私の親戚が福島県にいたら子供と妊婦だけでも疎開させる理由
2011.04.03
子供のころはテレビで放送されていることは100%正しいと信じていたが、大人になるにしたがい、(1)専門家の中でも意見の食い違いがあること、(2)マスコミは勉強不足でしばしば間違える事、(3)危機の際に政府とか企業は悪いニュースをオブラートにつつんで伝える傾向があること、などを学んだ。
そこで問題となるのが、今回の原発災害のような時に、「誰をどこまで信じて良いのか」ということである。(a)日本政府は30キロ圏内が危険地域であると言い、(b)米国政府は80キロ圏内に米国人は立ち入っては行けないという。原発から北西方向にある飯舘村などは、30キロメートル以上離れていても、空間の放射線量も土壌の放射線汚染度も高いが、(a)日本政府は「ただちに健康に影響はない」と言い続けているが、(b)IEAE (International Atomic Energy Agency)は住民を避難させるべきと言う(この警告はその後取り下げられている)。
福島県に住む人たちは「一体誰を信じていいのだろう」と本当に悩んでいると思う。自主避難するとなれば、避難先は自分で見つけなければならないし、そのコストも自分で負担しなければならない。仕事を持っている人ならなおさらである。私自身、福島県に住んでいたら仕事を投げ出してまでは避難しないし、できないと思う。しかし、自分の家族や親戚が特に放射線量の高い飯舘村、福島市、郡山市にいたら、放射線の影響を受けやすい子供と妊婦だけは東京もしくはそれより西に疎開させることを強くすすめる。
放射線による健康への影響は以下のような特徴を持つ。
- よほど強い放射線を一度に浴びないかぎり、何も感じないし、すぐに病気になったりもしない (=ただちに健康に影響はない)
- 同じ放射線量でも、長い時間浴びているほど影響が大きい
- 同じ放射性物質でも、原発から漏れたばかりの方が、より多い放射線を出す
- 健康への影響は、「癌の発生率の高さ」という形で出る。それも10年・20年という長期に渡って。
- 何ミリシーベルト以上浴びたら絶対癌になるという数字は存在せず、多く浴びれば浴びるほど癌になる確率が高くなるだけ。
- 長期間に渡って放射線を浴びた場合の影響に関しては、専門家の間でも意見がさまざまである。
- 同じ「癌になる人が0.1%増える」程度の影響であっても、被曝してもしなくても10年以内には多くの人が癌になる大人と、ほとんど癌にならない子供とでは相対的なリスクは大きく違う。
- 放射線を浴びた後に癌になったとしても、それが放射線のせいなのか別の原因によるものなのかを科学的に知る・証明する方法は存在しない。
- そのため、万が一今回の原発災害のせいで癌になったとしても、国や東電から補償してもらえる可能性は低い
中部大学の武田教授が警告するように、福島市のような毎時2マイクロシーベルトという「ただちに健康に影響を与えない」放射線量の地域であっても、その環境に1年という単位で暮らしていると、癌になる確率は少しだが上昇する。武田教授によると、100人の児童の0.5人に放射線障害が出るとのことだが、この数字に関しては専門家の間でも意見の違いはあるので必ずしも絶対的な値ではない。ただ、放射線量の高いところに長く暮らしていると「癌になる確率が少し増える」ことだけは誰もが指摘するリスクである。
イギリスのChris Busbyという学者は、二つの手法を使って福島第一原発から100キロ以内にこれから1年間住むリスク(原発からの放射線のために10年以内に癌にかかる確率)を計算している(参照)。ICRPという団体の計算式に従って計算すると約3000人の癌患者が増えるが、ECRRという団体の計算式に従って計算すると約10万人の癌患者が増えるという結果になっている。
3000人と10万人ではかなりの開きがあるが、これが先に述べた「専門家の間でも意見が異なる」という点である。100キロ圏内には300万人の住民が住んでいるので、確率で言えばそれぞれ0.1%、3.3%の癌発生率の上昇となる。
いずれにせよ、そういう放射線の高い地域に住む事により、子供が10年以内に癌になったり、これから生まれる子供に障害が生ずる可能性が上昇することに関しては専門家の間でも意見が一致しているわけで、その確率がたとえ0.5%であれ0.05%であれ、影響を受けやすい子供や妊婦にはそんなところには住んでいて欲しくない思うのは人間の心情である。
ここのところマスコミはこんな風に「眼に見えない放射線を恐れる」「万が一のことを考えて立ち入り禁止区域以外からも離れる」ことまで「風評被害」と呼んでいるが、風評とは「根拠のないデマ」のことであり、これは違う。それなりの根拠を持って、「直ちに健康には影響を与えないが、長く暮らしていると癌にかかる確率が高くなる」地域から、万が一のために少なくとも子供たちや妊婦を避難させるのは、(子供や妊婦を発癌リスクのあるタバコの煙から遠ざけるのと同じぐらいの)ごくあたりまえの行動だと思うのだがいかがだろう。
【追記】コメント欄で、「放射能漏れに対する個人対策」という比較的冷静で具体的な方法を書いたページの存在を教わったのでここにリンクを張っておく。本来ならば、こういう行動指針を(原発推進派の経済産業省配下の原子力安全・保安院ではなくて)厚生労働省あたりが出してくれればありがたいのだが。
【追記2】放射線治療をされている方からコメントをいただいて、放射線の健康への影響に関するブログエントリーをご紹介いただいたので、リンクを張っておく。「100mSvで癌になる危険度が1%上昇する」という数字をどう解釈するかはそれぞれだと思う。
武田先生は中央大学じゃなくて中部大学です
Posted by: fallout | 2011.04.03 at 16:10
福島県といっても、会津地方のように影響がかなり少ない地域もあり、一括りにするのは危険です。タイトルから「福島県」を除くべきでは?
