組み込みデバイスの開発にこそ必要な「おもてなし設計」
2011.01.27
最近、UIEvolutionのビジネスが、単なる「テクノロジーのライセンス・ビジネス」から、「プロトタイプの構築」や「おもてなし設計」ビジネスにシフトしている。一昔前は、「UIEngineのJavaに対する優位性を説明して欲しい」などの技術的な問い合わせばかりが多かったが、最近は「○○向けのデバイスを作っているんだけど、おもてなしの設計の段階から手伝ってくれないか」という話が増えているのだ。「おもてなし設計」の重要性が業界でようやく理解されて来た兆候だと解釈している。
そこで今日は、そんな傾向をさらに押し進めるために、スマートフォン・タブレット・家電などの組み込みデバイスの開発における「おもてなし設計」の重要性の話。
ここのところ「Androidタブレットはヨドバシカメラの「Androidタブレットコーナー」に横並びにされた時点で負けだ」「なぜ横並びで展示されるAndroidタブレットを作ってもだめな」などのエントリーで、横並びのAndroidタブレット戦略を批判している私だが、決して「だから日本のメーカーはタブレットなど作っても仕方がない」と思っているわけではない。
私が批判しているのは「うちもメーカーとしてタブレットを出さざるを得ない」「他のメーカーもAndroidを採用しているのだからうちも乗り遅れるわけにはいけない」などの消極的な発想でのもの作り。そんな考えでは、アップルに勝つどころか、「その他大勢」の一員として生き残ることすら難しい。その点に関しては、「とある家電メーカーでの会話:クラウドテレビ編」「もし日本のメーカーが iPhone を発売していたら..」を読んでいただければ伝わると思う。
ちなみに、後者の「もし日本のメーカーが iPhone を発売していたら..」は、アップルと日本のメーカーの「売り方・マーケティングの仕方」の違いを指摘したものではなく、もっと根本的な「もの作りの姿勢」の違いを指摘したものである点に注目して欲しい。「ユーザーにどんな体験をして欲しいか」「人々のライフスタイルにどんなインパクトを与えたいか」をまず最初に考えた上で、そのための手段としてカメラやGPSやタッチセンサーを搭載して来るアップルの製品と、「ヨドバシカメラで横並びにされた時に、機能比較表で他社の商品に負けたくないから」「社内の稟議を通しやすいから」と機能をてんこ盛りにしただけの製品では、最終的な製品の「ユーザーに与える価値や満足度」で大きな差がつくのは当然。
では、いったいどうやったらアップル製品のような「おもてなし」を提供できるのだろうか?簡単な話ではないが、ここで具体的な提案をしてみたいと思う。
1. まず一番最初に考えるべきなのは「ユーザー」
まず最初に認識すべきなのが、「世界最高のAndroidタブレットを作ろう」とか「iPadキラーを作ろう」という姿勢や考え方そのものが根本的に間違っているということ。そんな風に業界内部やライバル会社ばかり見ていたのでは決して良いものは作れない。一番に考慮すべきなのはユーザーである。「どんな風に人々のライフスタイルを変えたいか」、「どんな価値を人々に提供したいか」、それをまず最初に考える必要がある。
私の好きなゴルフに例えるのであれば、「iPadキラーを作ろう」という姿勢は、「タイガーウッズよりも良いスコアで回ろう」とタイガーウッズのショットやスコアばかり意識してゴルフトーナメントに挑む事と同じである。「世界最高のAndroidタブレットを作ろう」という姿勢は、「いま流行のハイブリッド・チタン・ドライバーでドライバーを誰よりも遠くまで飛ばそう」という姿勢に相当する。
そんな姿勢では、決してトーナメントに勝つ事はできない。優勝を目指すゴルファーが一番注目すべきは、ライバルでもクラブでもない、ゴルフコースである。コース・レイアウトに応じた戦略を立て、グリーンを読んで、コースを克服して良いスコアを出してこそ、優勝の栄誉は与えられる。
最新のクラブや距離の長いショットは良いスコアを出すための「道具」「手段」でしかなく、タイガーウッズより良いスコアを出す事は、コースを克服した上で得られる「結果」でしかない。
デバイスの開発に関しても全く同じことが言える。「iPadキラー」を作ることばかり意識してはユーザー不在のもの作りになってしまう。「世界最高のAndroidタブレット」を作ることばかり考えてしまうと、本来は「道具」の一つでしかないAndroidやマルチコアCPUが「目的」にすり替わってしまう。
2. ターゲットを絞る
漠然と「ユーザー」と言っても狙いが定まらないので、「どんなユーザー」に「どんなシナリオ」で「どんな価値」を提供したいか、絞り込んで考える。具体的であれば具体的である程良い。たとえば、
- 「学校の先生」が「授業をする時」に「一人一人の生徒の理解度に応じた教えた方ができる」ようにしたい
