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ネットに接続するとテレビは本当に今より面白くなるのか、という話

 ここのところPhotoShareのことばかり書いている私だが、久しぶりに「UIEの創業者・取締役」としてのお仕事。「次世代IPTVソリューションセミナー」というUIEジャパン主催のセミナーで、「ネット接続がテレビにもたらすUI変革」というタイトルで講演をするのだ。日時は9月19日、参加費は無料なので、ぜひとも「ネットに接続したテレビ」の話に興味のあるかたはご参加いただきたい。

 ここのところ「ネットに接続した○○」というテーマでの講演やら話をする機会があるが、そもそもネットがもたらす価値は何か、という話を突き詰めて行くと、「情報」と「人」という話になる。iPhoneのケースで言えば、Google Mapアプリで得られるものは「ネットに存在する情報」だが、PhotoShareで得られるものは「ネットの向こう側にいる人たちとのコミュニケーション」である。

 今回の講演では、テレビをネットを利用して今よりも面白くしようとしたらどちらに、どんな風に重点を置いて商品開発をすべきか、という問題提起をしようと思う。

 私から見てアクトビラがどうもうまく行くと思えないのは、「どうやったらテレビがもっと面白くなるか」という本質的なビジョンが欠如したままで技術仕様ばかりが先走りしているように見えるから。キャプテン・Lモード・文字情報付きテレビ放送が失敗して、iモードが成功したのにはそれなりの理由があるわけで、ただやみくもに『ブラウザーが乗ったテレビ」「オンデマンドで映画が見れるテレビ」「お天気や株価がチェックできるテレビ」を作っても成功するとは思えない。

 iPhoneで圧倒的な力を見せつけたAppleですら、Apple TVではまだまだ「アーリー・アダプターのおもちゃ」の域を抜け出せていない。「IPTVの市場でiPhoneに相当するデバイス+サービスを作るのは誰だ?」という質問はビジネス的には面白い話だが、それよりも以前に、「そもそもテレビをネットに繋げることにより今より面白くできるのか?」「ネットがテレビに与える付加価値っていったい何?」という質問に答えを用意せずにテレビをネットに繋いでも仕方がないと思うんだがいかがだろう?


なぜ「iPhoneキラー」がことごとく失敗するのか

 MBAの授業の一環で、"Marketing Myopia" (by Theodor Levitt) という1960年に書かれた論文を読む機会があったのだが、色々とうなずけるところがあったので、メモ代わりに。

 家電メーカーのような技術系の会社は、どうしても技術系の人が経営者になりがち。技術系の人は(私も含めてだが)色々な問題を論理的に解決しようとする。技術的な問題を解決するためにはこのアプローチはとても有効だが、消費者心理のように曖昧で非論理的なものには適用できない。

 技術系の経営者が陥りやすい失敗は、自分がコントロールできる分野、すなわち、技術的に難しい問題を解決することにばかりエネルギーをそそぎ、非論理的で簡単にはコントロールできない消費者の動向のようなものに十分な注意を払わないこと。

 その結果、「消費者はどのみち論理的な行動なんてしないんだから、それに関して色々と戦略を立てたところで無駄」という発想の元に、「良いものさえ作れば売れる」というプロダクト指向・技術指向の経営に陥ってしまうこと(自分が得意なところで勝負したがるのは人間の常)。その結果が、消費者のニーズを無視した「ひたすら大きなテレビ」「ひたすら高性能なパソコン」「ひたすら高機能なケータイ」作りである。

 最近やたらとアップルが成功しているのは、やはり「マーケティングの天才」であるスティーブ・ジョブズがトップにいるから。iPhoneには加速度センサーやマルチタッチなどの最新の技術が使われてはいるが、そこに惑わされてはいけない。iPhoneが「業界全体を揺るがせるほどのインパクト」を持っているのは、とことんにまで使う人の満足度を高めるために綿密に設計された「消費者指向」のもの作り・マーケティングの結果であるから。

 加速度センサー・マルチタッチという最新の技術を持てば他社と差別化できると思って入れたわけではなく、使い勝手の向上のためには加速度センサーとマルチタッチが不可欠、という理由で入れている点に注目すべき。カメラの画素数が日本のケータイほど高くないのも、画素数を上げてもユーザーの満足度には繋がらないから。スペック競争の消耗戦におちいりがちな日本のメーカーとは大違いだ。

