24 FUKUSHIMA:もしジャック・バウアーが川内村にいたら
勇気を持って、自分の心と直感が指し示す方向に進め

まだ完全には解明されていない低線量被曝

Blogosを見て気がついたのだが、池田信夫氏が武田邦彦氏にけんかを売っている(参照)。池田氏がこの手のけんかをしばしば仕掛けるのは良く知られたこと。トラフィックを稼ぐのには良いかも知れないが、他の人にはあまり真似をして欲しくない手法だ。

池氏の発言で一つだけ気になった点があったので指摘しておく。

(武田氏は)...(前略)...と書いているが、何を根拠に「ほとんど判っていない」などといっているのか。被曝と健康被害の関係については、不幸なことに広島・長崎の被爆者12万人のデータがあり、きわめてくわしく正確にわかっている。その被爆者の調査をした近藤宗平氏もいうように、100mSv以下の被爆者には統計的に有意な健康被害が出ていないのだ。

この「きわめてくわしく正確にわかっている」という表現は私の理解とは大きく異なっている。広島・長崎の被爆者のデータに関しては、米国が軍事秘密扱いしたこともあり、正確なデータがすべて公開されているとは言いがたい。その上、当時は爆発の瞬間の外部被曝ばかりに注意が注がれていたため、内部被曝や、長期的に低線量の被曝をした人たちに関する追跡調査が十分にされたとは言えない。

また「100mSv以下の被爆者には統計的に有意な健康被害が出ていない」という表現も、科学的には「100mSv以下の被爆者に健康被害が出たかどうかは、統計的にはどちらとも言えない」とした方がより正確である。だからこそ、「安全を見越して100mSv以下でも(しきい値なしに)被曝量に応じた健康被害があるという前提で住民を避難させるのが適切」という国際標準があるのである。

低線量の被曝の被曝や内部被曝に関しては、まだ解明されていないことが沢山あり、科学者たちの間でも意見が分かれているのだ。「きわめてくわしく正確にわかっている」という表現はここにはあてはまらない。

ちなみに、今回の事故のように、原子力発電所から放射性物質が漏洩した場合に、周辺の住民にどのくらいの被害が生じるかを予測するモデルは存在する(注:あくまでモデルなので、必ずしもその通りになるとは限らない)。詳しくは別のエントリーに書いたのでそこを参照していただきたいが、近隣住民の総被曝量(人・レム、person-rem)から、被曝が原因で晩発性の癌や白血病でなくなる人の数を予測する計算式だ。

たとえば、もし福島県に済む200万人全員が今年だけで(国が年間被曝量の上限と定めた)20ミリシーベルト(2レム)の放射線を(内部・外部被曝の両方をあわせて)浴びてしまったとすると、総被曝量は400万人・レムとなる。

このモデルによると100万人・レムあたり約400人が晩発性の癌や白血病で死亡すると予想されるので、その数式をあてはめると4倍の約1600人となる。

この200万人中1600人という数字を多いと見るか少ないと見るかは人によって違うだろうが、子供を抱える福島のお母さんたちに向けて「100ミリシーベルト以下なら健康に被害がない」と言い切ってしまうことは、あまりにも無責任だし誠実ではないと思う。

Comments

ちか

特に反論などではないのですが、広島に来てはじめて以下のような原爆に対する追跡調査の組織があることを知って衝撃を覚えたので一応参考までに。このような追跡調査が可能な題材(失礼・・・)が広島・長崎・チェルノブイリくらいしか無いのではないかという意味で、そのような研究が十分なされるということは無いのだろうと思ってます。

http://www.rerf.jp/index_j.html
http://www.rerf.or.jp/intro/establish/rerfhistj.pdf

Nao

いつも楽しく読ませていただいています。ただ、放射線関連は間違いが多く、僭越ながら訂正させていただきます。

被曝影響研究は原爆・原発事故関連のみではありません。
現在、工業・医療等の現場では数多くの放射線が使用されているため、その影響は詳細に調べられています。小動物実験からヒトに近い動物による実験、さらに放射線の使用現場、宇宙飛行士の宇宙船被曝から、臨床における医療被曝の追跡調査まで世界的に多くのサンプルデータが有り、それが解析され「100mSv以下では顕著な健康被害無し」という結論に至っています。もちろん、急性被曝、低線量被曝など線量率の違いによる影響の度合いも解ってきております。皆さんが心配される内部被曝についても、放射線内包療法や放射性薬剤投与による診断が1990年頃から世界的に盛んになって以来、その影響を正確に追跡調査されています。しかし、上記の結論を覆すようなデータは出てきておりません。

中島様は合衆国にご滞在かと思います。アメリカ合衆国では特に放射線治療ががん治療におけるファーストチョイスであることをご存じのはずです。診断・治療において数多くの放射線を使用されておりますが、放射線アレルギーの少ない合衆国では、それに異議は唱える人はとても少数派と聞いてます。しかし、彼らが受けるその放射線量は福島原発事故程度どころではありません。ご参考までに、若干大げさな値をあげますが、甲状腺がん診断においては約300MBqの131-Iを体内投与します。さらに、甲状腺がんの治療においては約7GBqの131-Iを体内投与します。この体内被曝のレベルは福島市内のレベルとは桁がいくつも違います。それでも顕著な健康被害は出ていません(治療時の投与量はもちろんリスクを負っております)。

もちろん、サイエンスですから最終的な正解があるわけではなく、現在もサンプルデータを日々追加しております。またこれは、サイエンスですから完全に「解明」されることは期待できません。ただ、データはあります。そのデータを取捨選択しどう解釈するかは、各研究者にゆだねられます。数多くの研究者が、様々な方法の検証を行い、議論を戦わせ、おそらくこれが正解だろうというモデルに徐々に収束していく、それが科学的に解明されているということです。意見が分かれていても、長い議論を経て少数になっていれば、その意見は“事実”としては採用されません。ごく稀に、その少数意見を示す新たなデータが発見され、だからこそ、それがニュースになるのです。

このような数多くのサンプルデータがあっても、その事実を元にした発言をしても、その手法は不誠実だとお考えでしょうか?
逆に妙な感情に流されて、不正確なモノの言い方をして不安をあおる方が、よほど不誠実だと私は考えます。

すみません。熱くなってしまいました。今は熱く議論する時期ではないと肝に銘じていたのですが…。

yumeno_tocyu

Naoさんの説明で、これまで素人的に持っていた現在の医学的な放射線の使用
に関する疑問が解けた気がします。

Good job (^!^)!

ホンマでっか?

百歩譲って池田信夫のほうが正論を言っていたとしても、誰が耳を傾けるだろうか?あの嫌われ者にw

Naoさんに質問です

Naoさんは、子どもの内部被曝について考慮されてこの発言をされてるのですか?
チェルノブイリで子どもたちが癌を発病し、また、奇形児の出産率が高くなったのはなぜだとお考えですか?

Naoさんへ

では、なぜ東京大学アイソトープ総合センター児玉龍彦教授はあのような訴えを行っているのでしょうか?

ぷるとん

>東京大学アイソトープ総合センター児玉龍彦教授

国会で、
「緊急に子どもの被曝を減少させるために、新しい法律を制定してください。」と訴えた人ですね(書き起こしはこちら↓)
ttp://blog.livedoor.jp/amenohimoharenohimo/archives/65754131.html

Naoさんの挙げている基準を子供に適用するのは「間違い」だと断言しているわけです。

ib

> しかし、彼らが受けるその放射線量は福島原発事故程度どころではありません。ご参考までに、若干大げさな値をあげますが、甲状腺がん診断においては約300MBqの131-Iを体内投与します。さらに、甲状腺がんの治療においては約7GBqの131-Iを体内投与します。この体内被曝のレベルは福島市内のレベルとは桁がいくつも違います。それでも顕著な健康被害は出ていません(治療時の投与量はもちろんリスクを負っております)。

これ、よく引き合いに出されますが、これでいくら追跡調査を行なっても健康な人のリスクを考える上で意味がありません。診断でポジティブだった場合は、(当然ですが)すでにがんにかかっています。診断でネガティブだった場合だけ追跡すれば良いと思うかもしれませんが、その場合も、擬陰性の問題等があり、適切なコントロールを取れないので、これを元に何かを判断するのは非常に難しいのです。

それから、

> 被曝影響研究は原爆・原発事故関連のみではありません。

とは言っても、研究の数が多ければ良いというわけではありません。0.1%の発がんを分析するためには、単純に考えて10000人レベルのサンプルが必要ですが、実際にはベースラインの発がんがあるので、もっともっと多くのサンプルが必要です。こういった研究は今のところないので、「分かっていない」のです。

「いろいろ研究があるけど、今のところ分かっていない」→「影響はない」は、疫学や統計学に対してあまりにも無知な結論です。

> このような数多くのサンプルデータがあっても、その事実を元にした発言をしても、その手法は不誠実だとお考えでしょうか?

