電子出版に関する一考察:コンテンツのガラパゴス化の危機
2010.05.25
今日は日経BPのセミナー(参照)で、iPadと電子出版の未来について講演をしてきた。私の講演の内容に関しては、一両日中にネットに上がると思うのでここには書かないが、この講演およびその準備段階を通して学んだとても大切なことを一つ書こうと思う。それは日本の出版社に迫る「コンテンツのガラパゴス化の危機」である。
午後の部でヤッパの伊藤氏の講演を聞いていて少し疑問に思ったので、フォーマットのオープン化に関する質問をした私だが、彼の「まだコンテンツの数が少ないのでオープン化を考慮する必要はない」という返答でヤッパの狙いが明らかになった。セルシスと同じく「クローズドなフォーマットによるコンテンツの抱え込み」である。
ここまでフォーマットのオープン化(すなわち誰でもビューアーをライセンス・フリーで作れること)の大切さが叫ばれている今、時代に全く逆行するビジネスモデルだが、漠然とした危機感を抱いてはいるがデジタルの世界に詳しくない出版業界の人たちは、ある意味で「良いお客さん」なのだろう。「DRMが必要=クローズドなフォーマットでなければならない」という良くある誤解もプラスになる(実際には、ビューアー部分はオープンなままでパッケージングの部分でDRMをかけることは十分に可能)。
しかし、クローズドなセルシス・フォーマットでモバイル・コンテンツを大量に作ってしまった日本の出版社が、セルシス・ビューアーが載っていないデバイスにはコンテンツを提供できない、いつまでたってもセルシス抜きではビジネスができない、ビューアーを載せるのにやたらと時間とコストがかかる、という状況に陥り、コスト面で割が合わずにせっかく海外に進出するチャンスをみすみす逃して「コンテンツのガラパゴス化」を招いてしまっていることは、この業界では良く知られたこと。海外から見ているとなんともむずがゆい。
そんなところでいつまでももたもたしているから、BitTorrentoに少年ジャンプの日本語版・英語版・フランス語版がリアルタイムで毎週流れる、なんてことが起こってしまっているのだ(私の知り合いにも何人か定期購読者がいる)。このままだと、BitTorrentoで無料で少年ジャンプを読んでいる人たちの数がちゃんとお金を出して少年ジャンプを読む人の数を上回る日も遠くないと思う(すでに超しているのかも知れない)。
特にiPadぐらいの解像度を持つモバイルデバイス向けにマンガを提供する際は、妙な(セルシスがやっている)「コマ割り」や(ヤッパがすすめる)「マルチメディア化」をせずに、作家が書いたままのコンテンツを全画面表示させた形のコンテンツをまずは普及させる、ということが急務。
その際に最も大切なことは、コンテンツのフォーマットをオープンなものにしておくこと。フォーマット済みのものを配布するならば、PDFかZIPで固めた画像ファイル(JPEG)で十分だし、テキスト中心でレイアウトが重要でないならばePubがある。「セルシス・ビューアーでしか見れない」「ヤッパ・ビューアーでしか見れない」コンテンツを作ったら、将来何年間に渡って後悔することになる。オープンなものにしておけば、誰でもライセンス・フリーでビューアーが作れるので、ビジネスの自由度がぐっと高まる。
「今すぐにどうしてもマルチメディア化した書籍をiPad向けに配信したい」というのであれば、答えは一つしかない。HTML5である。今日のセミナーでも少しデモをしたが、iPadに実装されているHTML5+CSS3は、十分にFlashに匹敵するレベルに達している(特に、消費電力に関してはFlashよりも遥かに有利)。
一つだけ覚えてほしいのは、HTML5はウェブサイトの表示のためだけの技術ではないということ。Appleの「アプリケーションはJavaScriptかObjectiveCで作らなければいけない」という規約を守りつつ、将来はAndroidタブレットやWindowsタブレットでもちゃんと動くマルチメディア・コンテンツを作るとしたら、最適解がHTML5であることに疑問の余地はない。
