凍結した道には注意しよう

Snow 私の住むシアトルは、めずらしい大雪と氷点下の日々が続き、交通機関(とはいっても車とバスだけだが)が麻痺状態。いろいろなところで車が立ち往生しているため、普段15分かかるところが3時間かかったりと、大騒ぎだ。

 特に悲惨なのは、一度融けた雪が凍って出来た凍結道路。4輪駆動もアンチロック・ブレーキも、凍結した坂道では何の役にも立たない。

 ローカル局のKing5ニュースで、まさに凍結した道路で完全にコントロールを失っている車の様子が放映されていたのだが、ウェブサイトでも公開されているので、リンクを張っておく(音が出るので注意)。

 Seattle Snow Storm

 22秒目ぐらいのところで、運転手の「Help!」という叫び声が入っているところが何とも言えない。ちなみに、このビデオは視聴者からネット経由で送られてきたものだそうだ。「こちら側」の代表選手みたいに言われるテレビ局も、こんな形で視聴者からのコンテンツを利用できれば、まだまだ捨てたものではない。


ノルウェーの「凍った耳はあわててこすってはいけない」という言い伝え

Stop_1 雪は降り止んだが、カナダから吹き込んできた寒気のせいで11月としては記録的な寒さになったシアトル。家の外においてある温度計は摂氏マイナス8度を指している。

 ちなみに、このくらい寒くなると思い出すのがノルウェー人の友達から教わったノルウェー独自の言い伝え。子供のころに外から帰って冷え切った耳を両手で何とか暖めようとこすっていると、母親に、「寒い日に家の中に入ってあわてて耳をこすると、凍った耳が落ちてしまう」と何度も注意されたそうだ。

 私はこの話はかなり疑わしいと思っているのだが、摂氏マイナス20度にもなるノルウェーでは、子供たちの耳がすぐ「しもやけ」になってしまうことは想像できる。そして、しもやけ状態で神経が麻痺してしまっている耳をあまり強くこすることは確かに良くないのかも知れない、と無理やり科学的な説明をつけて納得している私である。


日本のタミフル消費量が突出している理由

Sunset1_1 昨日のエントリー「タミフルを普通の人にどんどん処方しているのは日本の医者だけ」には、お医者さんも含めたくさん方からのフィードバックをいただいた。

 その結果、なぜ日本でこれほど多くのタミフルが消費されているかについては、お医者さんの間でも二つの解釈があることが分かった。

(1)インフルエンザにかかった人すべてにすみやかにタミフルを処方することは皆にとって良いこと。それができるシステムが整っている日本の医療の方が優れている。

(2)タミフルは本来ならば体の弱っている老人とか子供がインフルエンザにかかった時にだけ処方すべき薬。しかし、一日でも会社を休みたくない患者からの要求と、保険の点数制度上のインセンティブの働きで、本来ならばタミフルが必要でない人にまで処方してしまっている。

 なにごともそうであるように、どちらか一方だけが真実、という話ではないとは思う。(1)の方は「見解の相違」ですませる話だが(私は、風邪もインフルエンザも出来るだけ自然治癒させるべきと考えているが、私と異なる考えを持つお医者さんがいるのも理解できる)、(2)の方は「診療報酬体系の欠陥」を示しており、このまま放置しては良くないように私には思える。

 特に読んでいただきたいのは、トラックバックをいただいた「タミフルを普通の人にどんどん処方している日本の医者」と、そのリンク先の「共有地の悲劇」。特に前者の、

 最後にひとつ申し添えておくと、アメリカの医者が「薬は要らないから、家で寝てろ」と言えるのは、アメリカでは、ひとりひとりの患者さんの「診察料」が高くて、日本のように「薬を出さないと病院経営が成り立たない」ような診療報酬体系とは異なること、そして、患者さんひとりあたりの医療費が高いので、そんなに大勢の患者さんを毎日診なくてもやっていけることなどの理由があります。そして、アメリカの場合は、日本よりもはるかに「病院を受診すること」への敷居が高く、患者さんの経済状態や保険の種類によって、治療内容そのものが制限されてしまうことが多い(そして、患者さんの側も、それを受け入れている)のです。いや、Satoshiさんのような、インテリジェンスが高い、人類全体のことまで考えてくれる「理解力のある」患者さんだけだったら、日本の医者だって、そんなにタミフルを処方しなくて済むと思いますよ。むしろ、日本の医者はアメリカの医者ほど偉くないので、「タミフルを処方させられている」のです。

