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Google TVを作ってソニーに何の得があるのだろう?

 今週は先日ベータリリースしたばかりのGoogle App Engineアプリのアップデートで忙しいのに、こんなネタを振られては書かざるを得ない。もちろん、「グーグルとインテルとソニー、「Google TV」デバイスを共同開発か--米報道」のこと。

 Googleにとってこれが良い話であることは誰にでも分かる。先日のセミナーでも指摘したように、先進国では既に飽和状態にあるGoogleのマーケットシェア。これ以上の利益を上げるためには、パソコンやスマートフォン以外のデバイスもネットに繋いで、全人類を「どこにいてもネットに繋いでいる状態」にしたいわけで(別名「全人類ネット中毒計画」)、Sonyのテレビを皮切りに、Samsung、Panasonic、Sharp、と主要なメーカーのテレビをGoogleのサービスに繋いでもらうためなら金を出しても良いと思っているぐらいだろう。

 Intelにとってもこれは当然の話。イノベーションのジレンマを断ち切るために、経営陣の英断で作ったAtomチップ。パソコンだけにとどまっているつもりなど全くないからこそのAtomなので、狙いはスマートフォンと家電。数にしてパソコンの10倍は売る意気込みじゃなければあんなものは作らない。その意味では、ソニーの全テレビに入れて、コストパフォーマンスと低消費電力をケーススタディとしてアピールできれば、その宣伝効果ははかり知れない。

 どうしても理解できないのが、Sony。元来がオープンAPIのGoogleのサービスなら、誰でも簡単に繋げるし、AndroidもChrome OSもオープンソースなのでそこでは差別化は出来ない。Intelに関しては、ソニーはチップを買う立場にいる顧客であり、パートナーシップを組んで得られるのは技術サポートとディスカウントぐらい。しかし、それは他のテレビメーカーもAtomにコミットさえすれば得られるもので、決してソニーだけのものではない。このパートナーシップから、ソニーが「ソニーにしか作れないもの」を出してこれるとはどうしても思えないのだ。

 言い換えると、私にはこの三社間パートナーシップにおいて、ソニーは何の得もしないのではないかと思えるんだが、何か見逃しているんだろうか?ひょっとしたら、ソニーのテレビがネットに繋がってGoogleに広告収入が入るたびに売り上げの何パーセントかを分けてもらえる、というアフィリエート的な小銭かせぎに走っている可能性もある。まあ、薄型テレビもコモディティ化して利益率の下がって来たことを考えれば、そんな小銭稼ぎもばかにならないのかも知れないが。

 これで完全にはしごを外された形になるのは東芝。久夛良木さんの肝いりでスタートした「Cellチップをテレビを含めた色々な家電に載せる」とう構想に、SonyテレビへのAtomチップ搭載で完全に終止符が打たれることになる。久夛良木さんもいない今、Cellチップにつぎ込んだ数千億円の投資は Sunk Cost (別名「死んだ子供の歳は数えるな」)として割り切ることにしたのだろう。

 しかしそれにしても残念なのは、Cellチップ構想がうまく行かなかったこと。経済面から見れば消費電力とコストがあまりにも家電向きでなかったのが失敗なのだろうが、やはり久夛良木さんが社長になれなかったことが敗因だろう。確かに思いっきりとんがった人ではあったが、このままコモディティ路線に走るよりも、「ソニーにだけしか提供できない何か」ととことん追求するには、彼のようなとがった人がリーダシップをとらなければならなかったのだろう。

 考えても見てほしい、誰でも作れるGoogle TVと、Cellチップが最初から組み込まれていて電源を入れるだけでPS3のゲームが遊べるテレビ、どちらが「ソニーらしいか」を。 


Microsoft, 何もかもAppleのまねをすれば良いって分けじゃないぞ

 今朝のRethink Wirelessの記事によると、MicrosoftもAppleをまねて「Walled Garden」なストアを作るらしい。

While current WinMo phones can download programs from the Microsoft marketplace or from third party stores like  , in Windows Phone 7 the vendor's own revamped store will be the only option. Also like Apple, Microsoft will not support storage expansion via microSD cards, or background processing for third party apps.
... Only programs running in the Silverlight runtime environment or games in the XNA Game Studio runtime will be permitted...

