとって税金を節約していたが、それはそれでリスクがある(万が一値下がりした場合は、余計な税金を払わせられることになる)。
NSOの場合、オプションを行使できるタイミングや、株式を売却できるタイミングは会社側が自由に決めて良いのだが、通常はオプションのgrant後、勤続年数にしたがって行使できる部分が少しづつ増える、という条件を付けることにより、優秀な社員を会社につなぎ止める「黄金の手錠(Golden Handcuffs)」の役目を果たさせる。
3。Bonus Stock
単純に株式を社員に譲渡すること。ストックオプションと違って、実際の株なので、株主としての投票権がすぐに生じるなどのメリットがあるが、税金面ではその時点での株価の100%が通常の所得として見なされるので、その場で(株を売却する前に)税金を払わなければならなくなる点がデメリットである。その税金の資金のために社員が株を売らなければならないとすれば、せっかくのインセンティブの役目も果たさなくなる。それに加えて、株式をもらった社員はいつでも辞めることができるので、「黄金の手錠」としての効果はほとんど無い。
4。Restricted Stock
これは税金面で不利で、インセンティブとしての効果が薄いBonus Stockを改良したもの。株式はすぐに付与するものの、「10年以内に会社を辞めた場合、残りの年数に応じて株式は返却しなければならない」という条件を付帯するもの。このような付帯条件を付けることにより、税金面では「付帯条件が外れた時点で収入と見なす」という法律が適用されるため、Bonus Stockよりは有利である。ただし、収入の計算は付帯条件がはずれた時の株価を使って計算するため、付与された時よりも株価が上がっていれば、付帯条件なしのBonus Stockよりも多くの税金を払うことになる(Bonus Stockの場合は、値上がり分はすべて低税率のキャピタルとなる)。
会社側から見ると、この付帯条件が「黄金の手錠」の役目を果たして社員を会社につなぎ止めることになるので、ストック・オプションとほぼ同じ効果を生む。
(厳密にはこの4つに加えて、Stock Appreciation Right StrategyとPhantom Stock Planというもう二つの方法があるが、ベンチャー企業で使われたという話を聞いたことがないので、割愛させていただいた)。
◇ ◇ ◇
ちなみに、マイクロソフトは数年前にNSOからRestricted Stockに切り替えたが、理由は二つある。一つは2000年以降、株価の上昇がにぶり始めたため、株価が上昇しないと一銭にもならないストック・オプションの魅力が薄れ始めたこと。もう一つは、社員に与えるストック・オプションもコストとして計上しなければならなくなったため、会計上のメリットがなくなったこと。
日本は日本で別の法律があるので、日本で働く人たちには直接参考にはならないかも知れないが、この分野に関しては日本の法律が米国の法律に準拠して行く 可能性は高いし、日本で働いていても米国の会社の日本法人で働く場合には、米国の本社が設定したインセンティブ・プログラムがそのまま適用される場合が多 い(例:マイクロソフト)ので、頭に入れておいても損はない話だ。
【追記】ついでに、ストックオプション関係で覚えておくと良い英単語をいくつか。
Stock Option Grant:会社がインセンティブのために、社員にくれる、株をある一定の価格(grant price)で買う権利のこと。通常はその価格は、オプションをくれた時(grant時)の価格。その後株価が上昇してもgrant時の価格で買えるので、値上がり分だけ儲かることになる。
Exercise: 社員が持っているストックオプションの権利を行使すること(つまり、grant時に設定された価格で株を買うこと)。
Grant Price:grantされたストックオプションを行使する時に、払う必要のある一株あたりの価格。
Vesting: 通常は、grantされたストックオプションはすぐに行使することはできなく、ある一定の期間ごとに少しづつ行使可能になる。vestingとは「オプションが行使が可能になる」こと。
Expiration Date: 株と違って、ストックオプションには期限がある(多くの場合10年)。ストックオプションが行使可能な最後の日をExpiration Dateと呼び、その日を一日でも過ぎたら、ストックオプションは行使できなくなる。
最後の「格子」は高度な釣りだから誰もコメントしないのでしょうか…いつもtypoにはみなさん食い付くのに。
市場価格がGrant Priceより安くなってしまった場合は当然安い方を選択出来るのでしょうか?(私は似たような理由で以前いた会社のオプションは放棄してしまいましたw)
Posted by: naotake | 2008.01.09 at 20:41
釣りじゃありませんよ、タイポです。
市場価格がGrant Priceより安くなった場合には、市場で買った方が安いので、安い方を選択できるもなにもなく、行使する意味がありません。ストックオプションを持っていない人と同じ土俵に立っていることになり、ストックオプションの価値はゼロです。
Posted by: Satoshi Nakajima | 2008.01.09 at 20:45
こんにちわ、米国の株式について勉強しているのですが、とてもわかりやすくまとまっていて役立ちました!
質問ですが、日本の会社がアメリカ子会社で、現地従業員にストックオプションやRSUを付与することはできるのでしょうか。
税制の関係でトリッキーなところがあるようですが、特定の条件を満たしていたり、特別なスキームを使えば付与できたりしますか?
Posted by: Wi-fi | 2011.06.18 at 12:22