武田邦彦という人は、事故直後にありえない核爆発の可能性を声高に叫んだりしており、過激なことを言って世間の気を引きたい類のようです。私であれば彼の意見は参考にもしません。
私は以下の意見を参考にしています。
http://www.irf.se/~yamau/jpn/1103-radiation.html
Posted by: nob274 | 2011.04.03 at 16:32
農林水産省は即刻、東北や福島および隣接する地域の農業や漁業従事者を西へ移動させて、休閑地や漁業権を与えて、食料の増産を開始すべきだと思います。食品の基準値を変動させて、無理矢理それらの地域の生産物を出荷しても売れ残るだけですし、今後、生産を継続することは不可能だと思われます。汚染された地区と今後汚染される地域を対象に、すみやかに生産者をそれ以外の地域に移して食料生産を継続するのに必要な全ての措置を迅速に行うべきだと思います。当事者にとっては大変なことだと思いますが、正しい方向への努力とがんばりが必要な時だと思います。その方向をきちんと示すのが行政の役割だと思います。
Posted by: palm4 | 2011.04.03 at 17:02
福島県会津若松市に住むものです。会津は震災及び原発の被害の少ない場所です。しかし、避難されてくる方々が沢山来られており、震災後は状況は一変しております。疎開?させられる方はいいですよね。もしも、私の家族が・・・なんて仮想でものが言える立場は「本当に」いいですよね。そのような意見は国や行政に言ってください。福島県はここ数年非常に景気が悪い場所です。震災が来なくても、毎日を普通に過ごすことが厳しい地域です。そこへ、震災だけでなく、原発問題も抱えさせられる人たちの気持ちを考えたら・・・文面こそ平静を持ったものかもしれませんが、福島から来たというだけで宿泊拒否をしたホテル?とこの記事は何が違うのでしょうか??大野町の方1000名が昨日若松市に避難してこられました。早く仕事を見つけたい、と言われていますが、もともと、会津の失業率は非常に高いのです。会津の人、大野町の人、共倒れするかもしれません。だから、遠くに避難すればいい、と言われるのでしょうか?当事者の気持ちと現実を直視した上で記事を書かれてください。なぜ?国と東京電力のために故郷を捨てないといけないのでしょうか???
Posted by: motowie | 2011.04.03 at 18:24
放射線を骨髄移植の一環として治療として使っている血液内科医です。私も武田邦彦先生に対してはnob274さんと同意見です。中島様のこのエントリーに関しては同意します。専門外の方がここまで分り易くまとめられたことは素晴らしいと思います。線量の人体に与える影響についてはhttp://saitotoshiki.com/blog/2011/03/fukushima_1_nuclear_accidents こちらにまとめましたので宜しければご参照下さい。細かい点ですが、「健康への影響は、年齢が低いほど高い。特に細胞分裂がさかんな胎児や子供は影響を受けやすい。」はなかなか一般化しずらく、誤解を招きやすい表現ですので削除されたほうが良いかと思います。放射線障害に対する耐性は一般的に年齢が若いほど高いのが放射線治療での常識です(受精卵レベルとか器官形成期の胎児の話は別です)。影響が高くても回復力が優れば結果として健康への影響は低くなります。移植に年齢上限があり高齢者では不可能でも年齢下限が無いことに象徴されています。一方、晩期障害である癌化率の影響は余命が長いほどつまり若いほど高くなるのかも知れませんが、具体的なデータを私は知りません。具体的なデータをご存知の方は教えて頂けると幸いです。
Posted by: 齋藤俊樹 | 2011.04.03 at 18:55
武田邦彦氏は、ご自身のサイト
http://takedanet.com/2011/03/15_0205.html
で、「また、野菜等は1日中、外にいるのですから、すでに7日間というと1時間あたり20ミクロンでも、3ミリを越えています.」などと、放射線と放射性物質の区別もろくについていないようなので、せいぜい「よく勉強した素人」レベルではないかと。
Posted by: 氷川 霧霞 | 2011.04.03 at 22:07
生活基盤のない場所へ疎開して収入が低下する場合,地元にとどまった場合のわずかな放射能による死亡率の上昇よりも大きな死亡率の上昇が見込まれる,という可能性も考えた方がいいと思う.生活環境の変化による影響は,放射能が影響する範囲よりもはるかに広いし.