 つまり、Windows Phone 7 からは、今までのように Handango からアプリをダウンロードしたり、microSD カードから直接インストールしたり、ということができなるなるということ。すべてのアプリは(iPhoneアプリと同じ様に)Microsoftがコントロールする、専用のアプリストアからダウンロードしなければダメということ。

 「成功している敵の戦略を真似して真っ向から体力勝負に持ち込む」というのはMicrosoftのいつもの戦略だが、この戦略はかなり難しいと思う。

 まず第一に、ハードウェア・メーカーが嫌うだろう。これは明らかにMicrosoftの「囲い込み作戦」であり、すでに大きくAndroidにシフトしているメーカーの流れを一層加速しそうな気がする。

 次に問題となるのは通信事業者。iPhoneを米国で独占的に提供しているAT&TですらAppleの「囲い込み作戦」には閉口しているのに、それと同じことを他の通信事業者がMicrosoftに喜んでさせるとは思えない。なんらかの形で、通信事業者にアプリストアをコントロールさせる形を提供しない限り、難しいだろう。この部分に関しては、Microsoft から何らかのアナウンスメントがあるかも知れないが。

 そして一番大切な開発者だが、いまさら Silverlight runtime 上で書いてくれと言われても、ここまでAppleに引き離されていることが見えている状態での先行投資ははっきり言って無理。XBoxの時と同じように、「開発資金を出してくれればゲーム作ってもいいけど」という会話が裏で交わされていることだろう。

 これで、iPhone OS, Android, Palm OS, Symbian, Windows7 Mobile と5つのスマートフォン・プラットフォームが揃ったわけだが、開発者として正直なところを言わせていただければ、「特定のプラットフォームに特化して作るなら iPhone OS、そうでなければ HTML+JavaScriptでクロスプラットフォーム狙い」というのが現時点での最適解。

 その意味では、技術的には Palm OS が正しい方向を示しているのだが、デバイスが売れていないのが残念。MicrosoftもそろそろSilverlightに見切りをつけて、Windows 7 Phone上に「HTML5+JavaScriptの最高のモバイル実装」を提供した上で、その上に作ったWidgetアプリをiPhone上でもAndroid上でもWindows 7 Phone上でも動くアプリとして販売・流通する仕組みを作ったら面白いと思うんだが、それこそ典型的なイノベーションのジレンマで無理だろうな、と。それができなくとも、少なくとも Silverlight ランタイム上で高速に動くJavaScriptエンジンぐらい作れよ、と。


今、日本に必要なのは企業の新陳代謝と優秀な人材の有効な活用

 先日の「とある家電メーカーでの会話:クラウドテレビ編」と「もし日本のメーカーがiPhoneを発売していたら」、ユーザー不在・カタログスペック重視のもの作りの問題点を浮き彫りにしてみたつもりだ。「こんな場面につい最近も出くわした」という意見から、「こんなにはひどくない」というフィードバックまでいただけたが、多かれ少なかれ、これに近い状況が現場で起こっており、それが日本のメーカーの国際競争力を奪う原因の一つになっていると私は見ている。

 日本の家電・半導体メーカーが米国のメーカーと激しい貿易摩擦を起こしていた80年代、日本の企業の強さはまさにこの「スペック重視のもの作り」にあったことは事実である。日本人の勤勉な気質と日本流の経営スタイルがちょうど良い案配に働き、より集積度の高い半導体、より画質のきれいなテレビ、よりハイスペックな家電を欧米よりもはるかに低コストで効率良く作ることにより、日本が一気に世界市場でシェアを拡大し、米国の製造業を徹底的にたたきのめしたのである。

 当時と状況はかなり異なるとは言え、今度は日本の製造業が韓国・台湾・中国のメーカーに激しく追い上げられる立場になっているのが現状。このままでは20数年前の米国の製造業と同じ目にあうのではと憂う声も良く聞く。

 そんな時に耳にするのは「どうやったら日本の製造業を救えるか」という延命措置の話だったり、「これじゃあ日本の先は思いやられる」という悲観論だが、私は少し見方を変えるべきだと思う。経済産業省のレポートにも書かれていたように、そもそもこの狭い国で数社が横並びで同じようなものを作っていること事体に無理がある。妙な救済措置を考えるよりも、逆に企業の新陳代謝を加速し、日本全体として「優秀な人材をどんな分野に活用して、どこで勝負する」国になるかを真剣に見直すべき時期が来ていると思う。

 米国は、家電や自動車産業などの製造業でことごとく日本に負けたわけだが、それで国力が落ちたかと言えば決してそんなことはない。ソフトウェア、ウェブサービス、コンテンツなどの分野では、米国の一人勝ちに近い状況だし、ハードウェア・ビジネスに関しても、Cisco、Dell、Apple などの新しい形の企業を生み出している。