数多くのサンプルデータがあって、それによる結論が「分からない」のです。
そして、異論はあるものの、これが科学者に広く認められた見解です。
naoさんの独自の見解を提示するのは良いと思いますが、
あたかもそれが、科学的に広く認められたものであるかのような言い方をするのは
あまりにも不誠実ではないかと思います。

Nao

皆様、ご意見ありがとうございます。

私も子供達を始め福島の方々の被曝を軽減するための尽力すべきと考えている一人で、実際の活動を通じてそれを実行している者です。ですので、どなたかのご意見を間違っているという気はありません。

ただ、データがない、というのは間違いであって、科学的検証に耐えうる実データは多く存在します。

>Naoさんに質問です
こんにちは。子供の各アイソトープの差異による感受性、放射性核種の半減期を含め体内半減期などを私なりに考慮して、発言しています。チェルノブイリにおけるヨウ素由来のがんの発生数は、被曝量、生活習慣、治療実績などが整理されておりますので、今後もそれらを踏まえた上で注視すべきかと思います。セシウム由来の大きな被害は私は把握できません。さらに、奇形児の出産率が増加したという明確のエビデンスは存じません。メディアによる報道ではなく、科学的雑誌の文献(実績のある編集者が責任を持ち、最低2名以上の査読者から評価を受け、出版後その他の代表的な文献によって参照されているものに限る)ではそのようなデータは見かけないのです。ですので、科学者としての私は、奇形児の出産率が増えたとは認識していません。
それよりも、風説により、奇形児の出産を恐れ、必要がないにもかかわらず、中絶により多くの命が絶たれたことの方が問題だと思います。

>Naoさんへ、ぷるとん、
こんにちは。私にもなぜ児玉先生が、そのような場で熱く語られたかは解りません。児玉先生個人の信念かと思います。
ただ、児玉先生は遺伝学においてすばらしい業績を残されている方ですが、放射線を利用した医学研究に関しての実績はゼロに等しく、放射線を利用した現場で研究したことはない方、と認識しています。おなじ東京大学でも児玉先生のご意見に肯定的な方もいらっしゃれば、否定的な方もいらっしゃります。特に生命科学系の日頃アイソトープを利用されている先生方は反対のご意見を持ってらっしゃる方が多くいらっしゃいます。もちろん、放射線のリスクを知ってのことですから、それを軽減させるべきと言う意見は同じです。程度の問題ですので。

私が挙げた医療の診断・治療における基準もですが、もちろん小児にはさらに安全の幅を持たせた投与基準があります。それでも、数MBq、数GBqの放射性薬剤の計画的な投与は実際に行われ、それによる健康被害はほぼ見られない、というサンプルデータがあることは間違いありません。
これで、お答えになったでしょうか。


こどもが外を出歩くことは、交通事故などを考えるとかなりのリスクを伴いますが、私は子供たちにそれを禁止していません。私にはもっと子供たちの世代のためにやらなければならないことがあると考える者です。福島における必要な避難や除染、補償はされるべきです。しかし、必要以上の国家予算をこの問題にかけ、その他の部分を疲弊させることは、子供達の代に大きな禍根を残すと思います。エビデンスに基づいた、科学的な、冷静な議論が今必要なのではないでしょうか。
乱筆失礼しました。

Naoさんへ

つまり現時点で
「100mSv以下では顕著な健康被害無し」
ということが関係化学者の間でオーソライズされた到達点である
という認識でよろしいのでしょうか?

Naoさんへ

科学者の文字が違ってました。すみません。
ついでに補足しますが、私自身は上記のようには考えておりません。

パロアルト

naoさんへ

>こどもが外を出歩くことは、交通事故などを考えるとかなりのリスクを伴いますが、私は子供たちにそれを禁止していません。


このズレた確率論を引き合いに出してくる人、未だにいるんですか・・

>逆に妙な感情に流されて、不正確なモノの言い方をして不安をあおる方が、よほど不誠実だと私は考えます。

こういう言い様が他者の不信感を刺激することに気づけない鈍感さが、今問題化されているのをご存じないのですか?これはコミュ力の問題です。

下も同様ですよ

>すみません。熱くなってしまいました。今は熱く議論する時期ではないと肝に銘じていたのですが…。

結局、自分は「冷静で論理的に話している」と言う人でも、他者に対する不用意な揶揄を忍び込ませてしまう。忍び込ませずにはいられないあなたも感情的になっているということに気づけない。

ib

> ただ、データがない、というのは間違いであって、科学的検証に耐えうる実データは多く存在します。

実は似たようなことを言う人は、
他のブログのコメント欄でも見つけました。
その人も科学者を名乗っていました。

ただ、公的機関の発表はもとより、
ブログにさえも、これに当てはまるデータはありません。
したがって、今のところ私としては、「風説」の類であると考えざるをえないのです。
そうじゃないと言うなら、一つで良いので例示していただけないでしょうか。

また、もし、100mSvで「科学的検証に耐えるうるデータ」があるなら、
何mSvまでならあるのか、10mSvか?1mSvか、ぜひ、その数字を教えてください。
まさか、0mSvということはありませんよね。
疫学の基本的な知識があれば、
そんな言い方ができないということは分かると思います。

> ただ、児玉先生は遺伝学においてすばらしい業績を残されている方ですが、放射線を利用した医学研究に関しての実績はゼロに等しく、

これは立場が分かれるところだと思いますが、
一般人の放射線のリスクを見積もるのに、
「放射線を利用した医学研究」の実績があるかどうかは関係ありませんよね。
「放射線を利用した医学研究」は、診断にせよ治療にせよ、高リスク群を対象にした研究であり、
そうした研究をしている人は、
通常の被曝の研究と無関係である一方、
不必要な安全バイアスを持っている可能性が高いと思います。
東電に原発の安全性を聞くようなもので、
コンサルトするのが適切な相手ではないでしょう。
放射線と関係なくても、疫学研究の実績が豊富であることの方が重要です。

Nao

>ib さん
こんにちは。
ヒトのサンプルデータに加えて、小動物から大動物の実験データを元に出てきている評価値です。
また、「分かっていない」のではありません。「約100mSvより低い線量では放射線ががんを引き起こすという科学的証拠は無い」ということが解っているのです(もちろん反証不可ではありません。「Naoさんへ」さんがおっしゃられるように、現時点で他の論文で最も参照される結論です。)。深い議論は掲示板では無理かと思います。ただ、この根拠を元にした放射線内部被曝を伴った診断プロトコルや策定治療計画が世界中で20年以上続けられ、大きな問題にはならず、多くの命を救ってきた事実があります。

100mSvの急性被曝においてのみデータがあります。低線量では1/3の影響です。

放射線影響学、放射線防護学、放射線医学のはしくれの立場でお話しさせていただきました。申し訳ありませんが疫学研究に関して、私は単なるユーザーであり素人です。今後、疫学調査に耐えうるデータ量を得るため引き続き注視すべき点は特に同意します。その上で、日本疫学会の公式見解も「低線量の放射線被曝では放射線によってがんやがん以外の疾患リスクが増加することを明確に示す証拠は無し」だったと記憶しています。

>パロアルト さん
このような内容を掲示板に書き込む時点で、恥ずべき感情的な行動だということ自省しています。これからも自治体の要請で被災地で公演する機会が多いのですが、冷静に事実を伝えるよう肝に銘じるつもりです。ズレた確率論かもしれませんが、「どの程度にリスクを負うことなのか」を真剣に知りたい聞き手の多くの方々には、大変ご好評をいただいています。よって問題化されていることに気がついていません。よろしければ教えてください。

以上です。

今日という日は、中島様には我々が失ってしまった「素晴らしい人物」について、もっと語っていただきたいと思います。

a6m5

同じく池田氏のその点には引っかかりました。原爆で症状のある被曝された方は高線量(投下日の市内は推定200mSV/h翌日以降100mSV/hだとか)ではないでしょうか?自分が被曝したかどうか気付かない人(症状がないので医師に診てもらわなかった人や放射性物質が風に流されて降ったであろう近県在住者)の低線量のデータまであるのだろうか?と疑問に思いました。せいぜい近県で癌の発症率が急上昇した地域があるという事例がないということぐらい。
このモデル計算もあくまで予測ですし、naoさんのサンプルデータも100%確証に足ると言えないのでは?だからと言って「100mSV以下なら健康に被害がない」と言い切ることは出来ません。しきい値は医学的に個人差があるのではっきりさせられないという意見(札幌医科大)もあったし、入市被曝した軍医が同じ場所で救護していて3日で発症して亡くなるケースとそうでないケースがあるとか。要するに「極めて詳しく正確に分かっている」というのはおかしいということです。
しかし、武田氏は支持しない。テレビでの発言では「取り消しません、正しいんですから」「文句は東電に言ってください」と持論(科学的根拠)に対する反論を“正しいから”で終わらせたり、自分の発言に責任すら持たない。『「被曝と人体」についてはほとんど判っていないので、学問で決めることは出来ず学者や医師は発言を控える必要がある』と言いながらテレビやブログで発言しているという矛盾。本物の学者なら日々研究に忙しくてチャラチャラした番組に出ている暇などないはず、こういう学者に振り回されてはならない。いたずらに不安を煽っているだけで集団パニックを引き起こすだけ。一関市長への回答で「子供を守りたい」とか「環境が元に戻ることを希望する」とか言うなら小出氏のように学者として政府の除染作業について協力するくらいであってほしい。

a6m5

小出氏×→児玉氏○失礼しました。

ソラリスト

Naoさんは根拠として引いておられるデータ元とその内容を明示すべきでしょう。
私は業界に縁ある人物です、と匂わせるのは結構ですがどこで検証された
データか示さずにいっても、全く科学的な議論になるわけがないでしょう。掲示板というのを逃げ口上にしてますがいくらでも書けるシステムです。
書けないのは単にnaoさんの事情でしょう。

