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丸山ワクチンの過去・現在・未来、自然免疫と癌治療

 今回の訪日中に、ソニーの(音楽・ゲームなどの)エンターテイメント・ビジネスの生みの親でもある丸山茂雄氏とお会いする機会があった。私もつい最近まで知らなかったのだが、丸山氏の父親は「丸山ワクチン」の生みの親である故丸山千里博士。「私自身も丸山ワクチンで癌と戦っている」という丸山氏の言葉に刺激され、丸山ワクチンに関して調査してみたのでここにまとめてみる。

 「丸山ワクチンの効果」に関しては、専門家の意見でも意見が分かれている、というのが現状である。そのため、事実と意見が混在した形でネット上に存在しており、単にググっただけでは玉石混淆の情報に悩まされるだけ。そこで、一歩踏み込んで、新聞・専門書・学術ペーパーなどを読んで事実確認をしながら、まずは確実に事実と言える部分を洗い出してみた。

  • 事実1:丸山ワクチンは、丸山千里博士がもともとは皮膚結核の治療薬として開発したもの(1944年誕生)
  • 事実2:丸山千里博士は日本医科大学のワクチン療法の専門家(癌の専門家ではない)
  • 事実3:丸山ワクチンの主成分は、結核菌から抽出した多糖類
  • 事実4:1964年から癌治療薬としての臨床実験が始まったが癌の治療薬としての認可は下りなかった
  • 事実5:それにもかかわらず「癌の特効薬」として癌患者の間での人気は根強く「有償治験薬」というあいまいな形での投与という形が1972年以来続いており、利用者は30万人を超すとも言われている。
  • 事実6:丸山ワクチンが他の抗がん剤と大きく違うのは、その副作用の少なさ。それゆえに、「何年間」という単位での長期間の投与が可能。

 ここまで調べた段階で、私自身は「40年以上も前の薬で未だに認可が下りていないなら効かないんじゃないか?」「ワラにもすがろうという癌患者の弱みに付け込んだ悪徳商法の一つじゃないのか」と感じた、というのが正直なところである。特に「丸山ワクチン擁護派」の人たちが言う、以下の風説を読んだ時には、その思いはいっそう強くなった。

  • 風説1:丸山ワクチンに認可が下りなかったのは、当時医学会に多大な影響力を持つ阪大の山村雄一博士が「丸山ワクチンつぶし」の働きかけをしたからだ
 「本当は癌の特効薬なのに、医学会の権力争いのために認可が下りなかった『丸山ワクチン』」という陰謀説だ。ドラマのネタとしては面白いかもしれないが、この手の風説を事実確認もせずに頭から信じていては客観的な判断はできない。

 そこでさらに歴史を掘り下げて行くと、なかなか興味深いことが分かって来る。

  • 事実7:1890年代に、コーリーという米国の外科医が感染症にかかった患者の方が癌が縮小するケースが多いことに目をつけ、不活性化した病原菌を癌の治療に応用する「コーリーの毒」という治療法を試み、それなりに成功をおさめた。
  • 事実8:1950年代60年代には、この「コーリーの毒」のコンセプトに基づき、無毒化した結核菌を癌の治療に応用しようという試みが各所で行われた。丸山ワクチンの癌治療への応用もその一つである。
  • 事実9:(先の風説で出て来た)阪大の山村雄一博士も、ほぼ同時期に結核菌から作った癌の治療薬(CWS)を作って臨床実験をしているが、同じく認可はされていない。
  • 事実10:丸山ワクチンもCWSも、同様に「統計上明らかに効果がある、と言えるデータがない」「成分に安定性がない」「なぜ効くのかの理論的説明がない」などの理由で認可が下りていない。
  • 事実11:しかし、「丸山ワクチンは癌の特効薬」という噂が広まり、患者や家族からの圧力により、有償治験薬(医者からの「治験承諾書」を得ることができれば日本医科大学から有償で入手が可能、ただし保険は適用できない薬)」という中途半端な地位を得て今に至る。
  • 事実12:丸山ワクチンと同成分(ただし濃度は10~100倍)の「アンサー20」が放射線療法による白血球減少症の治療薬として、1991年に認可される。
  • 事実13:抗がん剤・放射線治療が癌治療の主役の座を得るにつけ、「コーリーの毒」を応用した癌治療の試みは下火になって行き、しだいに丸山ワクチンも「癌の特効薬」というよりも「がん患者のQulity of Lifeのための代替医療」という見方をされるようになる。

 ここまで調べると「やはり山村博士は丸山博士のライバルだったのか!」と喜ぶ読者もいるかも知れないが、話はここで終わらないから興味深い。ちなみに、丸山ワクチンが「Qulity of Lifeのための代替医療薬」として人気が高いのは、今の癌治療に以下のような問題点があるから。

  • 問題点1:今の癌治療は、手術による癌の摘出・放射線治療・抗がん剤の集中投与、という癌を一気に攻撃する「破壊的」な形のものしかなく、いずれも患者の体に大きな負担を与える
  • 問題点2:そのため癌治療はどうしても「癌をやっつけるのが先か、患者の体が治療に耐えられなくなるのが先か」という「体力勝負」となってしまう。患者の体が治療に耐えられなくなった時点で、医者にできることはなくなってしまう。
  • 問題点3:たとえ癌の退治に成功したとしても、抗がん剤は健康な人に投与するには副作用が多すぎるため「癌の再発防止薬」として長期的に使用することには適していない。
  • 問題点4:そのため、癌の治療後に医者ができることは「再発したかどうかを時々検査する」ことだけである。

 これらの問題点を見ると、丸山ワクチンがなぜ正式に認可されていないにも関わらず、末期がん患者の「最後の切り札」、がん治療後の「再発防止薬」として投与され続けているかが理解できる。