 なぜそれが可能だったかを一口で言えば「企業の新陳代謝が経済原理にのっとって健全に進み、優秀な人材が有効に活用される仕組みができている」からだ。米国でテレビを作っていたRCAはとっくの昔に消えてしまったし、最近では、ハードウェア重視の文化から脱皮できずに消えたSun Microsystemsがある。「だめな会社や経営陣にはさっさと退場してもらう」という文化は一見「非情」に聞こえるが、実はずっと「公平」であり「健全」である。

 では、そんな消えて行った会社で働いていた人たちがことごとく失業者になったかというと決してそんなことはない。優秀な人材であればあるほど、常に上司や経営陣を常に厳しい目で評価しつづけ、「こんな上司の元では働けない」と思えばさっさと部署を変えてしまうし、「この会社の経営陣は分かっていない」と思ったらさっさと別の会社に移ってしまう。ソフトウェアを重視しない経営陣に我慢が出来ずにDECを飛び出してMicrosoftでNTを作ったデビッド・カトラーが良い例だ。

 それと比べると、日本の企業の新陳代謝はとても遅い。高度成長経済の時期に日本の成長を牽引した企業が「一部上場企業」という看板を背負って、高学歴な人材をかき集めて続けて来た(ちなみに、「高学歴」は単に「一流大学を卒業した人」という意味。これが「勉強しない大学生」を生み出して、日本の国力を奪っているのは「不都合な真実」)。そして、スクラムを組んでベンチャー企業や海外勢の躍進を阻んでいる。一時期、「非関税障壁」と米国から激しく非難された、官民一体となった「保護主義」である。

 日本の高度成長経済を足場から支えて来たこの保護主義が、逆に日本の企業から国際競争力を奪ってしまったことはとても皮肉である。あれほど技術的に進んでいながら、あれほど先進的なユーザーを抱えながら、日本の携帯メーカーが世界に出て行けなかったのは、郵政省とNTT DoCoMoが電電公社時代から築いて来た非関税障壁に守られていたからだ。

 しかし、その非関税障壁ももう役に立たなくなりつつある。グローバル化の波はいやおうなしに国内市場にまで波及して来ているし、消費者も賢くなって来ている。延命措置をほどこすにも限度がある。政府からの予算がなければ成り立たないスパコンビジネスが良い例だ。

 だからと言って「だから日本の将来は暗い」と落ち込んでいてもしかたがない。日本企業の国際競争力を上げるために必要なのは、古い体質や旧来型のビジネスモデルにしばられた国際競争力のない企業の延命ではなく、新しい価値を生み出す新しい企業の誕生であり、そんな未開拓な分野にチャレンジする若くて優秀な人材の有効な活用である。

 ◇  ◇  ◇

 と、ここまで書いたところで、今度のエントリーを書いた本当の理由を明かそう。

 人材募集である。

 組み込みソフト+ウェブ・サービスという特殊な分野でビジネスをするUIEジャパンの一番の強みは、ソフトウェア資産でも顧客リストでもなくて、そこで働く人材である。設立4年目に入ってようやくビジネスも軌道に乗りはじめたので、ここはより会社の価値を高めてくれる「人材」に投資すべきという経営判断だ。

 それならば、単に「うちに来てください」と言うのではなく、ちゃんと「なぜ来て欲しいか」を書いてみたいと思ったのだ。エンジニアとして生まれて来たからには、多くの人のライフスタイルにインパクトを与えるようなものを作ってみたい、最新の技術に触れて、エンジニアとしての腕を徹底的に磨いてみたい、そんな人を求めているし、そんな人に活躍する場所を提供できれば、と考えている。

 ただし、敷居は高いので覚悟していただきたい。「大学の研究室では実験に必要だったので、ARMベースの組み込みボードにLinux載せました。でも最近は、Google App Engineでサイト作って遊んでいます」みたいな人が理想である。正社員・インターンともに募集なのでよろしく。詳しくは下のリンクで。

http://www.uievolution.co.jp/recruit

 それから、せっかくなのでもう一社紹介させていただく。エンターモーションというモバイル・ソリューションの会社。私がUIEの立ち上げ時に日本でお世話になった佐竹さんという人が副社長をしている会社だが、(米国よりも一足先に)モバイル・コンテンツが無料化する部分に的確に目を付け、ツタヤやスカイラークなどの企業に、モバイルを使ったマーケティング(例:会員管理・割引クーポンの発行)をソリューション・サービスの形で提供している。こちらの会社も、同じくようやくビジネスが軌道に乗りはじめ、優秀なエンジニアを探しているとのこと。今回の訪日中に、開発中のモバイル向けクラウド・サービスのデモを見せていただいたのだが、とても面白い試みだ。同じクラウドとは言え、Google App Engineとはひと味違った仕上がりを目指している部分がとても気に入ったのだが(そのうち、ここでも詳しく紹介させていただく)、そんなプラットフォーム作りに興味のある人にはお勧めだ。

http://www.entermotion.jp/recruit_sys/



 