ソラリスト

Naoさんは根拠として引いておられるデータ元とその内容を明示すべきでしょう。
私は業界に縁ある人物です、と匂わせるのは結構ですがどこで検証された
データか示さずにいっても、全く科学的な議論になるわけがないでしょう。掲示板というのを逃げ口上にしてますがいくらでも書けるシステムです。
書けないのは単にnaoさんの事情でしょう。

ソラリスト

Naoさんは根拠として引いておられるデータ元とその内容を明示すべきでしょう。
私は業界に縁ある人物です、と匂わせるのは結構ですがどこで検証された
データか示さずにいっても、全く科学的な議論になるわけがないでしょう。掲示板というのを逃げ口上にしてますがいくらでも書けるシステムです。
書けないのは単にnaoさんの事情でしょう。

Naoさんへ

Naoさんの見解にどうも納得がいきません。
ならば低線量被曝に対する危険性を訴え続けている科学者たちは
まったく見当違いなことをしているということになります。
かれらはそのような「科学者たちの到達点」を知らないということなのですか?そうは思えないのですよ。
放射線医学の専門化や小児科の方々は本当にみなこのように考えているのでしょうか。
私は科学者でもなんてもないただの凡人ですが
ちょっと失礼な言い方かもしれないが医学界という「組織」に以前よりうさんくささを感じています。

ソラリスト

連投になってしまいましたようで失礼いたしました

パロアルト

naoさんの最初の投稿
>エビデンスに基づいた、科学的な、冷静な議論が今必要なのではないでしょうか。

naoさんの二番目の投稿
>このような内容を掲示板に書き込む時点で、恥ずべき感情的な行動だということ自省しています


なるほど。
感情的になって人々に「論理的に考えろ!」とおっしゃってるわけですね。それと

>今日という日は、中島様には我々が失ってしまった「素晴らしい人物」について、もっと語っていただきたいと思います。

他人がブログ主に向かってどうこう言うことじゃないです。落ち着いて。

N.Shimizu

武田氏の主張はともかく、警告には耳を傾け、事の是非を自分で判断したいと思います。
池田氏の主張は、自分の考えに都合の良い証拠のみを列挙して、主張を展開しており、もしかしたらそうかもと思わせますが、ロジックが雑なので、胡散臭さが抜けません。
議論を始める為の仕掛けなら許容できますが、反論されると人格を攻撃するので、お粗末な限りです
そんな人でも、一定の影響力はあるようで、困ったもの。この手の輩は放置すべきと思います。

ib

naoさんのおしゃっていることがやっと分かりました

> 約100mSvより低い線量では放射線ががんを引き起こすという科学的証拠は無い

> 「低線量の放射線被曝では放射線によってがんやがん以外の疾患リスクが増加することを明確に示す証拠は無し」

これには私も同意です。
ブログ主さんがおっしゃっていることとも表現が違うだけで同じことです。
これが科学的、客観的な記述なのです。

これを元に、naoさんや池田氏は、「いろいろ調べて分かっていないのだから、影響がないに違いない」と
考えるのでしょう。
しかし、これは、疫学や統計学の知識から言うと、
全く非常識なのです。

おそらく、皆さんの追求に答えられなくなり、退散したのでしょうが、
あまり無責任なことを言うのは謹んだ方が良いのではないかと思います。

yumeno_tocyu

あることの証明は簡単ですが、ないことの証明は難しいと言うことでしょうかね。なんだか禅問答のようですね。

>おそらく、皆さんの追求に答えられなくなり、退散したのでしょうが、
>あまり無責任なことを言うのは謹んだ方が良いのではないかと思います。

人様のブログでこういう発言こそ慎むべきだと思います。
拝見したところNaoさんは誠実に対応していらっしょると思いますよ。

ib

> あることの証明は簡単ですが、ないことの証明は難しいと言うことでしょうかね。なんだか禅問答のようですね。

禅問答のようだというのはおもしろい話ですが、
このあたりの議論は統計学の初歩の初歩でやることです。
これを知らないで、「影響がある」「影響がない」といった科学的評価はできないんです。
興味があれば、対立仮説、有意水準、検出力といった用語を調べられると良いと思います。

> 拝見したところNaoさんは誠実に対応していらっしょると思いますよ。

たしかに、naoさんは人を騙す目的で意図的に間違えているというより、
本気で理解していなかったのではないかという気がします。
ですので、naoさんの当初のスタンスは誠実だったかもしれませんが、
答えられなくなって退散するスタンスは、
無責任と非難されても仕方ないでしょう。

Nao

ここは科学的議論を行う場では無いでしょう。公開された関連の誌上、学会、国際会議などでご意見を発していただいた方がより健全です。

「約100mSvより低い線量では放射線ががんを引き起こすという科学的証拠は無い」という立脚点に立ち、適切な体内被曝量を算出し放射性薬剤の投与を行っています。この世界中で行われている医療は、これまでに問題になったことはありませんし、現在も粛々と実施されており多くの命を救っています。これは事実です。これを非常識と言われては、私は反論する術を持っておりません。
私は研究を遂行することで、評価を受ける人生を送っておりますが、100%の確証というのは最先端の科学では無理な話です。例えば素粒子の学会では確率99.9999%の確認で「発見」と認定されます。私は先人達が行ってきた上記の立脚点による、放射線の利用を指示しています。

私が国民の皆様から期待され、震災・原発被害に対してできることはこの場で議論を続けることでは無く、自身の知見を元に対策指針を究明することです。ですので、早急な返信はできかねます。すみません。この場がそれにふさわしいか分かりませんが、退散はいたしませんので、少しずつであればご返答できます。

Naoさんに質問

Naoさん
ご回答ありがとうございました。
Naoさんはチェルノブイリで起きている実態をご存知ですか?
病床にいる子どもたち、ご覧になったことあります?
チェルノブイリを取材したドキュメンタリー、たくさんあるので、是非観てみてください。
「チェルノブイリ・ハート」という作品は菅前首相もご覧になったとか。
だからなんだと言う感じですが。

それと、
> メディアによる報道ではなく、科学的雑誌の文献(実績のある編集者が責任を持ち、最低2名以上の査読者から評価を受け、出版後その他の代表的な文献によって参照されているものに限る)ではそのようなデータは見かけないのです。
とのこと。
5000以上の論文を基に書かれたチェルノブイリ報告書があります。
http://www.strahlentelex.de/Yablokov%20Chernobyl%20book.pdf(原文)
もうすぐ岩波書店から翻訳本が出ると思うので、そちらに是非目を通していただければと思います。

そして、
> それよりも、風説により、奇形児の出産を恐れ、必要がないにもかかわらず、中絶により多くの命が絶たれたことの方が問題だと思います。
と、おっしゃってますが、これは、当時のソ連政府により事故の実態が正確に市民に開示されなかったことによって引き起こされた悲劇だと私は思ってます。
多くの命を絶たせたのは誰ですか?
政府の隠蔽体質の方がよっぽど問題ではないでしょうか。
現在の日本政府然り。

Naoさんに質問

Naoさん
ご回答ありがとうございました!
ところでNaoさんは、チェルノブイリの実態をご覧になったことがありますか?
チェルノブイリを取材したドキュメンタリー映像、いろいろとありますので是非一度ご覧になってください。
「チェルノブイリ・ハート」という作品は、管前首相も鑑賞されたとか。
だからどうしたという感じですが。

それと、
> メディアによる報道ではなく、科学的雑誌の文献(実績のある編集者が責任を持ち、最低2名以上の査読者から評価を受け、出版後その他の代表的な文献によって参照されているものに限る)ではそのようなデータは見かけないのです。

→とのこと。
5000以上の論文を基にしたチェルノブイリ報告書があります。
http://www.strahlentelex.de/Yablokov%20Chernobyl%20book.pdf (原文)
もうじき、岩波書店から翻訳本が出版されると思いますので、そちらにも是非一度目を通していただければと思います。

また、
> それよりも、風説により、奇形児の出産を恐れ、必要がないにもかかわらず、中絶により多くの命が絶たれたことの方が問題だと思います。

→と、おっしゃいますが、これは、当時のソ連政府が事故後の実態を正確に市民に開示しなかったことによる悲劇だったと私は思います。
多くの命を絶たせたのは誰ですか?
政府の隠蔽体質の方がよっぽど問題だと思うのです。
現在の日本政府然り。