Posted by: anon | 2011.04.03 at 22:31
この記事は大変分かりやすいと思います。
私は原爆が落とされた街に生まれましたが、私の両親世代はまさに今の福島のような状況下で生まれ育った世代です。
しかし私の街は風評被害もなんのその、観光都市へと姿を変えました。
小泉政権以降、福島以上に低い所得ですが、みんなそれなりに頑張ってます。
福島の方々も個人ブログにいちいち反応せずに、落ち着いていただきたい。
現実を受け入れない限り、先には進めないと思います。
Posted by: 冷静に | 2011.04.04 at 00:10
武田邦彦氏は次のような警告を発しておられますが、これに従い警戒すべきでしょうか。
原発 緊急情報(47) 汚染・6日に日本全土に拡がる怖れ - 武田邦彦 (中部大学) - BLOGOS(ブロゴス) - livedoor ニュース
http://news.livedoor.com/article/detail/5464191/
Posted by: ddd | 2011.04.04 at 00:32
冷静に、さん
福島の現状は、戦後のそれともチェルノブイリのそれとも違うことは
むしろ、冷静に考えれば分かるのでは。
あなたが仰るとおり一人ひとりが頑張る時なのです。
それには個人ブログも入ると思っております。
今まさに現実に苦悩している人たちを想い合って欲しいと
望むことはいけないのでしょうか?
Posted by: motowie | 2011.04.04 at 00:45
先の見えない状況がデスマーチに見えてしまうのはソフトウェア開発してるからでしょうか。
今後、どのような結末が想定されてそれぞれの選択肢が収束するまでどれぐらい(時間、コスト、人的影響)想定されるのか一覧表が見たいなと思いました。今は冷却機能回復→燃料回収というストーリーのように思いますが、石棺化して30キロ以内立ち入り禁止となる可能性も0ではない様な。今回の津波の可能性も0ではないが有りあえないとして置いておかれた結果これですのでその教訓を生かし、最悪のケースまで想定した方が良いんですよね。あと誰がどう判断して今のストーリーを実行しているのかも解りません。
余談ですが想定外の津波というのは原発に限った話ではなく津波による人的被害は現時点の原発のそれよりも大きい状況です。であれば原発だけでなく政府や地方自治体の防災体制も足りなかったと言及すべきでしょうか。悩んでます。
後は代替エネルギーですね。個人的には太陽熱のスターリングエンジン方式が一番かなと感じましたがどんな方式があるのかこれも一覧表があると良いと思います。
と何か「原発ダメよ」も確かにそうなんですが、過去をただすよりも前に進むための情報を発信して貰いたいです。
Posted by: ryu | 2011.04.04 at 05:49
4/1のブログはアレレ???と思いましたが、
このブログには賛成です。
Posted by: yasyas | 2011.04.04 at 06:26
起きる可能性が0ではない=きっと起きる。と言うマーフィーの法則になってませんか?
あと、ノイジーマジョリティが常に正しいとは限りませんよ。要は実害があるかどうかです。
代替手段もタイムラインと実現性が重要です。永遠に完成する事のないMSの新FSみたいなもんです。
Posted by: ステゴザウルス | 2011.04.04 at 07:09
いや、これは自然界に存在している放射線量が国により都市によりまちまちで低いところと高いところでは何倍何十倍と差があるわけで、福島をでて放射線から逃れたつもりが、移住先の西日本の都市で以前よりも多くの放射線を毎日浴びながら暮らすということにもなるわけです。
Posted by: ogayuki7 | 2011.04.06 at 18:00
ご自分は安全なシアトルにおられながらこういうことを書いてしまうと被災者の方がどう思うか、ということを考えずに書いてしまうところが、中島さんのいいところでもあり、悪いところでもあると思います。
Posted by: Nico_wall | 2011.04.09 at 09:14
ほかの方の意見の繰り返しになりますが、武田教授はへんな情報をたくさん発信し、読者を不安を煽って気を引いているように思います。間違った情報も多く発言しています。私はこの人の意見は参考にしません。「武田邦彦 トンデモ」とか、「武田邦彦 デマ」とかで検索するといろいろ出てくるようです。
それから福島県はかなり大きな県ですので、一括りに考えると福島県の人はとても悲しいと思います。
現実的に健康問題として最も心配すべきは空間内の放射線による外部被ばくよりも食物の汚染による内部被ばくだと思いますし。
>同じ放射線量でも、長い時間浴びているほど影響が大きい
これは放射線量ではなくて、放射線強度[~Sv/h]ではないでしょうか? 放射線量が同じであれば長い時間に分けて照射されたほうがDNAの自己修復が働くぶん影響は少ないと思います。
Posted by: aho | 2011.04.23 at 02:30