私からの提案:おかえりなさいテレビ

 若干誤解してしまった人も少しいたようだが、私が「もし日本のメーカーがiPhoneを発売したら...」で指摘したかったのは、「広告一つでこんなにインパクトが違うのか」という単純な話ではなく、「どこに重きを置いてもの作りをするか」というもっともっと根本的な問題。

 カタログスペック重視のもの作りは、確かに社内の稟議を通しやすいし、作る過程でも目標設定が簡単だ。量販店で横並びにされた時にも他社の製品に負けない。しかし、これがそろそろ通じなくなっていることは、日本のどのメーカーもひしひしと感じているはずだ。

 確かに「ユーザー・エクスペリエンス(おもてなし)」とか「ライフスタイルへのインパクト」重視のもの作りは、定量化ができなし、大失敗の可能性もあるので、「出る杭は打たれる」型の日本の会社では難しいのかも知れないが、そろそろ意識を切り替えないと手遅れになる。「ユーザーにどんな体験をしてほしいか」をまず第一に考え、カタログスペックにこだわらずに魂のこもった商品作りをする。

 具体例をあげれば、数年前に生産中止になってしまったソニーのCocoon。あの時点では確かに「すご録」の方が売れていただろうし、ライバルメーカーとの「カタログスペック争い」には適していたのかも知れない。しかし、今になって考えてみれば、「すご録」なんて世界の舞台ではまったく通用しないコモディティ。Cocoonみたいに魂のこもった商品を、長期的展望でしっかりと育んで世界に放つことができれば、日本のメーカーにもまだまだチャンスはあると思う。

 ちなみに、私が数年前から暖めている商品のアイデアがあるので、ここで披露しよう。題して「おかえりなさいテレビ」。ターゲットは、毎日のように9時とか10時にならないと家に帰らない・帰れない会社員。わざわざ番組予約をして見るほどテレビは好きではないが、まわりの話題についていけるぐらいは、ドラマとかニュースとかスポーツ番組は見ておきたい、と感じている人たち。

 操作はいたって簡単。家に帰ったら、スイッチをオンにするだけ。いきなりその日のテレビ番組のダイジェストが始まる。流れている映像に興味がなければ「スキップ」ボタンを押す、興味があれば「しばらく見る」ボタンを押す。それだけだ。最初はあまり賢くないが、使っているうちにだんだんと「この人は野球が好きだな」とか、「キムタクのファンなんだな」と理解して、ダイジェストの内容が充実してくる。その人が平均して何時ぐらいにテレビを消すのか(=寝るのか)も認識して、家に帰った時間から計算して適当な長さに編集してくれる。

 これを実現するには、もちろん当然ネットに繋がなければならないし、マルチチャンネルを同時録画できる機能も持っていなければならない。衆合知を利用した学習機能を持ったクラウド・サービスも必要だ。しかし、決してそんなことは宣伝しない。クラウドとかマルチチューナーとかディスク容量を宣伝しなければ売れないようなら、その時点で負けだ。あくまでコンセプトは「おかえりなさいテレビ」。仕事に疲れたサラリーマンに、寝るまでのわずかな時間を充実して過ごしてもらう。それだけだ。

 面倒な番組録画の機能なんてない。もちろん、EPGも表示しない。リモコンのボタンも5つぐらいで十分だ。ネットに繋がっていても、ブラウザーも載せてなければ、もちろんウィジェットもない。ネットは最高のおもてなしを提供するための、単なる道具に過ぎない。

 どうだろうか。もちろん成功する保証なんてない。実現するためには色々と乗り越えなければならないハードルがある。リスクは低くない。しかし、このまま他の日本のメーカーと横並びでカタログスペック競争を続けて行くよりは、エンジニアのやる気も出るし、ソフトウェア重視のカルチャーを育てることができるかも知れない。本気で作る気があるところがあれば、私なりに協力をさせていただく。


とある家電メーカーでの会話:クラウドテレビ編

Android1   ある日本の家電メーカーでの会話。まずは副社長室での会話から。

技術部長:副社長、来年度の予算の件はどうなりましたか

副社長:大丈夫だと言っただろう。台湾・中国からの追い上げは相変わらず激しいが、テレビは家電ビジネスの要だ、経営陣としてもここだけは手を抜けない。来年も君たちにがんばってもらわなければならない。

技術部長:もちろんです。そのあたりは現場のエンジニアたちも強く感じてると思います。ちなみに、メールに書いてあった「戦略の変更」って何ですか?