パロアルト

yumeno_tocyu さん

>今日という日は、中島様には我々が失ってしまった「素晴らしい>人物」について、もっと語っていただきたいと思います。

>おそらく、皆さんの追求に答えられなくなり、退散したのでしょうが、
>あまり無責任なことを言うのは謹んだ方が良いのではないかと思います。

両者あまり違いがないと思いますね。

yumeno_tocyuさんへ

>あることの証明は簡単ですが、ないことの証明は難しい

この場合は逆な気がします。
医学的にも疫学的にも放射線が人体に与える影響についての研究は
大変時間も手間もかかることですから。
だからこそいつもこのような議論になってしまうということではないかと思います。
つまり某氏の「きわめてくわしく正確にわかっている」という表現は違うのではないかといことです。

do the Z

たとえば1967年の雑誌「暮らしの手帖」92号では こどものガンという特集記事があり、医師の見解になるが大気における放射性物質と子供の白血病の因果関係があるという。
個人的な見解を言えば、きちんと調べていないというか、お金を(例えば政府が)かけて調べれば「ある程度」見えてくるのではないかと思うが、調べない→結果が出ない→ないことになる という典型ではないだろうか。
原発周辺での白血病患者の件も、メディアをはじめどこも取り上げないわけだが、取り上げないから「ない」のだろうか。

Nao

100%無いことも、有ることも先端科学では非常に難しいことですね。例えですが、素粒子の場合、確率99.9999%の確認で「発見」と認定されますが、99.99%程度でも誌上で発表されることもあるそうです。

科学的議論をが必要な場合は、公開された関連誌上もしくは、学会、国際会議などでご意見を発する方がより健全で、意義があります。ここでデータを開示して、解析しながら議論するというのは無理があることをご理解ください。データ元内容は検索などしていただければ十分に拾っていけます。簡便にGoogleScholarをご利用ください。

発散してはいけませんので、私の発言の焦点は以下です。
「約100mSvより低い線量では放射線ががんを引き起こすという科学的証拠は無い」という立脚点に立ち、その上で最適体内被曝量を算出し、放射性薬剤の投与を行います。この世界中で行われている医療は、これまでに問題になったことはありませんし、現在も粛々と実施されており多くの命を救っています。その他の安全を類推する被曝量の見積もりもすべてここが立脚点で、さらに安全係数をかけたりが各自の判断で行われています。これは事実です。
数々の検証された研究成果をもとに導き出された結論による了解事項で、これを覆すのは非常に難しいことだと思います。

震災・原発被害に対して私ができることは、自身の知見を元に対策指針を究明することです。よって早急な返信はできかねます。すみません。この場がそれにふさわしいか分かりませんが、米国東海岸および日本における放射線医療の研究現場の感覚を、私が知る限りお伝えすることはできます。
また、いただいたご意見も今後の現地での講演活動などに十分に反映していきたいと思います。感謝です。

Yoshi

低線量被曝の健康に対する影響を理解するモデルとして、一般的に支持されているのはLNTモデルでしょう。
ICRP Publication 99では、被爆者のデータをもとに100 mGy以下でリスクは統計的に不安定としています。
とはいえ、同時に1 mGyレベルの小さなリスクを統計的なデータから拾い上げることが困難であるために、リスクを見逃している可能性があるとして、ゼロリスクとはしていません。
(生活習慣や喫煙、ストレス等の影響で隠れてしまうのであれば、ゼロリスクと同じという考え方もあるかと思います。)

このLNT仮説を安全側に寄り過ぎていると指摘している人々、団体(ECRRなど)もおりますが、逆に危険視しすぎているという指摘もあります。
例えば、2005年に発表されたフランス科学アカデミー・医学アカデミー共同報告があります。
Aurengo, A. et al. Dose–effect relationships and estimation of the carcinogenic effects of low doses of ionizing radiation. (Académie des Sciences - Académie nationale de Médecine: Institut de France Académie des Sciences, 2005).at

詳細は論文を参照していただくとして、簡単にかいつまんで説明しますと、LNTモデルは影響を単純化し過ぎていると言っています。
抗酸化機能、DNA 修復能、アポトーシス、免疫機能等が低線量域(0.1mGyから20mGy程度)では有効に働き、高線量域ではそれが失われると考えるのが自然であろうから、発がんの線量反応関係の傾きは、はじめ緩やかで(ゼロに近く)やがて急になると考えるのが生物学的に合理的だと指摘しています。

ちなみに。ICRPにしても、BEIRにしても、フランス科学アカデミーにしても、疫学のデータは原爆、事故による被ばく者、職業被ばく集団、医療被ばく集団のデータが使われています。
(ECRRはわかりません。科学的批判に耐えられるものを出しているとも言えません。)

たしかに点を突くような正確なリスクは「解明されていません」が、おおよそのリスクの程度は把握できているのではないでしょうか。

ですので、私としては、「100mSv以下の被爆者に健康被害が出たかどうかは、統計的にはどちらとも言えない」というよりも、「100mSv以下の被爆者に健康被害が出たかどうかは、他の影響に隠れてしまうほど低リスクなので、統計的にはっきりとしたことが言えない」とした方が正確だと思います。

Yoshi

低線量被曝の健康に対する影響を理解するモデルとして、一般的に支持されているのはLNTモデルでしょう。
ICRP Publication 99では、被爆者のデータをもとに100 mGy以下でリスクは統計的に不安定としています。
とはいえ、同時に1 mGyレベルの小さなリスクを統計的なデータから拾い上げることが困難であるために、リスクを見逃している可能性があるとして、ゼロリスクとはしていません。
(生活習慣や喫煙、ストレス等の影響で隠れてしまうのであれば、ゼロリスクと同じという考え方もあるかと思います。)

このLNT仮説を安全側に寄り過ぎていると指摘している人々、団体(ECRRなど)もおりますが、逆に危険視しすぎているという指摘もあります。
例えば、2005年に発表されたフランス科学アカデミー・医学アカデミー共同報告があります。
Aurengo, A. et al. Dose–effect relationships and estimation of the carcinogenic effects of low doses of ionizing radiation. (Académie des Sciences - Académie nationale de Médecine: Institut de France Académie des Sciences, 2005).at

詳細は論文を参照していただくとして、簡単にかいつまんで説明しますと、LNTモデルは影響を単純化し過ぎていると言っています。
抗酸化機能、DNA 修復能、アポトーシス、免疫機能等が低線量域(0.1mGyから20mGy程度)では有効に働き、高線量域ではそれが失われると考えるのが自然であろうから、発がんの線量反応関係の傾きは、はじめ緩やかで(ゼロに近く)やがて急になると考えるのが生物学的に合理的だと指摘しています。

ちなみに。ICRPにしても、BEIRにしても、フランス科学アカデミーにしても、疫学のデータは原爆、事故による被ばく者、職業被ばく集団、医療被ばく集団のデータが使われています。
(ECRRはわかりません。科学的批判に耐えられるものを出しているとも言えません。)

たしかに点を突くような正確なリスクは「解明されていません」が、おおよそのリスクの程度は把握できているのではないでしょうか。

ですので、私としては、「100mSv以下の被爆者に健康被害が出たかどうかは、統計的にはどちらとも言えない」というよりも、「100mSv以下の被爆者に健康被害が出たかどうかは、他の影響に隠れてしまうほど低リスクなので、統計的にはっきりとしたことが言えない」とした方が正確だと思います。

Nao

100%無いことも、有ることも先端科学では非常に難しいことですね。例えですが、素粒子の場合、確率99.9999%の確認で「発見」と認定されますが、99.99%程度でも誌上で発表されることもあるそうです。

科学的議論をが必要な場合は、公開された関連誌上もしくは、学会、国際会議などでご意見を発する方がより健全で、意義があります。ここでデータを開示して、解析しながら議論するというのは無理があることをご理解ください。データ元内容は検索などしていただければ十分に拾っていけます。簡便にGoogleScholarをご利用ください。

発散させてはならないと思いますので、私の発言の焦点は以下です。
「約100mSvより低い線量では放射線ががんを引き起こすという科学的証拠は無い」という立脚点に立ち、その上で最適体内被曝量を算出し、放射性薬剤の投与を行います。この世界中で行われている医療は、これまでに問題になったことはありませんし、現在も粛々と実施されており多くの命を救っています。その他の安全を類推する被曝量の見積もりもすべてここが立脚点で、さらに安全係数をかけたりが各自の判断で行われています。これは事実です。
数々の検証された研究成果をもとに導き出された結論による了解事項で、これを覆すのは非常に難しいことだと思います。

震災・原発被害に対して私ができることは、自身の知見を元に対策指針を究明することです。よって早急な返信はできかねます。すみません。この場がそれにふさわしいか分かりませんが、米国東海岸および日本における放射線医療の研究現場の感覚を、私が知る限りお伝えすることはできます。
また、いただいたご意見も今後の現地での講演活動などに十分に反映していきたいと思います。感謝です。

