90年代にIBM、Microsoft、Apple各社が巨額の開発費を投じて作っていた「戦略的OS」がすべて失敗してしまったことを皆さんはご存知だろうか?
IBMが作っていたのはOS/2。元々はMicrosoftとの共同開発だったが、途中で仲違いをしてしまい、最後はIBMだけが細々とサポートしていたことすら覚えていない人が多いとは思うが、Windows95の成功であっというまに市場から消えてしまったのがOS/2。具体的な数値は公開されていないので分からないが、両社が数百人体制で数年間開発していたので、少なく見積もっても日本円で数百億円は投じられたことは間違いない。
しかし、OS/2は少なくともリリースまで結びついたから良い方だ。悲惨なのは、Microsoftが開発していたCairoとAppleが開発していたTaligent (=pink)。
Cairoの方は私自身が初期のころにいたこともあるし、最終的には「Chicago(Windows95のプロジェクト名) vs. Cairo」の戦いの最前線にいた私としては知りすぎている点も多いのだが、一つだけ確かなのは、プロジェクトとして最初からトップクラスのエンジニアを集めすぎて「船頭多くて船進まず」の状況になってしまった点。それに対して、「Cairoまでの場つなぎ」的な存在だったChicagoが少人数で経営陣の注目を浴びずにもの作りに集中できたのはラッキー以外の何ものではない。
TaligentはMac OSに続く「次世代OS」としてAppleが'88年から開発しはじめ、途中でIBMとのジョイントベンチャーとしてスピンアウトしながらも空中分解してしまった幻のOS。開発はかなりの難産だったようで、'96年にNeXTを買収せざるを得なかったのはこのプロジェクトが失敗したことに加えてその後のOS(Copland)の開発までもが難航してしまったから、というのは有名な話。そのNeXTがOS Xという形で世の中に出たのは5年後の'01年のこと。MicrosoftがWindows95+WindowsNTで大攻勢をかけた90年代の後半にApple側のOSの進化が止まっていたというのは、Windowsがなぜあれほど成功できたかを説明する上でも歴史上の重要な事実。
そして今のOSの市場を見ると、Linus Tolvaldsという個人がが作ったLinuxと、Steve JobsがAppleを追い出されて作ったNeXTを元にしたOS Xと、Cairoまでの場つなぎに過ぎなかったWindowsと、企業の中核戦略からはかけ離れたところで作られたものばかりが使われている、というのがなかなか面白いところ。
「日の丸OS」だったはずのB-Tronもどこかに行ってしまったし、そもそも「戦略的OS」を意図的に作るってことにかなり無理があるんじゃないかと思える。結局のところ、ソフトウェア作りはアートに近くて、大企業が資金力にまかせて優秀なエンジニアを集めても無理があって、少人数で作ったものが市場原理で自然淘汰されてこそ良いものができると思うんだがどうだろう。
はじめまして。
内部にいらしたエンジニアの方に釈迦に説法で、お恥ずかしいのですがご意見お聞かせください。
Windowsに関してですが、現在のWindows (XP, Vista)は、
WinNTの後継と考えた方がよくないでしょうか?
そして、WinNTは、MSにとって戦略OSであったと思うのですが、違うでしょうか?
Posted by: SE | 2009.04.04 at 22:34
そう誤解している人が多いんですが、実はNTの方もいろいろと問題を抱えており(特にユーザーインターフェイスの部分)、そんな中でNTチームの一部の人たちが反乱を起こして、Windows95のユーザーインターフェイスを(戦略に反して)勝手にNTカーネルの上に乗せてそれを商品化してしまった、というのが実情なんです。
Posted by: Satoshi | 2009.04.04 at 22:46
もっと悲惨なのがVistaで、本来ならManaged APIとObject File Systemが目玉だったはずのOSなのに、どちらのプロジェクトも破綻してしまい、「何が新しいのか良く分からないけど、見た目だけは新しいけどやたらと重いOS」ができてしまった、という経緯があります。
Posted by: Satoshi | 2009.04.04 at 22:49
なぜ
Managed API
Object File System
はVistaに搭載出来なかったのでしょうか。
Posted by: koikoi | 2009.04.04 at 23:13
走らせるのに必要なメモリのサイズが大きくなりすぎたそうです。Vistaはメモリを大量に消費するとの評判ですが、あれよりももっとひどかったそうです。
Posted by: Satoshi | 2009.04.04 at 23:52
Nakajima-san,
ご回答どうもありがとうございました。
やはり、内部ではいろいろあったのですね。
いつも勉強になるエントリーどうもありがとうございます。
Posted by: SE | 2009.04.05 at 00:23
Taligent=Pinkですよね?
Appleが「NeXTを買収」したのはむしろ「Copland=System 8」の開発失敗のせいだと思っていたんですが,それも内情は違うんでしょうか? Taligentの破綻はむしろ,AIM連合(PowerPC連合)の崩壊と結びつけて考えていました。
Posted by: yamada | 2009.04.05 at 00:51
こんにちは。いつも興味深く拝見しております。携帯OS市場についてはどうお考えでしょうか? Googleのアンドロイドもかなり戦略的なOSですが、もともとのOSはDanger社というところから買い取ったはずです。そういう意味ではアップルのNeXTに近いのでしょうか? そして携帯電話事業者大手が推すLiMoがOS/2といった感じでしょうか?iPhone OS 3.0がどちらのモデルにあてはまるのかも気になります。
Posted by: Makoto | 2009.04.05 at 00:52
書き忘れたので追加Postします
本題に関しては歴史はそれが事実だと証明してますよね。ただ,それが真実だとすると,大企業はいったい何をやればいいのか,と思ったり(笑)
後続と適度な距離を保ちつつ(一気に引き離そうとしてはダメ),成功した「旧世代OS」を磨き続けたら良かったのかなぁ…。AppleがSystem7,MSがWindows95を発展させ続けていれば,今と世界は違ったかもしれません。「創業30年老舗のOS」 とか。けどそれでもいつか,「イノベーションのジレンマ」に飲み込まれるような。
Posted by: yamada | 2009.04.05 at 01:00
BeOSは、どうでしょう?