副社長:そのことなんだが、経営会議でも持ち上がったんだが、台湾勢と戦うには、我が社にしかできない「差別化要因」が必要だ。価格競争では彼らにかなわない、消費者にとって目に見える価値を提供して、台湾製品よりも3割・4割増の値段でも喜んで買ってもらえるテレビを作らなければならない。私は、キーワードは「クラウド」だと思っている。

技術部長:え?「ク、クラウド」ですか。

副社長:そうだ。GoogleやAmazonがやっているクラウドだ。「あちら側」の話だ。

技術部長:「あちら側」って?

副社長:「あちら側」のことも知らんのか。少しは外に目を向けなきゃだめだよ。後で何冊か本を送るから、今週末にでも読んでおくといい。

技術部長:もうしわけありません、ここのところ家にも帰ってなくて。それよりクラウドとテレビとがどう関係するんですか?アクトビラのことなら、先日も「あれはだめだ」っておっしゃってたじゃないですか?

副社長:アクトビラのことじゃない。これはもっと大きな戦略的な、プラットフォームの話だ。

技術部長:プラットフォームですか

副社長:まだ分からんのか、Androidだよ。うちのテレビにAndroidを載せて、我が社のテレビを「クラウド化」するんだ。「クラウド・テレビ」の時代のリーダーシップを取るんだ。

技術部長:「クラウド・テレビ」ですか。それとAndroidとどう関連するんですか?

副社長:「Androidを載せて実際になにをするのか」という具体的な商品開発の部分は君たちに任せるが、私が確信していることは、ここで「クラウド化」に乗り遅れたらうちのテレビは時代に取り残されてしまう、ということだ。台湾勢はAndroidを使うことにより、スマートフォンの開発期間をわずか6ヶ月に短縮したそうだ。その流れはテレビにも必ずやってくる。彼らよりもすばやく柔軟に市場のニーズに会わせた商品開発をするためにも、うちのテレビにAndroidを載せることが必須なんだ。

技術部長:6ヶ月でテレビを開発しろと言ったら、うちの連中は死にますよ。今のペースでも深夜帰宅の連続なんですから。Androidを搭載したからと言って、とつぜん開発コストが下がるとはとは思いませんが。

Android2  副社長:そんな簡単な話じゃないことは私も分かっているつもりだ。でもやるしかないんだ。世界の流れに乗り遅れるわけにはいかない。タイミングとしては、2011年の春モデルを考えている。次のCESで我が社の「クラウド戦略」を大々的に発表して、春に発売だ。

技術部長:しかし、もともとは2011年の春モデルって、その次の大幅なモデルチェンジまでのつなぎの予定だったはずですが。うちの主要なメンバーは、今そっちの方の設計にかかりきりで大忙しです。ご存知のように、チップから起こしているので...

副社長:そんな悠長なことは言っていられなくなったんだ。次期モデルのことは多少先送りになってもかまわない。今はこの春モデルに全力投球すべきタイミングだ。最高のメンバーを投入して、「クラウドテレビ」を実現して欲しい。

技術部長:分かりました。メンバーの編成も含めて開発計画を立てててみます。ちなみに、次期モデル用のチップの開発をしてくれている半導体部門にはどう説明しましょうか。

副社長:そこは私がなんとかしておく。君のところには春モデルに力を集中してほしい。

 20分後、技術部長のデスクにて。

技術部長:ということで、まずは春モデルを「クラウドテレビ」としてCESでデモできるところまで持って行くことを最優先にして、部全体を再編成することになった。

開発主任:しかし、それじゃあ次期モデルの開発は丸1年以上遅れてしまいます。来週には試作チップもできあがるんですよ。

技術部長:確かにそうかも知れないが、テレビのクラウド化戦略の話は社長にも伝わっているし、テレビ事業部の死活問題でもあるんだ。次期モデルの開発は、いったん研究所に引き取ってもらって、君にはAndroidを搭載した春モデルの開発に集中して欲しい。