Nao

100%無いことも、有ることも先端科学では非常に難しいことですね。例えですが、素粒子の場合、確率99.9999%の確認で「発見」と認定されますが、99.99%程度でも誌上で発表されることもあるそうです。

科学的議論をが必要な場合は、公開された関連誌上もしくは、学会、国際会議などでご意見を発する方がより健全で、意義があります。ここでデータを開示して、解析しながら議論するというのは無理があることをご理解ください。データ元内容は検索などしていただければ十分に拾っていけます。簡便にGoogleScholarをご利用ください。

発散してはいけませんので、私の発言の焦点は以下です。
「約100mSvより低い線量では放射線ががんを引き起こすという科学的証拠は無い」という立脚点に立ち、その上で最適体内被曝量を算出し、放射性薬剤の投与を行います。この世界中で行われている医療は、これまでに問題になったことはありませんし、現在も粛々と実施されており多くの命を救っています。その他の安全を類推する被曝量の見積もりもすべてここが立脚点で、さらに安全係数をかけたりが各自の判断で行われています。これは事実です。
数々の検証された研究成果をもとに導き出された結論による了解事項で、これを覆すのは非常に難しいことだと思います。

震災・原発被害に対して私ができることは、自身の知見を元に対策指針を究明することです。よって早急な返信はできかねます。すみません。この場がそれにふさわしいか分かりませんが、米国東海岸および日本における放射線医療の研究現場の感覚を、私が知る限りお伝えすることはできます。
また、いただいたご意見も今後の現地での講演活動などに十分に反映していきたいと思います。感謝です。

Nao

100%無いことも、有ることも先端科学では非常に難しいことですね。例えですが、素粒子の場合、確率99.9999%の確認で「発見」と認定されますが、99.99%程度でも誌上で発表されることもあるそうです。

科学的議論をが必要な場合は、公開された関連誌上もしくは、学会、国際会議などでご意見を発する方がより健全で、意義があります。ここでデータを開示して、解析しながら議論するというのは無理があることをご理解ください。データ元内容は検索などしていただければ十分に拾っていけます。簡便にGoogleScholarをご利用ください。

発散してはいけませんので、私の発言の焦点は以下です。
「約100mSvより低い線量では放射線ががんを引き起こすという科学的証拠は無い」という立脚点に立ち、その上で最適体内被曝量を算出し、放射性薬剤の投与を行います。この世界中で行われている医療は、これまでに問題になったことはありませんし、現在も粛々と実施されており多くの命を救っています。その他の安全を類推する被曝量の見積もりもすべてここが立脚点で、さらに安全係数をかけたりが各自の判断で行われています。これは事実です。
数々の検証された研究成果をもとに導き出された結論による了解事項で、これを覆すのは非常に難しいことだと思います。

震災・原発被害に対して私ができることは、自身の知見を元に対策指針を究明することです。よって早急な返信はできかねます。すみません。この場がそれにふさわしいか分かりませんが、米国東海岸および日本における放射線医療の研究現場の感覚を、私が知る限りお伝えすることはできます。
また、いただいたご意見も今後の現地での講演活動などに十分に反映していきたいと思います。感謝です。

Nao

100%無いことも、有ることも先端科学では非常に難しいことですね。例えですが、素粒子の場合、確率99.9999%の確認で「発見」と認定されますが、99.99%程度でも誌上で発表されることもあるそうです。

科学的議論をが必要な場合は、公開された関連誌上もしくは、学会、国際会議などでご意見を発する方がより健全で、意義があります。ここでデータを開示して、解析しながら議論するというのは無理があることをご理解ください。データ元内容は検索などしていただければ十分に拾っていけます。簡便にGoogleScholarをご利用ください。

発散してはいけませんので、私の発言の焦点は以下です。
「約100mSvより低い線量では放射線ががんを引き起こすという科学的証拠は無い」という立脚点に立ち、その上で最適体内被曝量を算出し、放射性薬剤の投与を行います。この世界中で行われている医療は、これまでに問題になったことはありませんし、現在も粛々と実施されており多くの命を救っています。その他の安全を類推する被曝量の見積もりもすべてここが立脚点で、さらに安全係数をかけたりが各自の判断で行われています。これは事実です。
数々の検証された研究成果をもとに導き出された結論による了解事項で、これを覆すのは非常に難しいことだと思います。

震災・原発被害に対して私ができることは、自身の知見を元に対策指針を究明することです。よって早急な返信はできかねます。すみません。この場がそれにふさわしいか分かりませんが、米国東海岸および日本における放射線医療の研究現場の感覚を、私が知る限りお伝えすることはできます。
また、いただいたご意見も今後の現地での講演活動などに十分に反映していきたいと思います。感謝です。

aki

>>ib ソラリスト
ICRPとかのページで勉強してみては?
誰かに何かを求めるならまず対等の立場になって勉強しておく方が
議論が素晴らしいものになると思います。
相手を論破したら何かが良くなるとかそういう勝負じゃないのでね。

相手を侮辱するような言動は慎むべきです。恥ずかしい。

aki

>>ib ソラリスト
ICRPとかのページで勉強してみては?
誰かに何かを求めるならまず対等の立場になって勉強しておく方が
議論が素晴らしいものになると思います。
相手を論破したら何かが良くなるとかそういう勝負じゃないのでね。

相手を侮辱するような言動は慎むべきです。恥ずかしい。

バロアルト

>>こどもが外を出歩くことは、交通事故などを考えるとかなりのリスクを伴いますが、私は子供たちにそれを禁止していません。


>このズレた確率論を引き合いに出してくる人、未だにいるんですか・・


どこがずれているだろう。

放射線による癌での死と交通事故での死では、違うというのだろうか。

ずれたところ教えてもらいたものです。


seven


低線量被曝については、「本当のところはよくわかっていない」
「学界の中でも意見は割れている」のであって、「100msv以下
では健康に被害がないことが判明している」わけではないのは
事実です。 そして「なぜ今までの(人によっては豊富にあると
言う)データでもはっきりしたことが言えないか」について、
以下の東工大の助教授の方が述べておられる文書が参考に
なると思います。 (第3節。)

http://smc-japan.org/?p=2026


また、池田氏に関しては、まともに相手にする人間ではないのは
明らかです。 武田氏に関する10月5日の文章の書き出しでも、
「どっちの専門家でもない人々のでたらめな話」とありますが、
これは池田氏ご本人に最もよくあてはまる言葉です。

ponta

Nao さんは言葉の表現がまずいですよ。
 「顕著な被害はない」
 というふうに語るときには、
 「顕著でない被害はあるかもしれない」
 というふうに、同時に併記するべきです。

 「顕著な被害はない」
 とだけ強く語ると、
 「被害はまったくない」
 というふうに語るような印象があります。

 その意味では、本サイトのブログ主の主張の方が妥当です。つまり、「よくわかっていない」のです。「小さな被害はあるかもしれない。あるということは十分に考えられる」ということです。
 ただ、その小さなものを、ことさら過大視するのも問題ですが。
 


keiko

池田氏はマンハッタン計画に参加した核物理学者John Gofman博士の事を知らないようだ。原爆開発後、彼は医学の道に進み多大の業績を上げ、米国原子力委員会より被曝の影響の調査を依頼される。Gofmanの調査結果は委員会の期待を裏切り従来の学説より20倍の悪影響を受けるというものであった。数々の嫌がらせを受けるがひるまず反原発と放射線の危険の啓蒙に余生を捧げる。医学者としての輝かしい業績はwikipedia(英文)に記載されている(和文のwikiもあるが詳しくない)。

閾値やホルミシス説は明確に否定している。池田氏が度々取り上げる人体の自然修復機能についても修復されるのは50-90%であり残りの10-50%が悪さをするのだと指摘する。詳細はhttp://www.ratical.org/radiation/CNR/synapse.html

池田氏は癌の事しか言及しないが、放射線の影響は白内障、心臓病、不妊、胎児の低知能等、多岐に亘ることをしらないのか。反原発、NLT説を支持する人達を左翼と一括りにするがGofmanは自らをlibetarianと称している。ヤブコフ博士等の「チェルノブイリ大惨事の影響と人々のその後の影響」という報告書はGofmanの説を裏付けるものだが2009年にニューヨーク州の科学アカデミーの紀要として出版されている。The Newyork Academy of Scienceも信用できぬ左翼団体なのか。

池田氏が原発推進、放射能安全派を宣言してから、彼のブログやアゴラのコメント欄で反論は拒否される様になった。その後のコメントをみれば太鼓持ちばかりで読者のレベルが大幅に下がった事がわかる。原発や医学は門外漢にも関わらず一知半解、反論には一切耳を貸さず、自信満々に断定的に述べる記事は池田氏の人格的欠陥を示すものだろう。

Yoshio

●管理人である中島氏が,「池田信夫氏が武田邦彦氏にけんかを売っている」とコメントしている。しかし,池田氏のエントリーを読んでみたが,どう読んでも「けんかを売っている」ようには解釈できない。何かしらの意図があって,このようなキャッチー(catchy)な表現を使っているのかもしれないが,単なる “批判” を「けんかを売っている」などと解釈する態度は,独白しか出来ない,典型的な日本人のそれを見せられているようで,気鬱になった。