傍流でしたが、傍流のまま消えてしまいました。Dual CPUのLEDバーが綺麗で、ほしかったことを覚えています。
大企業が、お金にものを言わせてOSを開発すれば必ず成功するということは確かに無いのですが、
だからといって傍流であれば良いかと言うBeOSの例もありますように、難しいですね。
Posted by: shibacow | 2009.04.05 at 03:41
B-Tronは「超漢字」という名称で、VMWARE Playerで動くOSとして発売中です。
http://www.chokanji.com/
Ver0.7ですが、mozillaも動きます。
Posted by: matsuoka | 2009.04.05 at 03:47
とても懐かしいOSの名前を聞き思い出に耽っております。今週は風邪でぼけっとしてたのでこの記事を読みながら当時を思い出してます。私の記憶では私の気に入った物が主流になった事が無いと言う事。つまり主流の陰には魅力的な物が必ず存在してましたね。でも数年前NextStepを何とか個人の趣味で遊べないかと検索し驚いたのがMacOS上で蘇ってた事です。Win95の発売とともにOS競争の時代からインターネットの時代に代わりましたね。それから慌ただしい時代になりました。この先はどうなって行くのでしょうかね?寡占化が進みすぎて魅力的な物を見いだす事ができなくなったような気がします。自分が年を取りすぎて新しい物に興味が無くなったのかもしれませんが。
Posted by: haru | 2009.04.05 at 08:58
TRONの場合、確かにBTRONは失敗といわざるを得ませんが、政治的につぶされた側面もありそれがなければどう発展していたか分からないのではないかとも思えます。
ただし、あくまでTRONプロジェクトの一面であるため、組み込み用途のITRONは多くの機器に採用され、アジア圏内でもかなり使われてるリアルタイムOSとなっていますので、デスクトップ用OSとひとくくりにできないかもしれません。
あと、日の丸OSと呼ばれてますが、実際国の援助を受けていたかといえば、実質はそうではなかったようですし。
TRONが成功だったか失敗だったかはともかくとして、日本で基礎的なソフトウェアを作る土壌ができなかった、またはその土壌形成が遅れたことだけは事実だと思いますが。
Posted by: Syou Akagi | 2009.04.06 at 04:11
とりあえず、s/B-Tron/BTRON/gでお願いします。
Posted by: hage | 2009.04.06 at 04:12
いつも楽しく拝見させていただいてます。
今回のエントリーは、以前のAppBankとの共同インタビューの記事と、どこか通じるものが感じられて、大変、おもしろかったです。
Posted by: maito | 2009.04.07 at 07:40
NeXTは「戦略的OS」には入らないのでしょうか?
>少人数で経営陣の注目を浴びずにもの作りに集中できた
逆説的にこれは成功したプロジェクト全般に言えることかもしれません.
BTRONでは,BTRON2という戦略的OSは日の目を見ずに,BTRON1系の後継(BTRON3)である超漢字があるだけです.
Posted by: mitsu | 2009.04.08 at 22:55
確かに最初のNeXTのソフトウェアはとてもベンチャー的な作られ方をしました。コアは古くからあるUnixだし開発ツールも買収したものでした。
(だから戦略的OSとは言えないですよ>mitsuさん)
これはSteve Jobsがハードウェアの方にとても強いこだわりを持っていて「戦略的」な要素が全てそちらに向いてしまい、相対的に放置された格好のソフトウェアがpragmaticに出来上がってしまったからではないかと思われます。
それが現在はAppleの超々戦略的ハードウェアであるiPhoneのOSになっているというのは本当に面白いです。
Posted by: Ogijun | 2009.04.10 at 19:34
確かに最初のNeXTのソフトウェアはとてもベンチャー的な作られ方をしました。コアは古くからあるUnixだし開発ツールも買収したものでした。
(だから戦略的OSとは言えないですよ>mitsuさん)
これはSteve Jobsがハードウェアの方にとても強いこだわりを持っていて「戦略的」な要素が全てそちらに向いてしまい、相対的に放置された格好のソフトウェアがpragmaticに出来上がってしまったからではないかと思われます。
それが現在はAppleの超々戦略的ハードウェアであるiPhoneのOSになっているというのは本当に面白いです。
Posted by: ogijun | 2009.04.10 at 19:35
ありゃ、すみません。TypePadじゃない方のアカウントで投稿しようとしたら2通送ってしまいました。
お手数ですが2つ目の方を残して最初の方は消してくださいませ。
Posted by: Ogijun | 2009.04.10 at 19:42
一番いいのは、優秀な人が一人で作り上げたソフトウェアなんじゃないかな
まぁ現在のソフトウェアはそれでは、開発できないからある程度の人数でやらざるをえないのだろうけど。
でも、やっぱり、人が増えれば、バグが増えてパフォーマンスが悪化します。
悲しいことに、短期間で開発する為に、膨大な人数(当然、人件費が係る)を投入して悲惨な品質と劣悪としか言い様が無いソフトウェアを開発する現場を見たことがあるとかないとか。
Posted by: rhea | 2010.03.15 at 08:52