開発主任:分かりました。ところで、Androidを載せてそれで何をするんですか。

技術部長:それは私にもまだ分からないんだ。CES向けには、何かAndroidが載っていることが一目で分かるような何かをデモしたいんだが、そのあたりも君のところで考えておいて欲しい。

開発主任:「Androidが載っていることが一目で分かるような何か」ですか。ウィジェットぐらいしか思いつきませんけど。

技術部長:例のYahooがデモしていたやつだね。そのあたりの細かいところは君たちに任せるから、ぜひともよろしく頼む。

 その25分後、今度はネットに詳しい若手エンジニアの席で。

開発主任:確か君は、前にAndroidをやってみたいと言っていたな。

若手:はい。大学の研究室ではLinuxでいろいろなデバイスを作っていましたし、Javaのプログラムも得意なんです。

開発主任:そうか、それは良かった。今度の春モデルにAndroidを載せることになったんだが、ぜひとも君に担当してほしいんだ。

若手:ありがとうございます。がんばります。ちなみに、ハードは現行のものをベースにってことですね。

開発主任:そうだ。メモリぐらいなら必要に応じて多少増やしても良いけど、次世代チップへの移行はその次の世代になる。

若手:ってことは、そこでまたゼロからAndroidを載せかえなきゃならないってことですね。

開発主任:そういうことになるが何か?

若手:いえ、結構大変だな、と思って。ドライバとかも全部作り直しになるし。

開発主任:次世代のことは心配しなくて大丈夫だよ。とりあえず春モデルに集中してほしい。ちなみに、君はテレビは見るかね。

若手:いえ、そもそもテレビ持っていないんで。アニメとかは、ネットでも見れるし、後はニコ動とかYoutubeですね。最近はそれも減って、Twitterばかりしてますけど。

開発主任:今の若い人はそんなもんかね。でもよろしく頼むよ。ところで、君はウィジェットには詳しいかね。

若手:自宅のパソコンがMacBookなんで、ウィジェットは使ってますけど。

開発主任:そうか。CESでのデモ向けに、ウィジェットがいくつか欲しいんだが...

若手:ウィジェットならHTMLなんで簡単に作れます。天気予報とか時計ウィジェットならサンプルもたくさんあるし。

開発主任:それは助かる。やはり君に来てもらって良かった。

 さらに1時間後、再び技術部長の席で。

開発主任:ということで、簡単なウィジェットのデモまでなら、CESまでなんとかなりそうです。

技術部長:それは良かった。これで副社長にも顔が立つよ。

開発主任:でも、これで台湾からのテレビに対抗できるんでしょうか?

技術部長:そこからはマーケティング部門しだいだな。「Android搭載、クラウドテレビ。ボタン一つでウィジェットが飛び出す」とかいうコマーシャルで大々的に宣伝してくれるだろう。

開発主任:うまく行くといいんですが。

技術部長:ちなみに、君の家ではテレビは見るかね。

開発主任:私はそもそも家に帰っていませんから、でも家内はドラマとかは見てるみたいですけど。

技術部長:ウィジェットとかに興味は持ってくれるだろうか。

開発主任:うーん、難しいと思います。そもそも今でさえリモコンのボタンが多すぎるって文句を言ってるぐらいですから。「また、ボタンが増えるの!」ってしかられそうです。

技術部長:うちの家内も同じだよ。しかし、今回のプロジェクト、うちの部署の死活問題なんだ。ぜひともよろしく頼むよ。

開発主任:了解です。

(ここに書いてあることは、すべてフィクションである。万が一同じような会話が実際の現場で行われていたとしても、それは単なる偶然の一致なのでそこはご了承いただきたい。)


Google App Engine入門:実践編

 今週に入って、Tiny Message に続く二つ目の Google App Engine ベースのサービスをリリースした。3日ぐらいで試験的に作った Tiny Message とは異なり、今回のものは、丸二ヶ月間寝る間も惜しんで作った力作である。

 米国向けのサービスな上に招待制のSNSなので、ここではサービスそのものは公開しないが、いくつかこだわって作った部分があるので、それについて語ってみようかと思う。

1. 対象となるユーザーの絞り込み

 FacebookやTwitterのような巨人が存在している中で、それにまっこうから対抗するようなソシアル・ネットワーク・サービスを作ったところで無謀なだけである。そこで、逆に対象にするユーザー層を究極にまで絞り込んで、彼らのライススタイルに徹底的にマッチしたサービスを作ることにより差別化をはかる、という戦略を選択。対象は「LAに住む20〜30代の社交的な人たち」である。年齢層だけでなく、地域とライフスタイルを限定することにより、FacebookやTwitterよりも密度の濃いコミュニティを作ることを目指す。