 正面にボタンが一つしかないこと、箱を開けるとすぐにiPhoneが見えるように梱包されていること、iPhone SDKのNDAがあれほど厳しいこと、シリアルナンバーが刻印されていること、薄くて軽い割には妙に質感があること...そういった一見あまり本質的でない部分でのこだわりが、実はユーザーの満足度に直結しているということは、技術一本やりの経営者にはなかなか理解しにくいのかも知れない。

 色々なメーカーから「iPhoneキラー」を自称するデバイスが出て来ているが(例:Samsung’s Instinct)、どれもが全く対抗出来ていないのは、それらの企業が技術面・プロダクト面でしかiPhoneを見ていないから。アップルがどうやって消費者の心をつかんでいるか、どうやったら多少の欠点までもかわいく思えてしまう熱狂的なファンを作っているかを理解した上で戦略を立てない限り、差は開くばかりだ。


黒船iPhoneを通じて日本のケータイ文化を逆に世界に広めることができるか?

 日本のiPhoneユーザーにはとても高い評価をいただいているPhotoShareだが、それもこれも「ケータイで日常的に写真を撮る」「通勤・通学途中には常にケータイで何かしている」という文化・ライフスタイルが既に浸透しているから。そんな文化のない米国のユーザーにちゃんと使ってもらうためには、まずはユーザーにそんなライフスタイルの価値を理解してもらわなければならない。

 そのためのプロセスとしてPR会社数社に提案書を作ってもらっているのだが、そのうちの一社が書いて来た資料にこの問題点が的確に指摘してある。

Americans typically don’t use their camera phones as much as other cultures around the world such as the Japanese. PhotoShare’s value proposition has great potential to change the way U.S. consumers capture and share experiences “in the moment,” but this could be a slow evolution. Ultimately, mass user adoption will be the key driver in helping to change consumers behavior.

 既に存在する市場に自社の商品を売り込むだけなら単なる「広告」で十分だが、消費者の行動を変えてまで新しい市場を作り出すためには、地道な「マーケティング活動」が必要。時間がかかるかも知れないが、潜在需要は絶対にあるので、ここはがまんのしどころ。

 パラダイス鎖国と呼ばれるほどに独自の進化を遂げたケータイ王国日本に、黒船のように現れたiPhone。「これでケータイ市場も米国主導のグローバル・スタンダードの波に飲み込まれるのか」とネガティブに受け取る業界関係者も多いが、その結果がiPhoneを通じた「ケータイ文化」の逆輸出につながり、それが世界中の人のライフスタイルを変えるところまで行けばそれはそれで痛快だと思うのだがいかがだろうか。


PhotoShare のオフ会が開催されるそうです

 SNSの主役はアプリケーションやウェブ・サービスではなくて参加しているユーザーそのものだ、ということはいまさら言う必要もないとは思うが、PhotoShareという「場」を提供している管理側としてはとても喜ばしいことに、オフ会が開催されることになったそうである(くわしくはこちらこちら)。

 子供のころ、学校が終わるとまっすぐに近所の公園に行ったのは、そこのブランコや滑り台が格別に面白かったわけではなく、そこに行けば友達がいたから。そこで気のあった仲間たちと「缶蹴り」や「だるまさんがころんだ」を遊べるからこそ毎日のように通っていたわけだ。

 ユーザーの方々からは、「PhotoShareが面白い」というありがたい意見をたくさんいただいているが、実際に面白いのはPhotoShareというアプリケーションではなくて、そこに投稿されている写真だったり、写真をネタに展開されているコミュニケーションであったりする点はとても重要。

 その意味でも、健全なコミュニティーが育って行くことが何よりも大切で、ユーザー主導でオフ会が開かれるなんて、管理者側が願ってもなかなかかなう話ではなく、本当にすばらしいことだと思う。