HTML5で作っておけば、オープンな仕様なので、誰でもロイヤリティ無しでビューアーを作ることが可能だし、その実装もWebKitというすばらしいオープンソースがあるのでとても簡単である。まだまだオーサリング・ツールなどが完備されていないので、今の段階ではかなり「手作り」の部分もあるが、どうせコストをかけてコンテンツを作るのであれば、特定のビューアー向けのコンテンツではなく、オープンなHTML5の上で作るべきだ。
ちなみに、CloudReadersには既にHTML5 Widgetを実行する仕組みが入れてある(当然、それも無料)。28日までにはいくつかWidgetをここで公開する予定なので、iPadを入手された際にはぜひとも試していただきたい。セルシスやヤッパが提供するクローズドなビューアーが不要なのはもちろんのこと、なぜアップルがFlashは不要と言っているかがご理解いただけると思う。
"ビューアー部分はオープンなままでパッケージングの部分でDRMをかけることは十分に可能"とのことですが、DRMをほどいていくロジックがビューアー部分に書かれているので、スキルのある人であれば生のコンテンツを抜き出せるのではないかと思います。
調べてみたいので、「DRMが必要=クローズドなフォーマットでなければならない」という誤解について説明している良いドキュメントを教えていただけないでしょうか?
Posted by: Shinya | 2010.05.25 at 08:04
今日セミナーを受講したものです。
中島さんのお話面白かったのですが、一番の見せ場は伊藤さんへの質問だったかな、と思います。この件についてはもう少し伊藤さんとの議論が見たかったのですが、、
本日も大変勉強になる話ありがとうございました。
Posted by: jun | 2010.05.25 at 08:17
ガラパゴス化の意味を、最近間違えてる人が多いような気がします。
「独自の進化を遂げちゃったから、グローバル市場で売れない」が本義。
その間に他国同業他社に市場を席巻されるからネガティブなわけであって、
例えばドラゴンボールのフォーマットがオープンではないからといって、
韓国のコミックが世界を席巻するわけじゃない。
もちろんドラゴンボールが一層売れるチャンスは逸してる。
でもそれは著者や出版社的にOKなら問題ないのでは?
Posted by: tdsg | 2010.05.25 at 10:03
「コマ割り」というセルシス・フォーマットはあくまで小型ディスプレーを持つ既存ケータイのためのもので、スマートフォンやiPadなど中大型ディスプレイを持つ端末について言えば、電子コミックの海外進出を阻害する要因ではないように思えますがいかがでしょうか?
例えば集英社は、ドラゴンボールなど主要コミックの原稿に全て着色した上で、PSPやWindowsPhoneはじめマルチプラットフォームで流す計画。もともとマスターとなる画像データは出版社の手にあるので、セルシスには縛られていません。他の中小コミック会社も、電子取次(ビットウェイなど)が持つ画像マスターがあれば容易に海外に展開できます。
海外進出が進まない要因としては、海外のキャリアが求める利益配分が日本の商慣習とかけ離れていること、「血しぶき禁止」など欧米の規制に対応するのに恐ろしく手間がかかること、そもそも海外進出に本気でない(これが最大の要因か?)ことがありそうです。
Posted by: Naoki Asakawa | 2010.05.25 at 14:57
日本独自仕様のフォーマットがクローズのままになって、せっかくマーケットを国内に作り、技術的にも先行しているのに海外に出て行けないのは残念ですね。しかし本当によくあるパターン。。。
ただ、単純にそのままコミックをas isで表示しても海賊版にはなかなか抵抗できないところはあると思います。海外のサイトでは本当に簡単にみつかりますから(笑)
なので普通の人にでも簡単に良質な正規コンテンツをリーゾナブルに提供するUEを提供しつつ(iTunes)、サイトとしてSNS化したりコミュニティーの力を使って、コミックを楽しむファン達とのつながりをも楽しめる「場」の提供が後発の正規サービスとしては必要なのではないでしょうか?また、場合によってはコンテンツそのものは画像ベースでも良いのですが、その上のレイヤーでコメントを入れたり(突っ込みとか)、コンテンツをatomizeしてさらにページ単位、コマ単位でも楽しめる付加機能もありかもしれません。一見初期のニコニコ動画のようなコアな印象もあるかもですが、こういうあらたな楽しみがあるレイヤーとフォーマット(もちろんオープン)を構築しないと自炊とtorrentの流れには勝てないと思います。