2. 招待制

 上に書いたように、数よりも密度が重要なので、既存のメンバーから招待状をもらわないかぎりメンバーになれない招待制にした。その上、メンバー同士の会話は一切外には見えない(つまりググっても見つからない)クローズなものにした。その部分に関しては、mixiと似ている。当然、こんなアプローチを取れば急速なユーザーの増加は望めないが、あえて初期のユーザーの数を抑えることにより、ユーザー一人一人の行動を丁寧に観察して、彼らが必要とするものをキチンと提供して行くことにより、利用率・定着度の高いサービスを目指す。

3. 100% AJAX(AJAX時代のMVC)

 サーチエンジンがたどりつけないクローズなサービスにしたということは、クロールしやすいサイトにする必要が全くないということである。そのことはすなわち、「AJAX使い放題」を意味する。そこでアーキテクチャは徹底的にAJAX化をし、ModelはApp Engine上のPython、Viewはstatic server上に置かれた静的ファイル、Controllerは100%JavaScriptという設計にした(下の図参照)。

 ユーザーに何か表示する時は、まずはAJAXでサーバーのAPIをたたいてデータをJSONの形で取得し、それとstatic serverから取得したHTMLテンプレートをJavaScriptで実装したテンプレート・エンジンを使って合成してから表示する、という仕組み。AJAXとDOMの操作のためにjQueryを使っているが、その上の7つのプラグインはすべて自作した(時間ができたら公開する予定)。

 コードのサイズは、Modelを実装しているPythonが2200行、Controllerを実装しているJavaScriptが5500行、HTMLテンプレートが1800行、というバランスだ。

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4. クライアント・サイドJOIN

 App EngineがJOINをサポートしていないことは、リレーショナル・データベースに慣れた人たちからしばしば批判される点だが、このアプリでは、JOINに相当することはすべてクライアント側でしているのでその必要性すら感じない。もちろん、ユーザーをまたせないように非同期でデータを取得して表示する仕組みなど、いくつかの工夫はほどこしてある。ちなみに、クライアント側でJOINをすると、サーバー側のキャッシュのヒット率が上がるというとても重要な利点があるのだが、これに関してはここに書くと長くなるので、別途詳しく解説しようかと思う。

5. キャッシュの最大限の利用

 これに関しても、別エントリーで詳しく書くつもりだが、サーバー側の負担をできるだけ軽くするために、いくつかのレイヤーのキャッシュを積極的に使用している(下の図参照)。サーバー側でPythonのグローバル変数とmemcacheを使っているのはもちろんだが、AJAXで取得するJSONも、JavaScript上にオブジェクトとしてキャッシュしたり、ブラウザーのキャッシュをサーバー側からきめ細かにコントロールすることによりHTTPリクエストそのものを減らす工夫をしている。

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6. サーバー・プッシュ

 チャットや友達のオンライン状態の表示の実装ためにサーバーからプッシュする仕組みを作った。App Engine上ではCometの仕組みは使えないので、pollingを使って実装しているが、そのたびにデータベースに書込みをしていたのでは負荷が高すぎる。そこで、memcacheを使ってユーザーのオンライン状態を監視するという若干「おきてやぶり」なことをしている(memcacheはキャッシュなので、本来はそんな使い方をするものではない)。とりあえずうまく動いているが、同時にアクセスするユーザーの数が増えた時にmemcacheがどこまでスケールするかは注意深く見ておく必要がある。

 この仕組みを使ってさまざまな通知をサーバー側から行っているのだが、その中でも重要なものの一つが、クライアント側のキャッシュをサーバー側からフラッシュする仕組み。クライアント側でキャッシュされているデータに変更が必要な際に、クライアントに向けてキャッシュをクリアするようにサーバーから指示をするのだ。

7. TaskQueueを使った非同期タスク処理

 TaskQueueはGoogleにとっても「実験中」という位置づけなので、最初はおそるおそる使っていたが、あまりにも便利なので、その上に非同期タスクマネージャのようなライブラリを作ってさまざまな場所で使っている。たとえばユーザーのエントリーに他のユーザーからコメントが追加された場合、エントリー側にコメントの数をプロパティとして持たせているのだが、ユーザーにとっての見かけの待ち時間を短くするために、その計算はコメントの書込みと同時には行わず、TaskQueueを使って非同期に行っている。それ以外にも、友達のオンライン状態の監視、アクセスログの集計、週一のメール配信など、すべてこの仕組みを使って非同期に行っている。


意見・アイデア募集:次の「三種の神器」は何?