 【このことを端的に示しているのが,N.Shimizu(1)氏のコメントである。彼は,「武田氏の主張には耳を傾け,事の是非を自分で判断したいと思うが,池田氏の主張は,論理が雑であり,その根拠が明確ではないので,是認に至らない。また,池田氏は,反論されると人格を攻撃するという言動をとる」との趣旨のコメントをする。しかし,武田氏の主張に耳を傾け,事の是非を自分で判断するならば,池田氏の主張であれ,誰の主張であれ,同じように対応すればいいのではないか。また,「反論されると人格を攻撃する」とデマを言っているが,池田氏のエントリー(中島聡氏の「空気」論法:2011/10/8)を読んでも,管理人・中島氏(という存在自体)を “否定” することなど一行も書かれていない。管理人・中島氏(の指摘)に対して “反論” が述べられているだけである。】

●このエントリーに伴う,一連のコメントを読んで思ったことは,結局,誰も,今回の放射線の危険レベル(除染)に対する “判断基準” を持ち合わせていないと言うことだ。それどころか,その “判断基準” を決めることも出来ずに右往左往している。にもかかわらず,専門家が,その “判断基準” を示そうものなら,謙虚に耳を傾けるでもなく,納得するでもなく,“客観的事実” に基づく “判断基準” を提示できるでもなく,ただただ,不平や不服を漏らし続けるのである。

例えば,彼らは,「100mSv/y 以下の放射線量においても,“人体に悪影響がない” 根拠を示せ」と指摘する。しかし,ここで,彼らが重視しているのは,「(その知識や経験を持ち合わせていない)自分が,その根拠を理解できるかどうか」ではなく,「(誰もが一切否定が出来ない)その根拠が存在するかどうか(つまり,「絶対的安全」なるものを確認したい,という “欲求” )」に他ならない。そのため,その(誰もが一切否定できない)根拠なるものが存在しないという “現実” に直面すると,彼らは,「100mSv/y 以下の放射線量においても,“人体に悪影響がない” とは言い切れない」と口を揃えるのである。

 【このことを端的に示しているのが,ソラリスト(1)氏のコメントである。彼は,「Nao さんは根拠として引いておられるデータ元とその内容を明示すべきでしょう」,「どこで検証されたデータか示さずにいっても、全く科学的な議論になるわけがないでしょう」とコメントする。この論理では,新聞すら読めなくなってしまうが,これらのコメントこそが,まさに,“その知識や経験を持ち合わせておらず,そのデータを見せられても,それが正しいかどうか,判別も出来ない。そればかりか,ニセのデータを見せられても,そのデータが存在すること自体に満足し,ニセのデータを “事実” だと思い込んでしまう” ような素人が,「絶対的安全」なるものを確認したい,という “欲求” の現れなのである。そもそも,素人が,その “科学的議論” が出来ないから,日本中がパニックになっているのだ。】

●近頃,「安全・安心」というスローガンを耳にするようになった。「安心・安全」という論理は問題外としても,残念ながら,『安全』は “安心” に繋がるとは言い切れない。

我々は,『安全』や『危険』というコトバを漠然と使っているが,ある物事に対して,『安全』か『危険』かの “判断基準” は,「人の生命や健康に悪影響があるかどうか」に他ならない。つまり,我々が重視しているカテゴリーは,「絶対的危険」なのである。

そして,この「絶対的危険」を『危険』とさらっと言い,「絶対的危険以外のもの」を『安全』とさらっと言っているのである。「絶対的危険以外のもの」というカテゴリーには,「1. 絶対的安全」,「2. 相対的安全」,「3. 相対的危険」のファクターが混在しているが,このうち,「1. 絶対的安全」は “安心” に繋がるが,物事に全く関係しないことに他ならず,現実的には無視すべきファクターである。「2. 相対的安全」は “安心” に繋がるが,「3. 相対的危険」は “安心” に繋がらず,“不安” に繋がる。つまり,『安全』は “安心” に繋がるとは言い切れないのである。また,『危険』は “不安” に繋がるが,場合によっては,“安心” に繋がるケースが存在する。

このように,『安全(「絶対的危険以外のもの」)』と “安心” には,相関関係があったとしても,因果関係はない,また,『危険(「絶対的危険」)』と “不安” には,相関関係があったとしても,因果関係はない。人が,何に “安心” し,何に “不安” になるかは,その人自身の “欲求” に過ぎず,客観的な“判断基準”は存在しない。

●しかし,放射線の危険レベルに対する “判断基準” は,“人体に悪影響がある” という「絶対的危険」である以上,数多くの研究により,「100mSv/y 以下の放射線量において,“人体に悪影響が認められる”」という結果が出ていないならば,「100mSv/y 以下の放射線量においては,“人体に悪影響はない”」と結論づけることは,合理的判断であり,現実的対応である。

つまり,放射線量にかかわらず,“人体に悪影響が認められる(「絶対的危険」)” という結果が出たならば,『危険(「絶対的危険」)』だと結論づけ,“人体に悪影響が認められる(「絶対的危険」)” という結果が出ないならば,『安全(「絶対的危険以外のもの」)』だと結論づけることが,科学的思考である。

にもかかわず,素人が,“人体に悪影響が認められない(「絶対的危険以外のもの」)” という結果が出ないならば,『安全(「1. 絶対的安全」)』かどうか分からない」などと,科学的思考を無視し,くだらない屁理屈を言い出すから,問題が複雑化するのである。

このように,そんな彼らを納得させるものは,彼らの漠然とした “不安” を解消してくれる「1. 絶対的安全」という名の非現実的な “欲求” だけであるので,専門家が,“客観的事実” である科学的根拠をいくら提示しても無駄である。専門家に問われているのは,その知識や経験を持たない,素人の “不安” を取り除くために如何に(説明するのではなく)説得できる能力を持っているかどうかである。

 【 このことを端的に示しているのが,ib(1, 3)氏のコメントである。彼は,「数多くの研究により,「100mSv/y 以下の放射線量において,“人体に悪影響が認められる”」ということが “分かっていない” ならば,「100mSv/y 以下の放射線量において,“人体に悪影響はない”」と結論づけることは,疫学や統計学に基づく論理に従えば,全く非常識な結論である。また,「100mSv/y 以下の放射線量において,“人体に悪影響はない”」という結果が出ていないならば,「絶対的安心」であるという結論を出していいか “分からない”」との趣旨のコメントをする。彼は,管理人・中島氏のエントリーから「統計」,池田氏のエントリーから「疫学」というワードを引用することで,自分のコメントに説得力を持たせようとしているが,そもそも,このような論理こそが,科学的思考として全く非常識なのだ。】

●素人が,「専門家の説明で,“客観的事実” は理解できた。でも,放射線の影響が “心配だから” 除染作業をしっかりやって欲しい」と言うならば,誰もが納得するはずだ。しかし,その “客観的事実” である科学的根拠に対して,下らない屁理屈を言い,正解のない,非科学的な問いを専門家らに問うたところで,(誰もが一切否定できない)回答を引き出せる訳がない。このような言動は,社会にとって自殺行為であるにもかかわらず,彼らは,それを逆手(ぎゃくて)にとって,身勝手な “主観的事実” を押しつけ,“主観的願望” に基づく “欲求” を正当化する言動に走る。

素人は,物事に対して正確な知識や経験を持っていないため,その理解できると思えたことが,実は自分に都合の良いように解釈することで理解した気でいる,ということすら理解できず,また,その想像に至らない。さらに,困ったことに,専門家と対等以上の立場だと思い上がり,敬意を表すでもなく,謙虚さのみじんもない。素人は,何のために,いろいろな専門家が社会にいるのか,考えるべきであり,自分にその知識や経験が無いのならば,その専門家に謙虚に教えを請えば良いのである。その上で,“非難” ではなく “批判” をすれば良い。

 【 このことを端的に示しているのが,ib(3)氏のコメントである。彼は,「おそらく、皆さんの追求に答えられなくなり、退散したのでしょうが、あまり無責任なことを言うのは謹んだ方が良いのではないかと思います」とコメントする。意見の相違はあれ,今回の件について,誰もが真面目に向き合ってい最中,この不躾な傲慢な態度は,一体何であろうか。yumeno_tocyu(2) 氏がコメントするように,Nao 氏は,素人の質問や独白に対して,彼の知識を無償で提供してくれるなど,至って誠実な対応をしている。Nao 氏に教えを請う態度を示すならいざ知らず,勝ち負けでも争っているつもりなのか,余りにも失礼なコメントに吐き気がする。】

Yoshio

●管理人である中島氏が,「池田信夫氏が武田邦彦氏にけんかを売っている」とコメントしている。しかし,池田氏のエントリーを読んでみたが,どう読んでも「けんかを売っている」ようには解釈できない。何かしらの意図があって,このようなキャッチー(catchy)な表現を使っているのかもしれないが,単なる “批判” を「けんかを売っている」などと解釈する態度は,独白しか出来ない,典型的な日本人のそれを見せられているようで,気鬱になった。

