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Big Canvas Inc., Marketing Strategy

 2007年の秋からワシントン大学で受け始めたMBAも、すでに二年目の最後から二つ目の学期が終わろうとしている。一年目はCorporate Financeだとか、Micro Economicsなどのビジネスをする上での基盤になる授業が主だったが、二年目はマーケティングなどの「ケーススタディ型」の授業が増えてきてなかなか楽しい。


 特にいくつかの授業は、「自分が関わっているビジネスを題材にしたプロジェクト」が課題として出されるので、自分が仕事の上で日々直面していること腰を落ち着けて考える良い機会を与えてくれる。

 今回もマーケティングの授業で、そんな課題が出されたので、Big Canvasのマーケティング戦略をまとめてプレゼンした。実際のスライドは12枚ほどだが、キーとなるのは、以下の二枚。

Company  Positioning
 あえて厳密なビジネスプランやマーケティング戦略を立てずにスタートしたBig Canvasだが、アップルの提供するApp Storeでアプリを流通させはじめて7ヶ月半、試行錯誤しながらたどり着いたのが、PhotoShareを中心としたビジュアルなソシアルネットワーク・サービスと、PhotoCanvasを中心においた写真・画像加工アプリを組み合わせた"Creative Social Networking"というハイブリッド型のビジネス・モデル。

 ウェブ上での広告収入にたよったビジネスモデルのFacebook/MySpace/TwitterなどからはPhotoCanvasなどの画像加工アプリを組み合わせたより個性的なビジュアル・コミュニケーションというポジションで差別化をはかり、PhotoGenなどの単なる画像加工アプリとはソシアル・ネットワーク・サービスを持つことにより差別化をはかる、というマーケティング戦略だ。

 私のように日々アプリの開発に謀殺されていると、ついつい目の前の仕事に追われて「なんのために今この仕事をしているのか」を一歩下がって見つめ直すことを忘れてしまう。その意味では、こうやって「マーケティング戦略」を目に見える形に書く機会を与えてくれた、というだけでもMBAのプログラムを受けている価値があったのかな、と思う。

 ちなみに、プレゼンの中にターゲット・セグメントの話になったときに、私が北米には「bathroom girls(毎日のように洗面所の鏡の前で自分の写真をアップロードする女性)」というセグメントが存在するという話をしたところ、妙にもりあがってしまった。ユーザーの行動を丁寧に観察してこそ良いものが作れる、というのはIDEOのTom Kellyがくちを酸っぱくして繰り返す言葉だが、iPhone向けのアプリの開発を始めたときには、まさか自分が鏡の前で「自分撮り」をしている女性たちを毎日のように観察する立場になるとは想像もしなかったぞ、と。

怒濤の二月、6つの新製品と3つのアップデート

Feb  マイクロソフトを辞めてからもう9年も過ぎるが、辞めた一番の理由は「会社が大きくなりすぎて思いっきりコードが書けなくなった」こと。私がいた時代ですでに1000人のエンジニアを抱えたWindowsチームの生産効率は、「エンジニア一人あたり一日1.5行」という悲惨なもの。

 プロジェクトが肥大化して人が増えて来ると、それに反比例して生産効率が下がって来るのはどうしても避けられないが、この規模になると常にすし詰め状態の満員電車の中でマラソンをしているしているような気分で、前に進んでいるのかどうかすら分からなくなってくる。

 特にWindowsクラスの大きなプロジェクトになると、その複雑さのために開発期間が3年とか5年とかの長期なものになってしまい、途中で何がなんだかわからなくなってしまうケースもしばしばだ(Windows Vistaが良い例)。

 逆に今は、増井君がサーバー側・私がiPhone側、というたった二人での開発体制なので、自由度は思いっきり高い。iPhone向けのアプリの開発にもずいぶんと慣れてきたので、「今年は月に二つのペースで新しいアプリを開発」と目標を定めて、全力疾走。