 オフ会であるが故に私のように物理的に遠いところにいるユーザーが参加しにくいのが難点なのだが、物理的に参加出来ない人もPhotoShareを通じてバーチャルに参加できないだろうか、と考えたりしている。リアルタイムで経験を共有できるPhotoShareであれば、渋谷でのオフ会の開催と同時に自宅からPhotoShareを通じて参加、というのも決して無理な話ではないはず。何か良いアイデアはないかな...と。


ターゲット・ユーザーとユーザー・シナリオを絞り込んで大手との直接競合を避けるビジネス戦略

 PhotoShareがiPhoneユーザーのみを対象にしていることに対して、「なぜ他の携帯電話もサポートしないの」「なぜウェブから写真を投稿できるようにしないの」という質問を良く受ける。

 答えは単純で、「新しい会社で全く新しいサービスを作るのだから、ターゲット・ユーザーとユーザー・シナリオを絞り込んで、大手SNSサービスとのはっきりした差別化をはかる必要があるから」である。

 ふたたび、今読んでいる"Marketing Management"(MBAの教科書)から引用する。

Successful new firm formation typically requires a competitive strategy that delivers superior value to a narrowly defined target segment in a way that either avoids direct confrontation with established competitors or is difficult for them to emulate.

 この市場に全くのゼロから新規参入する企業としては、既にMySpace, Facebook, Flickrという世界中に何百万人・何千万人のユーザーを抱えるSNSサービスと真っ向から戦うのはどう考えても無理。彼らが提供していない・提供できていない新しい価値を提供しない限りは決してユーザーに使ってもらえない。

 PhotoShareの場合、「iPhoneユーザーのみ」という絞り込みがここでいう"a narrowly defined target segment"に相当するし、"superior value"は常時接続デバイスであるiPhoneの利点を最大限に生かした「いつでも、どこでも、その場で」写真を撮って共有・life loggingすることに特化されたおもてなしである。

 その意味では、「まるで教科書通りのmarket-orientedなもの作り」をしているわけだが、だからと言って成功が保証されていないところがこのビジネスの難しさ。


使い勝手の悪さはユーザーにとってのコストだという話

 今読んでいる「Marketing Management」にこんな文章がある。

Customers buy benefits, not products. The benefits a customer receives from a firm's offering, less the costs he or she must bear to receive those benefits, determined the offer's value to the customer.

 消費者が買うのは「商品」ではなく、「その商品を通して得られるもの」から「それを得るために払わなければならないさまざななコスト」を差し引いた「利益」である、という話。

 ここで強く認識しておくべきなのは、その「コスト」とは単なる商品の購入のために支払うお金だけではなく、その商品を得るためにする労力(例:買い物に行く時間)、その商品を得るために我慢しなければならないもの(例:50インチのテレビを置くために使うスペース)、その商品を使うのに費やす時間(例:ソフトウェアをインストールする時間)、などさまざまなものを含めたものであること。

 ソフトウェアやウェブサービスにおいて、「使い勝手・使いやすさ・おもてなし」がものすごく大切なのは、「使いにくさ・不便さ」がまさにこの「消費者にとってのコスト」に直結しているから。

 「デジカメで撮影した写真をパソコンに移してからFlickrにアップする」という一連の操作は、ユーザーにとっては毎回払わなければならないコスト。私にはそのコストを払ってまでFlickrに写真をアップロードする気には到底なれない(つまり、私にとってのFlickrを使うことによって得られる利益率はマイナス)。

 今回、iPhone+PhotoShareで実現しようとしていることは、この「写真をアップロードするコスト」を徹底的に下げて、より多くの人にとっての利益率をプラスに転じさせること。豊富な機能や他のウェブサービスとの連携なんかよりも、まずは「誰でもその場で簡単に写真が共有出来る」ことを最優先して作った理由はここにある。

 「写真によるコミュニケーション」を「音声通話」や「テキストメッセージ」なみに普及させるためには、もっともっと敷居を下げなければならない。やることはまだまだたくさんある。


Life is a big canvas


 「Big Canvas」という会社の名前は、「インターネットは大きなキャンバス。世界中の人たちが参加する21世紀のルネッサンスを起こす」という思いで付けたのだが、その後に見つけて自分でもちょっと感動したのが、コメディアンのDanny Keye(クレイジーキャッツの「谷啓」はこの人の名前をもじったそうだ)が言った下の台詞。

Life is a big canvas, throw all paint on it you can.