 【このことを端的に示しているのが,N.Shimizu(1)氏のコメントである。彼は,「武田氏の主張には耳を傾け,事の是非を自分で判断したいと思うが,池田氏の主張は,論理が雑であり,その根拠が明確ではないので,是認に至らない。また,池田氏は,反論されると人格を攻撃するという言動をとる」との趣旨のコメントをする。しかし,武田氏の主張に耳を傾け,事の是非を自分で判断するならば,池田氏の主張であれ,誰の主張であれ,同じように対応すればいいのではないか。また,「反論されると人格を攻撃する」とデマを言っているが,池田氏のエントリー(中島聡氏の「空気」論法:2011/10/8)を読んでも,管理人・中島氏(という存在自体)を “否定” することなど一行も書かれていない。管理人・中島氏(の指摘)に対して “反論” が述べられているだけである。】

●このエントリーに伴う,一連のコメントを読んで思ったことは,結局,誰も,今回の放射線の危険レベル(除染)に対する “判断基準” を持ち合わせていないと言うことだ。それどころか,その “判断基準” を決めることも出来ずに右往左往している。にもかかわらず,専門家が,その “判断基準” を示そうものなら,謙虚に耳を傾けるでもなく,納得するでもなく,“客観的事実” に基づく “判断基準” を提示できるでもなく,ただただ,不平や不服を漏らし続けるのである。

例えば,彼らは,「100mSv/y 以下の放射線量においても,“人体に悪影響がない” 根拠を示せ」と指摘する。しかし,ここで,彼らが重視しているのは,「(その知識や経験を持ち合わせていない)自分が,その根拠を理解できるかどうか」ではなく,「(誰もが一切否定が出来ない)その根拠が存在するかどうか(つまり,「絶対的安全」なるものを確認したい,という “欲求” )」に他ならない。そのため,その(誰もが一切否定できない)根拠なるものが存在しないという “現実” に直面すると,彼らは,「100mSv/y 以下の放射線量においても,“人体に悪影響がない” とは言い切れない」と口を揃えるのである。

 【このことを端的に示しているのが,ソラリスト(1)氏のコメントである。彼は,「Nao さんは根拠として引いておられるデータ元とその内容を明示すべきでしょう」,「どこで検証されたデータか示さずにいっても、全く科学的な議論になるわけがないでしょう」とコメントする。この論理では,新聞すら読めなくなってしまうが,これらのコメントこそが,まさに,“その知識や経験を持ち合わせておらず,そのデータを見せられても,それが正しいかどうか,判別も出来ない。そればかりか,ニセのデータを見せられても,そのデータが存在すること自体に満足し,ニセのデータを “事実” だと思い込んでしまう” ような素人が,「絶対的安全」なるものを確認したい,という “欲求” の現れなのである。そもそも,素人が,その “科学的議論” が出来ないから,日本中がパニックになっているのだ。】

●近頃,「安全・安心」というスローガンを耳にするようになった。「安心・安全」という論理は問題外としても,残念ながら,『安全』は “安心” に繋がるとは言い切れない。

我々は,『安全』や『危険』というコトバを漠然と使っているが,ある物事に対して,『安全』か『危険』かの “判断基準” は,「人の生命や健康に悪影響があるかどうか」に他ならない。つまり,我々が重視しているカテゴリーは,「絶対的危険」なのである。

そして,この「絶対的危険」を『危険』とさらっと言い,「絶対的危険以外のもの」を『安全』とさらっと言っているのである。「絶対的危険以外のもの」というカテゴリーには,「1. 絶対的安全」,「2. 相対的安全」,「3. 相対的危険」のファクターが混在しているが,このうち,「1. 絶対的安全」は “安心” に繋がるが,物事に全く関係しないことに他ならず,現実的には無視すべきファクターである。「2. 相対的安全」は “安心” に繋がるが,「3. 相対的危険」は “安心” に繋がらず,“不安” に繋がる。つまり,『安全』は “安心” に繋がるとは言い切れないのである。また,『危険』は “不安” に繋がるが,場合によっては,“安心” に繋がるケースが存在する。

このように,『安全(「絶対的危険以外のもの」)』と “安心” には,相関関係があったとしても,因果関係はない,また,『危険(「絶対的危険」)』と “不安” には,相関関係があったとしても,因果関係はない。人が,何に “安心” し,何に “不安” になるかは,その人自身の “欲求” に過ぎず,客観的な“判断基準”は存在しない。

●しかし,放射線の危険レベルに対する “判断基準” は,“人体に悪影響がある” という「絶対的危険」である以上,数多くの研究により,「100mSv/y 以下の放射線量において,“人体に悪影響が認められる”」という結果が出ていないならば,「100mSv/y 以下の放射線量においては,“人体に悪影響はない”」と結論づけることは,合理的判断であり,現実的対応である。

つまり,放射線量にかかわらず,“人体に悪影響が認められる(「絶対的危険」)” という結果が出たならば,『危険(「絶対的危険」)』だと結論づけ,“人体に悪影響が認められる(「絶対的危険」)” という結果が出ないならば,『安全(「絶対的危険以外のもの」)』だと結論づけることが,科学的思考である。

にもかかわず,素人が,“人体に悪影響が認められない(「絶対的危険以外のもの」)” という結果が出ないならば,『安全(「1. 絶対的安全」)』かどうか分からない」などと,科学的思考を無視し,くだらない屁理屈を言い出すから,問題が複雑化するのである。

このように,そんな彼らを納得させるものは,彼らの漠然とした “不安” を解消してくれる「1. 絶対的安全」という名の非現実的な “欲求” だけであるので,専門家が,“客観的事実” である科学的根拠をいくら提示しても無駄である。専門家に問われているのは,その知識や経験を持たない,素人の “不安” を取り除くために如何に(説明するのではなく)説得できる能力を持っているかどうかである。

 【 このことを端的に示しているのが,ib(1, 3)氏のコメントである。彼は,「数多くの研究により,「100mSv/y 以下の放射線量において,“人体に悪影響が認められる”」ということが “分かっていない” ならば,「100mSv/y 以下の放射線量において,“人体に悪影響はない”」と結論づけることは,疫学や統計学に基づく論理に従えば,全く非常識な結論である。また,「100mSv/y 以下の放射線量において,“人体に悪影響はない”」という結果が出ていないならば,「絶対的安全」であるという結論を出していいか “分からない”」との趣旨のコメントをする。彼は,管理人・中島氏のエントリーから「統計」,池田氏のエントリーから「疫学」というワードを引用することで,自分のコメントに説得力を持たせようとしているが,そもそも,このような論理こそが,科学的思考として全く非常識なのだ。では,「1mSv/y(0.1μSv/h)以下の放射線量では,“人体に悪影響はない”」という科学的根拠(データ)が,一体何処にあるのだろう。自分が考える「絶対的安全」が,如何なる根拠に基づいているのか,一度考えた方が良い。】

●素人が,「専門家の説明で,“客観的事実” は理解できた。でも,放射線の影響が “不安だから” 除染作業をしっかりやって欲しい」と言うならば,誰もが納得するはずだ。しかし,その “客観的事実” である科学的根拠に対して,下らない屁理屈を言い,正解のない,非科学的な問いを専門家らに問うたところで,(誰もが一切否定できない)回答を引き出せる訳がない。このような言動は,社会にとって自殺行為であるにもかかわらず,彼らは,それを逆手(ぎゃくて)にとって,身勝手な “主観的事実” を押しつけ,“主観的願望” に基づく “欲求” を正当化する言動に走る。

素人は,物事に対して正確な知識や経験を持っていないため,その理解できると思えたことが,実は自分に都合の良いように解釈することで理解した気でいる,ということすら理解できず,また,その想像に至らない。さらに,困ったことに,専門家と対等以上の立場だと思い上がり,敬意を表すでもなく,謙虚さのみじんもない。素人は,何のために,いろいろな専門家が社会にいるのか,考えるべきであり,自分にその知識や経験が無いのならば,その専門家に謙虚に教えを請えば良いのである。その上で,“非難” ではなく “批判” をすれば良い。

 【 このことを端的に示しているのが,ib(3)氏のコメントである。彼は,「おそらく、皆さんの追求に答えられなくなり、退散したのでしょうが、あまり無責任なことを言うのは謹んだ方が良いのではないかと思います」とコメントする。意見の相違はあれ,今回の件について,誰もが真面目に向き合ってい最中,この不躾な傲慢な態度は,一体何であろうか。yumeno_tocyu(2) 氏がコメントするように,Nao 氏は,素人の質問や独白に対して,彼の知識を無償で提供してくれるなど,至って誠実な対応をしている。Nao 氏に教えを請う態度を示すならいざ知らず,勝ち負けでも争っているつもりなのか,余りにも失礼なコメントに吐き気がする。】