 特に二月は、PhotoCavnas、DogClub、CatClub、Silhouette、YesWeCan、ColorCanvasと6つの新製品と3つのアップデートの計9つのアプリをアップルにリリースする(ただし、現時点でApp Storeに並んでいるのはPhotoCanvasのみ、他は審査中)という「怒濤の二月」となり、さすがにちょっと息切れ気味。

 こんなペースで仕事をしていると、つくづく自分は小さな会社があっているんだと思う。もちろん、Windowsの様に「作れば売れる」ような立場にはないのでビジネスとしては大変だが、こんなペースでユーザーの声を聞きながらものを作る、というのは私にとっては理想的な環境である。

 米国のメディアは「App Storeのアプリの数が2万を超えた」と騒いでいるが、私みたいに「iPhone向けのアプリを作るのが楽しくて仕方がない」連中が世界中にたくさんいるのだから当然と言えば当然である。

 先日も、「マイクロソフトのモバイル戦略についてどう思うか」とインタビューされたばかりだが、開発者から見た魅力という話で言えば、「Appleがダントツの一位で、そこから1年以上遅れたところにGoogle。マイクロソフトはまだ眼中にすらない」というのが正直なところ。

 サードパーティのサポートだけが勝負を決めるわけではないとは思うが、ここまで差がついてしまうとかなり追いつくのは厳しいのではないかと思う。

常に地に足をつけて仕事をするということ

 こちら(北米)で仕事をする場合、一番の褒め言葉は「あいつはAccountableだ」という言葉。辞書には、Accountableには「責任のある」などの訳語が乗っているが、仕事の場面で使う場合は「安心して仕事をまかせておける」という意味。

 プログラミングにしろ他の仕事にしろ、何をしていてもさまざまな「予想外の問題」が生じるもの。そういう問題への対処も含めた上で、「あの人に仕事をまかせておけば安心」と思ってもらうには、さまざまなところに予防線を張り、常に「地に足をつけた」状態で、着実に仕事を進めて行くことが何よりも大切。

 今回、iPhone向けの画像編集アプリであるPhotoCanvasのリリースに関して、ひやりとさせられる経験をしたので、それを例に「地に足をつけて仕事をする」大切さを語ってみようかと思う。

 PhotoCanvasはPhotoShareに続く会社の看板ソフトとして「近いうちにモバイル端末で写真を加工する人の数がPhotoShopのユーザーを上回る」というビジョンのもとに時間をかけて丁寧に作ってきたソフト。

 そのPhotoCanvasのベータテスト期間中に、何人のベータユーザーから「消しゴム機能が欲しい」とのリクエストが入ってきた。私としては、Undo/Redo に機能を充実させたのだから十分と思っていたのだが、間違いだったようだ。

 そこで、どうやって「消しゴム」を実装するかを考えてみたところ、かなり大幅な変更が必要。実際の作業自体は1〜2日で完了できると予想できたものの、アプリの安定度の面でのリスクが少し読みにくかった。意外にあっさりと動いてしまうかも知れないし、Undo/Redoとのからみで予想しないところでバグが生じて、それの解析に一週間かかってしまうかも知れない。

 悩んだ末、「消しゴム機能」なしで1.00をリリースすることにした。商品としての完成度を考えれば、多少リリース日を延ばしても「消しゴム機能」を実装してからリリースするべきなのかもしれないが、私としては「すでにベータテストも終盤にさしかかった段階で、ひょっとすればリリースが1〜2週間遅れてしまうリスクの高い変更をする」という行動自体が、「常に地に足をつけて仕事をする」私のポリシーに反すると思えたのだ。そんなプレッシャーのもとで作業をすれば、どうしても「あわてて」仕事をしてしまい、うっかりミスの可能性も増える。十分なテスト期間をもうけることも難しい。そんな状況で良い仕事ができるとはとうてい思えなかったのだ。