 昨日ここで告知した講演のお題だが、せっかくUSTREAMでも公開することだし、できるだけ対話型にするために、講演前に多くの方々の意見・アイデアを集めてみたいと思う。

 質問はずばり「薄型テレビ・デジカメ・DVDレコーダに続く、次の三種の神器は何?」である。

 ここ数年間、家電業界を引っ張って来たこれらのデバイスも、競争原理により低価格化が進み、高収益が期待できる市場ではなくなりつつある。

 そんな状況を打破しようと、先日のCESでは、多くのメーカーが「3Dテレビ」を次の目玉商品として大きくアピールして来たが、特殊な眼鏡が必要な3Dテレビが一般大衆に広く受け入れられるとは思えず、まさに「イノベーションのジレンマ」に陥っているようにしか思えない。

 では、ここから10年間の間に消費者に新しいライフスタイルを提供するほどのインパクトを与えるものとは一体何なのか、それを一緒に考えていただきたい。このブログへのコメントでもトラックバックでもかまわないし、もっと気楽にハテブやTwitterでひとこと書いていただいても良いので(その際のハッシュタグは#AppleGoogleImpact)、ぜひともたくさんの方々から意見をいただけるとありがたい。


講演告知:「AppleとGoogleの与える業界へのインパクト」

 Twitterではすでに先週告知したが、今週の金曜日にUIEジャパン主催のプライベート・セミナーで講演をするのでここで宣伝告知させていただく。題名は「AppleとGoogleの与える業界へのインパクト」というもの。USTREAMでの配信も予定しているので、詳しくはスタッフブログを参照していただきたい。

 「そもそもここで言う業界って何だ?」とツッコミが入りそうなタイトルだが、今やデバイスのデジタル化とインターネットは、パソコン・ケータイ・家電だけでなく、通信・放送・出版業界までに大きな影響を及ぼしはじめたということを考えれば、あまり明確な線を引くのも難しいので、こんな曖昧なタイトルにしている。

 そういったさまざまな業界のビジネスに対する影響力のもっとも大きな企業を上げれば、やはりMicrosoftには申し訳ないがAppleとGoogleであることは間違いないので、その二社に絞って、彼らの戦略とそのインパクトに関して私なりの解釈を加えて解説、というのが今回の講演の目的だ。

 考えてみれば、ここ2008年・2009年はiPhone向けのアプリばかり書いて来たし、最近はGoogle App Engine上でのウェブサービスの開発に集中している私。エンジニアとして「目新しいもの好き」というのもあるが、ビジネスマンとして「この二社の動向だけはしっかりと抑えておきたい」のがAppleとGoogleだったというのは、偶然というよりも必然。

 iPhone OS, Android, Chrome OS, Silverlight, Adobe AIR, Palm Web OS などさまざまなテクノロジーが乱立する中、エンジニアとして、もしくはビジネスマンとして、「どのテクノロジーに関して実際に手を動かして習得するか」「どこにビジネス・チャンスを見い出すか」という取捨選択は簡単なものではない。そんな中で、なぜ私がiPhone OSとGoogle App Engineを選択しているのかという話を、この講演を通じて、その思考プロセスも含めて伝えることができれば、と考えている。

 ちなみに、講演用のスライドは一応準備できているのだが、講演の前にすべて公開してしまうのももったいない面白くないので、まずは問題提起のスライドを二枚ほどここに貼付けておく。

Tv001 一枚目の問題提起スライドは、白黒テレビ→カラーテレビ→薄型テレビ、と進化してきたテレビはどこへ行こうとしているのか、どこへ行くべきか、という話。先日のCESでは、各メーカーともに「次は3Dテレビ」というメッセージを強く打ち出していただ、私にはその方向性が答えだとはどうしても思えないので、そのあたりも含めた話を少し突っ込んで話してみたい。

Tv002  二枚目は「次の三種の神器は何か?」という話。ここ数年の家電ビジネスをささえて来た、薄型テレビ、デジカメ、DVDレコーダも、競争原理の結果、コモディティ化が進み、家電メーカーにとって高収益が望める市場ではなくなっている。メーカーとして、何を基準にどんな分野に投資して、どこに活路を見出して行くか、というのは企業としての存続にも関わる重要な問題だが、そこで無視できないのがAppleとGoogle、という話を少し突っ込んでしてみようかと思う。