Yoshio

●管理人である中島氏が,「池田信夫氏が武田邦彦氏にけんかを売っている」とコメントしている。しかし,池田氏のエントリーを読んでみたが,どう読んでも「けんかを売っている」ようには解釈できない。何かしらの意図があって,このようなキャッチー(catchy)な表現を使っているのかもしれないが,単なる “批判” を「けんかを売っている」などと解釈する態度は,独白しか出来ない,典型的な日本人のそれを見せられているようで,気鬱になった。

 【このことを端的に示しているのが,N.Shimizu(1)氏のコメントである。彼は,「武田氏の主張には耳を傾け,事の是非を自分で判断したいと思うが,池田氏の主張は,論理が雑であり,その根拠が明確ではないので,是認に至らない。また,池田氏は,反論されると人格を攻撃するという言動をとる」との趣旨のコメントをする。しかし,武田氏の主張に耳を傾け,事の是非を自分で判断するならば,池田氏の主張であれ,誰の主張であれ,同じように対応すればいいのではないか。また,「反論されると人格を攻撃する」とデマを言っているが,池田氏のエントリー(中島聡氏の「空気」論法:2011/10/8)を読んでも,管理人・中島氏(という存在自体)を “否定” することなど一行も書かれていない。管理人・中島氏(の指摘)に対して “反論” が述べられているだけである。】

●このエントリーに伴う,一連のコメントを読んで思ったことは,結局,誰も,今回の放射線の危険レベル(除染)に対する “判断基準” を持ち合わせていないと言うことだ。それどころか,その “判断基準” を決めることも出来ずに右往左往している。にもかかわらず,専門家が,その “判断基準” を示そうものなら,謙虚に耳を傾けるでもなく,納得するでもなく,“客観的事実” に基づく “判断基準” を提示できるでもなく,ただただ,不平や不服を漏らし続けるのである。

例えば,彼らは,「100mSv/y 以下の放射線量においても,“人体に悪影響がない” 根拠を示せ」と指摘する。しかし,ここで,彼らが重視しているのは,「(その知識や経験を持ち合わせていない)自分が,その根拠を理解できるかどうか」ではなく,「(誰もが一切否定が出来ない)その根拠が存在するかどうか(つまり,「絶対的安全」なるものを確認したい,という “欲求” )」に他ならない。そのため,その(誰もが一切否定できない)根拠なるものが存在しないという “現実” に直面すると,彼らは,「100mSv/y 以下の放射線量においても,“人体に悪影響がない” とは言い切れない」と口を揃えるのである。

 【このことを端的に示しているのが,ソラリスト(1)氏のコメントである。彼は,「Nao さんは根拠として引いておられるデータ元とその内容を明示すべきでしょう」,「どこで検証されたデータか示さずにいっても、全く科学的な議論になるわけがないでしょう」とコメントする。この論理では,新聞すら読めなくなってしまうが,これらのコメントこそが,まさに,“その知識や経験を持ち合わせておらず,そのデータを見せられても,それが正しいかどうか,判別も出来ない。そればかりか,ニセのデータを見せられても,そのデータが存在すること自体に満足し,ニセのデータを “事実” だと思い込んでしまう” ような素人が,「絶対的安全」なるものを確認したい,という “欲求” の現れなのである。そもそも,素人が,その “科学的議論” が出来ないから,日本中がパニックになっているのだ。】

●近頃,「安全・安心」というスローガンを耳にするようになった。「安心・安全」という論理は問題外としても,残念ながら,『安全』は “安心” に繋がるとは言い切れない。

我々は,『安全』や『危険』というコトバを漠然と使っているが,ある物事に対して,『安全』か『危険』かの “判断基準” は,「人の生命や健康に悪影響があるかどうか」に他ならない。つまり,我々が重視しているカテゴリーは,「絶対的危険」なのである。

そして,この「絶対的危険」を『危険』とさらっと言い,「絶対的危険以外のもの」を『安全』とさらっと言っているのである。「絶対的危険以外のもの」というカテゴリーには,「1. 絶対的安全」,「2. 相対的安全」,「3. 相対的危険」のファクターが混在しているが,このうち,「1. 絶対的安全」は “安心” に繋がるが,物事に全く関係しないことに他ならず,現実的には無視すべきファクターである。「2. 相対的安全」は “安心” に繋がるが,「3. 相対的危険」は “安心” に繋がらず,“不安” に繋がる。つまり,『安全』は “安心” に繋がるとは言い切れないのである。また,『危険』は “不安” に繋がるが,場合によっては,“安心” に繋がるケースが存在する。

このように,『安全(「絶対的危険以外のもの」)』と “安心” には,相関関係があったとしても,因果関係はない,また,『危険(「絶対的危険」)』と “不安” には,相関関係があったとしても,因果関係はない。人が,何に “安心” し,何に “不安” になるかは,その人自身の “欲求” に過ぎず,客観的な“判断基準”は存在しない。

●しかし,放射線の危険レベルに対する “判断基準” は,“人体に悪影響がある” という「絶対的危険」である以上,数多くの研究により,「100mSv/y 以下の放射線量において,“人体に悪影響が認められる”」という結果が出ていないならば,「100mSv/y 以下の放射線量においては,“人体に悪影響はない”」と結論づけることは,合理的判断であり,現実的対応である。

つまり,放射線量にかかわらず,“人体に悪影響が認められる(「絶対的危険」)” という結果が出たならば,『危険(「絶対的危険」)』だと結論づけ,“人体に悪影響が認められる(「絶対的危険」)” という結果が出ないならば,『安全(「絶対的危険以外のもの」)』だと結論づけることが,科学的思考である。

にもかかわず,素人が,“人体に悪影響が認められない(「絶対的危険以外のもの」)” という結果が出ないならば,『安全(「1. 絶対的安全」)』かどうか分からない」などと,科学的思考を無視し,くだらない屁理屈を言い出すから,問題が複雑化するのである。

このように,そんな彼らを納得させるものは,彼らの漠然とした “不安” を解消してくれる「1. 絶対的安全」という名の非現実的な “欲求” だけであるので,専門家が,“客観的事実” である科学的根拠をいくら提示しても無駄である。専門家に問われているのは,その知識や経験を持たない,素人の “不安” を取り除くために如何に(説明するのではなく)説得できる能力を持っているかどうかである。

 【 このことを端的に示しているのが,ib(1, 3)氏のコメントである。彼は,「数多くの研究により,「100mSv/y 以下の放射線量において,“人体に悪影響が認められる”」ということが “分かっていない” ならば,「100mSv/y 以下の放射線量において,“人体に悪影響はない”」と結論づけることは,疫学や統計学に基づく論理に従えば,全く非常識な結論である。また,「100mSv/y 以下の放射線量において,“人体に悪影響はない”」という結果が出ていないならば,「絶対的安全」であるという結論を出していいか “分からない”」との趣旨のコメントをする。彼は,管理人・中島氏のエントリーから「統計」,池田氏のエントリーから「疫学」というワードを引用することで,自分のコメントに説得力を持たせようとしているが,そもそも,このような論理こそが,科学的思考として全く非常識なのだ。では,「1mSv/y(0.1μSv/h)以下の放射線量では,“人体に悪影響はない”」という科学的根拠(データ)が,一体何処にあるのだろう。自分が考える「絶対的安全」が,如何なる根拠に基づいているのか,一度考えた方が良い。】

●素人が,「専門家の説明で,“客観的事実” は理解できた。でも,放射線の影響が “不安だから” 除染作業をしっかりやって欲しい」と言うならば,誰もが納得するはずだ。しかし,その “客観的事実” である科学的根拠に対して,下らない屁理屈を言い,正解のない,非科学的な問いを専門家らに問うたところで,(誰もが一切否定できない)回答を引き出せる訳がない。このような言動は,社会にとって自殺行為であるにもかかわらず,彼らは,それを逆手(ぎゃくて)にとって,身勝手な “主観的事実” を押しつけ,“主観的願望” に基づく “欲求” を正当化する言動に走る。

素人は,物事に対して正確な知識や経験を持っていないため,その理解できると思えたことが,実は自分に都合の良いように解釈することで理解した気でいる,ということすら理解できず,また,その想像に至らない。さらに,困ったことに,専門家と対等以上の立場だと思い上がり,敬意を表すでもなく,謙虚さのみじんもない。素人は,何のために,いろいろな専門家が社会にいるのか,考えるべきであり,自分にその知識や経験が無いのならば,その専門家に謙虚に教えを請えば良いのである。その上で,“非難” ではなく “批判” をすれば良い。

 【 このことを端的に示しているのが,ib(3)氏のコメントである。彼は,「おそらく、皆さんの追求に答えられなくなり、退散したのでしょうが、あまり無責任なことを言うのは謹んだ方が良いのではないかと思います」とコメントする。意見の相違はあれ,今回の件について,誰もが真面目に向き合ってい最中,この不躾な傲慢な態度は,一体何であろうか。yumeno_tocyu(2) 氏がコメントするように,Nao 氏は,素人の質問や独白に対して,彼の知識を無償で提供してくれるなど,至って誠実な対応をしている。Nao 氏に教えを請う態度を示すならいざ知らず,勝ち負けでも争っているつもりなのか,余りにも失礼なコメントに吐き気がする。】

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