Posted by: Ken | 2010.05.25 at 23:38
ヤッパの稼ぎは個別企業からの個々のクローズド環境の構築請け負いで成り立っていますので、社長自らが「オープン環境は素晴らしい」と言ってしまっては、営業部隊が営業できなくなってしまいます。本音はどうであれ、自社の立場を正当化する意味でオープンを推奨することはないと思います。
Posted by: Sonoue | 2010.05.26 at 05:21
HTML5に興味を抱きました。どのような技術なのか、機会があれば記事にして頂けると嬉しいです。
Posted by: T☆K | 2010.05.26 at 07:25
セミナーを受講させて頂きました。
勉強になりましたし、触発されました。
また質問にも丁寧にお答え頂いて有難うございました。
「ガラパゴス化しますよ」とのご意見に伊藤さんが白っとした
反応をされ、そこで会話が終わったのですが、きっと何かご意見
がおありだろうなと思っておりました。
雑誌って、いつでもどこでも読めるからこそ意味があるわけで、
ビューワが限定されたのでは紙の雑誌に劣ると思います。
また、ネットに繋がっていないとMy本棚にダウンロードしたはず
の本が表示できないようですね。地下鉄に乗って雑誌が読めない
のはきびしいですよね。
Posted by: kz | 2010.05.26 at 07:44
国内IT企業の多くは、国内(限定)の顧客に口八丁の営業をかけ、コネを利用して仕事を取り、
囲い込み、ベンダロックインで安定収益を上げるという姑息なビジネスしかできないのです。
国際競争力・経済に貢献するどころか、逆に足を引っ張っています。日本の癌ですね。
中島さんの活躍で国内IT産業がグローバル化・オープン化することを強く期待しています。
Posted by: fantasia | 2010.05.26 at 11:44
XMDFについての言及がないですが、ある意味セルシスより罪深いかも。これまでに作ってきた膨大な電子書籍データが活用できないのも、XMDFをオープンにしないからです。出版社の要求に応えることのできるのがXMDFくらいなので、オープンフォーマットを採用せよ! とも簡単にはいえないのですけどね。
Posted by: Tery | 2010.05.26 at 20:32
XMDFはIEC 62448:2009のAnnex Bとして追加されたので、オープンなフォーマットになったと聞いているのですが、実際にはどうなのでしょうか。
http://webstore.iec.ch/webstore/webstore.nsf/ArtNum_PK/42651
Posted by: Masayoshi Takahashi | 2010.05.26 at 23:11
日本国内の書籍や雑誌は日本語で書かれていて日本国内でしか大きく売れないので、ガラパゴスで大満足なことだと思います。日本後をワールドオープンな環境に対応させることの意味が理解できない=ビューワーに関してですが。
マーケットプレイスのありかたも同様で、日本での書籍の買い方と欧米での買い方でリビドー的に違いがあるはず。
なので、マーケットプレイスも日本独自で全く問題ないと思います。
映像や音楽なら世界標準ということも考えるべきでしょうが、こと書籍に関しては日本独自でよいのではないか?
世界標準にして云々というのは、結局大メーカー的クローズな考え方で、コンテンツ=モノによって考え方も変えてゆくのが本来的なクラウド&オープンなことだと思います。
Posted by: shoeless | 2010.06.05 at 00:50
日本のコンテンツがガラパゴス化しているとしたら、
それはフォーマットではなく言語のせいではないでしょうか?
Posted by: koji kiyokawa | 2010.06.22 at 08:41