 ところが最近になっていくつかの新しい発見があり、癌治療の専門家たちの間に再び「丸山ワクチンに代表される免疫治療」を見直そうと言う動きが出ている。ここで重要な役割を果たすのが、皮肉にも(丸山ワクチンの認可を妨害したと噂される)山村雄一博士の孫弟子にあたる審良静男博士である。

 審良博士は、ショウジョウバエの免疫に重要な役目を果たすTollという遺伝子に注目し、人間の体においても同じような役目を果たすいくつかのTLR(Toll-like Receptors)の役割を次々に解明し、これまではあまり役に立っていなかったと誤解されていた自然免疫のメカニズムを解明したのだ(それにより審良博士はノーベル賞候補にまでなっている)。

  • 発見1:人間の体には、自然免疫と獲得免疫という二つの免疫の仕組みがある(今までは、獲得免疫のみが役に立つと思われていた)。
  • 発見2:TLRは自然免疫のメカニズムのおけるセンサーの役目を果たし、外部から侵入して来た細菌やウィルスの多糖類やDNAを検知している
  • 発見3:人間の体はTLRからのシグナルを受けて、炎症を起こす・熱を出す・インターフェロンを出すなどして外敵を攻撃する

 ここで注目すべきは、「TLRが細菌の多糖類を検知し、その結果、抗がん剤にも使われているインターフェロンなどを人間の体が作りはじめる」という部分である。これによって初めて、なぜ感染症にかかった患者の癌が縮小するケースが見られたのか、「コーリーの毒」や「丸山ワクチン」になぜ癌を縮小させる効果が見られるのか、の説明がついたことになる。

 この発見以来、この自然免疫の仕組みを利用した癌治療の研究がさかんに行われるようになった。丸山ワクチンに関しても、正式な癌の治療薬としての認可に向けて、数年前から再び臨床実験が行われているそうだ。いずれにせよ、今までの抗がん剤とは違う、副作用が少なくて長期間投与可能な「癌再発防止薬」は、一度癌になった人たちの延命のためにもQuality of Lifeのためにも必須である。「有償治験薬」という曖昧な形ではなく、正式に認可された丸山ワクチン(もしくはそれに近い何か)が幅広く投与されるようになる日も近いかもしれない。

【追記】「30万人もの人が使ったのなら十分にデータは集まっているんじゃないの」というコメントが寄せられたが、残念ながらそれでは「丸山ワクチンが本当に効くのかどうか」を検証するデータとしてはノイズが多すぎて使えない(たとえば「丸山ワクチンを投与していたら20年癌が再発しなかった人」のデータだけあっても、再発しなかったのが「丸山ワクチン」の投与のためなのか、別の原因なのかが特定できないと役に立たない)。統計的に意味のあるデータを得るためには、同じような癌から回復した人を100人集め、50人には丸山ワクチンを、残りの50人には比較対象になるもの(たとえた生理的食塩水)を二日おきに何年間か注射しし続け(ただし、どちらのグループの人たちも自分たちが何を投与されているかは知らされない)、二つのグループの間に癌の再発率や生存率に違いが出るかを調べる、というとても手間もコストもかかる臨床実験をしなければならないのだ。

Comments

hoge

審良静夫->審良静男

just a reader

二重盲検試験は処置される側だけでなく処置する方もどちらを投与しているかは知らされません。もし本当に腫瘍が早期に縮小するのであれば、これは客観的に観測できるので、クロスオーバー試験のようなものでもある程度効果を確認できるかもしれません。ただ、一番の問題は癌や他の重大な疾患は生き死にがかかっていて、科学的に効果を確認できていなくとも本人には確実に効果を感じられる治療あるいは代替療法があり、これによって本人が十分満足し、生きられる(またはその後、いい人生だったと感じて死ぬことができる)のであれば、これこそが QOL の選択肢である点です。 抗がん剤治療などはそれこそ死んだほうが楽という苦しみを長らく与え続けるので、根拠のある治療だけで生きてさえいればいいという考えと相いれない部分もまた持つものです。

HandDrum

正式な治療薬の認可を受けるには、手続き上の問題で確かに二重盲検法による治験が必要だと思いますが、治験を行うだけの価値があるかどうか、すなわち薬として効果がありそうかどうかは、30万人もの使用データがあるのなら、疫学の症例対照研究とかでわかるのでは無いでしょうか?丸山ワクチンの非投与群のデータを何らかの手段で集めてくる必要はありますが。

齋藤俊樹

非専門家であることは自覚の上まとめられておられ、癌に携わる医師・医学者からの反応を待っておられるのではないかと推測し、また誤解を生みやすい文脈あったため意見を書きます。まず丸山ワクチンが癌を患わっている患者さんの癌を縮小したり、延命したりするという証拠は現段階では存在しません。生命科学でトップを走る審良先生の仕事は素晴らしいものですが、丸山ワクチンの効果を科学的に説明可能にする概念を示しただけであり、仮に抗癌効果があったと仮定してもそのメカニズムが分かったわけでは全くありません。またアンサー20は抗癌剤の副作用である白血球減少症により起きやすくなる肺炎などを防ぐことが出来ることが認められたのみで、癌に対する治療効果とは無関係です。濃度を濃くすれば癌に効くような誤解を持たれる方が多いかと思うので、注意喚起しておきます。有償治験薬という肩書きをもち、恐らく害はそれほどなく、悪徳商法というにはお金を左程取っていないので、患者判断で許される事例だと実情を分かっている医師・医学者たちは考え、流しているというのが現状ではないでしょうか。詳しくはトラックバックしました。

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