 本当にいい言葉だと思う。敷かれたレールから外れるのには勇気がいるけれど、将来のことは誰にも分からないんだから、それなら自分のやりたいことを貫くために、最大限の努力をして当然じゃないか、という話。


MySpace/Facebookがなぜ日本で成功しないか

 TechCrunchの「SNSの世界進出ーなぜMySpaceとFacebookは日本でだめなのか」は、私が最近強く感じていることと通じることもあり、いろいろと考えされられた(英文でのレスポンスはここ)。

 私と増井君が作ったBig Canvasは、米国法人であり、その最初の商品PhotoShareはAppleのApp Storeを通じて世界同時リリースをした(UIは英語と日本語のみサポート、ただし投稿はどんな言語でも可能)。その意味では、特定の国のユーザーに特化したつもりは全くない。ただ、既に600万人いるiPhone 2Gユーザーを考えれば、SNSとして成り立つに最低限必要な数千人のユーザーを確保するには米国でがんばらねばならないとは強く認識していた。

 米国での一番のライバルは当然MySpaceとFacebookであるが、「常時接続ライフスタイル」に最適化されたサービス作りで「写真版Twitter」を目指せば、それなりのニッチは確保できるとは予想していた。

 実際にサービスを開始してみて驚いたのは、iPhone 3Gが発売されたばかりの日本人ユーザーのアクティビティがとても高いことである。正確な数字を把握しているわけではないが、アプリを走らせているユーザー数では米国7:日本2:その他1ぐらいのはずなのに、写真の投稿数を見ると、時間にもよるが日本6:米国3:その他1ぐらいになっている。

 米国のユーザーの行動パターンで多いのは、自分の写真を数枚投稿したところで満足してしまい、後はコメントだけでのコミュニケーションを取ろうとする形。MySpaceなどはそんな使い方が一般的なので、それをそのまま適用しているようだ。次に多いのは、デジカメで取ったきれいな写真を固めて投稿する使い方。PhotoShareをFlickrと勘違いしているパターンだ。

 それに対して日本のユーザーの使い方は、まさにライフロギング。おはようの挨拶から始まり、お昼ご飯の写真やら、自分の子供の笑顔やら、見に行った花火の写真を一日に数枚投稿してから、お休みで終わるという、主催者側が期待していた通りの「常時接続ライフスタイル」を楽しんでいただいている。

 まさにこの辺りの日米の行動パターンの違いが、MySpace/Facebookが直面している「文化の壁」。全世界に数百万人から数千万人のユーザーを抱えるMySpace/Facebookと比べたら、数千人しかユーザーのいないPhotoShareなど米粒のような存在だが、本当の意味での「常時接続ライフスタイル」の楽しみ方を知っている日本の先進ユーザーに使われているという意味で言えば、彼らより一歩リードしているとも言える。

 ただし、この傾向が極端に進んで日本人しかいないサービスになってしまえば、せっかくの「世界中をiPhoneのカメラを通してリアルタイムでつなぐ」という面白さが半減してしまうので、そこが難しいところ。幸いなことに、米国のユーザーの中にも少しづつライフロギングをしてくれている人が増えているので、私として望むのはそういった人たちもちゃんと増えて、バランスのとれた国際的なコミュニティに育つこと。

 MySpaceもFacebookも、そしてmixiもはてなもまだ成し遂げていないことに、たった二人しか従業員がいないベンチャー企業がチャレンジできてしまう、っていうところがこの業界の楽しいところ。私の友人が「それって直球ど真ん中ですね」と言った理由がここにある。


PhotoShare 今日の一枚:花火、花火、花火

 週末は、日本の各地で花火大会が行われたようで、PhotoShareにもたくさん花火の写真が実況中継されてくるので、妙に臨場感があって楽しい。特に一枚を選ぶのが難しかったので、土日両日に私がFavoritesに加えたもののサムネイル一覧で。

 ちなみに米国では、独立記念日(7月4日)に各地で一斉に花火があがるのだが、花火師たちにとってはその日だけが妙に急がしいわけで、商売としては難しいだろうな、と心配したりして。

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