 1.00のリリース後に「消しゴム機能」を実装してみたのだが、実際の作業時間は予想通り1.5日程度。あっさりと動いてしまっただけでなく、派生物として「エアブラシ」まで実装できてしまったというおまけ付き。

 その時は、「これなら1.00に入れることもできたじゃん」と思ったのだが、ひやりとさせられたのはその一週間後。ベータテストのテスト結果も順調で、アップルにアプリを提出しようとしていた寸前、ある特殊な状況で消しゴムを使った後にUndoをするとごく一部だがきちんとUndoされないというバグを発見したのだ。消しゴムの実装の際に「ぼかし」の機能を入れたのだが、その「ぼかし」の分だけUndoすべき部分(dirty rectangle)が大きくなることをちゃんと考慮せずに実装してしまっていたのだ。ぼかした部分のごく一部が半透明に残るだけなので、よほど注意して見ないと気がつかないバグだが、発見せずにリリースしていたら、とんだ迷惑をユーザーにかけてしまうところであった。

 週末に「消しゴム機能を無理矢理1.00に入れなくて良かった」と胸をなでおろしつつ、「消しゴム機能」の入った1.01をアップルにリリースしたところである。確かに1.5日で実装できた「消しゴム機能」ではあるが、時間に追われた状況でちゃんとしたコードが書けた保証はないし、テスト不足でこのバグを見逃していた可能性はかなり大きい。

 「やはり地に足をつけて仕事をすることは大切だな」とつくづく実感した私である。

 

PhotoCanvas

 本日、Big Canvasとしては6本目となるアプリケーション、PhotoCanvasをリリースした。去年の7月にPhotoShareをリリースして以来、PhotoShareのアドオン的な存在のアプリを4本リリースしてきたわけだが、それを通じて学んださまざまなことの集大成が今回のPhotoCanvas。

 カテゴリーとしては、SmallCanvas、PhotoArtistなどと同じく「写真加工アプリ」だが、ポジショニングとしては、PhotoShareとならぶ会社の「看板アプリ」として本気で「iPhone向けのPhotoShop」の座を取りに行こうという試みだ。

 私が「iPhone向けのPhotoShop」の話をすると、ほとんどの人から「それはいくら何でも無理でしょう」という反応が返って来る。その思考プロセスには「iPhone上でパソコン上のPhotoShopと同じ機能を提供することは技術的に無理→今のPhotoShopよりよほど機能が充実していないかぎり使い慣れたPhotoShopを離れてiPhone上の代用品なんて使うはずがない」というものだ。確かに、あれだけ充実した機能を持つPhotoShopと真っ向から戦うなんてことは私も考えてはいない。

 そもそもPhotoCanvasが対象としているのは、プロのデザイナーではなく「デザイナーがPhotoShopでしているのに近いようなことを自分もしてみたいけれど、いちいちパソコンに写真を移して加工するのも面倒だし、値段も高すぎる。そもそもPhotoShopみたいな複雑なソフトの使い方を勉強している時間もない」というiPhoneユーザー。そんな人たちに向けて「手軽にPhotoShop的な楽しみ」を提供することにより、PhotoShareを通した画像でのコミュニケーションをより楽しいものにしたい、というのがPhotoCanvasを作った理由である。

 ちなみに、今や app store には1万五千以上のアプリがあり、レビューサイトなどで評価を書いてもらうことがとても大切。日本では、AppBankさんにとても丁寧なレビュー記事(参照)を書いていただき、大感謝。こちら(北米)では、Cult of Macにインタビュー記事(参照)を書いてもらえたのが収穫。

 参考までに、これまでPhotoShareに投稿されたPhotoCanvas作品をいくつか貼付けておく。これらを見ていただければ、PhotoCanvas+PhotoShareが、PhotoShop+Flickrとはそもそも違うマーケットを狙っていることを理解していただけると思う。

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