- 「医者」が「患者の診察をする際」に「効率良く過去のデータにアクセスしつつ、必要に応じて患者に分かりやすくチャートや画像で説明できる」ようにしたい
- 「飛行機の整備士」が「限られた時間で飛行機の点検をする際」に「分厚いマニュアルを抱えずに、どんな姿勢でも簡単に効率良く整備ができる」ようにしたい
などである。
まずはこんな風にユーザー・シナリオをいくつか考えた上で、それぞれのシナリオに対して、「そのマーケットがどのくらいの大きさか」「その価値に対してユーザーは対価を払うかどうか」「そのマーケットにはiPadのような汎用デバイスと、そこに最適化した専用デバイスのどちらが適しているか」「そのマーケットで勝負する上でなにか自分だけが持っている有利なものはあるか」を考えつつ、戦略を絞り込んで行く。
3. プロトタイプを作る
ターゲットを絞ることができたら、次にするべきことは(製品化に必要な予算を確保するための稟議を通すのではなく)プロトタイプ作りである。今は、「どう作るか」よりも、「何を作るか」「どんな価値を提供するか」の方がはるかに難しく重要な時代である。そのためには、できるだけ短期間でプロトタイプを作り、ターゲットユーザーに使ってもらって「その商品に価値を見いだしてもらえるか」を試しつつ「おもてなし設計」をすることが大切だ。本格的な開発に必要な予算の申請は、プロトタイプを作る過程で「十分な価値が提供できる」と確信できてからするべきだ。
この段階では、当然だが「OSを何にするか」とか「CPUは何にするか」は全く重要ではない。大切なことはユーザーが対価を払うぐらいの価値がある「おもてなし」を生み出すすることだ。この「おもてなし設計」にかける時間と労力と信念こそが、アップルをポータブル・ミュージック・プレーヤー、スマートフォン、タブレット、ノートパソコンの4つの市場で他社を大きく引き離すブランド力と収益力を持つ会社にしていることを忘れてはならない。
別の言い方をすれば、この段階でユーザーにとっての新しい価値を生み出すおもてなし作りが出来るかかどうかが、商品が市場で成功できるかどうかの最も重要な役割を担っているのだ。それができなければ、どんなに開発費をかけようと、どんな高速なCPUを載せようと、どんなに部品を安く買いたたいて製造原価を安くしても、ヨドバシカメラで横並びにされてスペック競争と価格競争の消耗戦に巻き込まれるだけだ。
ちなみに、トヨタによる採用が決まったUIEngineも、もともとは「組み込み機器向けのプロトタイプをサクッと作りたい」という発想の上に作った開発環境である。組み込み機器・家電の場合、プロジェクトスタート時にはハードウェアが存在しないのが当たり前。そんな状況で、ハード→ドライバー→OS→アプリ、という順番に悠長に作っていては、一番大切な「おもてなし設計」に時間を裂く事ができない。そこで、CPUやOSに依存しない形で並行してユーザーインターフェイスの設計・構築できる環境を用意し、そこで十二分に「おもてなし設計」に時間をかければより良いものが作れる、というのがその設計思想の根底にある。
少し長くなってしまったが、日本のメーカーもそろそろ「横並びスペック競争」から脱却して、本気で「おもてなし」重視のも作りにシフトするタイミングが来ていると思う。どうせ出しても儲からない「横並び汎用Androidタブレット」は低価格を売り物にしたアジアのメーカーに任せて、付加価値の高い商品作りでと「おもてなし」で勝負すべきだ。
そう言えば、「和製Googleを作ろう」みたいなの有ったけど、あれ、どうなったっけ?あれなんか、『業界内部やライバル会社ばかり見ていた』に他ならない。
Posted by: Yuichi Taguchi | 2011.01.27 at 19:43
80〜90年頃の自分は、ソフトの関数の説明書を見ては、このソフトではこういうことが出来るかもと楽しんでいた。ホームセンターで道具や部材を見て、それらをどう組み合わせていくかを考えて楽しむことと似ているように思う。昔であれば、機械・ガジェットが与えられれば、それを「部品」としてどう生かすかを考えることが出来る人がPCを使っていた。以前のPCはスペックがあるレベルを満たせば、その先の使い方はユーザーが勝手に考えていた。今はPCや携帯も一部のギークやマニアが使うものではなくなっている。こういうことが実現できるよ、こういう体験が得られるよという提案がないと一部のもので終わってしまうのだろうなあ。
Posted by: manta | 2011.01.27 at 23:06
自分にとっては当たり前の考え方にしか見えないのですが、Wintelのビジョンを横流しするだけの中間業者になってしまってるメーカーにとっては当たり前じゃないんだろうなぁ。
Posted by: ikemo | 2011.01.28 at 03:45