の部分を読むと、この「薬づけ医療」の根本の原因は診療報酬体系そのものにあるのだということが良くわかる。たとえどんなに立派なお医者さんであれ、資本主義経済の日本で経済活動を営んでいる限りは、システムに正しいインセンティブが組み込まれてていない限り正しい方向には動いてくれない。これはモラルの問題ではなく、インセンティブの問題なのである(参照)。余計な薬を処方しなくとも、本当に患者のため、人々のために良いことをしたときに経済的に報われるシステムを作らない限り、「薬づけ医療」は止められない。

【追記】 ちなみに、医者が薬を処方すると得ることのできる収入を「処方箋料」と呼ぶが、これはそもそも「医薬分業」を進めるためのインセンティブとして導入されたものらしい。しかし、それが皮肉なことにも逆に薬剤使用量を増やすことになってしまっているとのこと(「院外処方がもたらしたもの」参照)。正しいインセンティブを作ることの難しさを物語っている。


タミフルを普通の人にどんどん処方しているのは日本の医者だけ

Ice_1 今日の夕方のニュース(Seattle King5)を見ていたら、日本で副作用らしき事例が多発しているタミフルに関する議論がFDA(Food and Drug Admistration office)で活発化しているという。ここ十ヶ月で100件以上の副作用らしき症例の報告があり(そのほとんどすべてが日本)、タミフルの説明書にこの副作用のことを言及すべき、との報告が出たらしい。

 タミフルは、スイスのロシュ社が製造するインフルエンザの特効薬だが、日本以外の国では「万が一、鳥インフルエンザが人から人への感染能力を持ってしまった場合に使うために備蓄しておくべき特効薬」との扱いであり、健康体の人がインフルエンザにかかった時にやたらと処方したりはするものではない。King5ニュースによれば、日本でのタミフルの一人あたりの消費量は、米国の20倍以上だそうである。つまり、日本だけで副作用事例が多発しているのは、日本の医者がタミフルを簡単に処方しすぎていることに起因するのだ。

 実はこれとまったく同じことが抗生物質に関しても言える。私は日本に住んでいたときは、冬になると必ずといって良いほど風邪をひき、医者に行っては抗生物質を処方してもらっていた。それと比べると、アメリカの医者は大違いで、風邪ぐらいで病院に行っても「何しに来たの?ゆっくり寝てなさい」と追いかいされてしまう。最初は私も「アメリカの医者は何と不親切なのだろう」と思っていたが、しかたなく薬を使わずに体を休めて風邪を治す、ということを繰り返しているうちに体に耐性ができたのか、今ではほとんど風邪で寝込むことなどなくなってしまった。

 後に抗生物質に関して学んだところ、抗生物質を風邪ぐらいの軽い病気にやたらと処方してしまうと、薬剤耐性菌を作ることになってしまい、その菌が命に関わるような悪さをしたときに抗生物質がまったく効かない、という最悪の事態になってしまう可能性があるそうだ。

 つまり、抗生物質にしてもタミフルにしても、この手の特効薬は命に関わる病気にかかったときにだけ使うべきもので、普通に体力のある人が風邪やインフルエンザにかかった時に使うべきものではないのだ。その辺の事情を知ってか知らずか、やたらとタミフルや抗生物質を処方してしまう日本の医者は一体何を考えているのだろうか?


血沸き肉踊る数学ドラマ、フェルマーの最終定理

 読書は昔から大好きな私だが、「読み始めたらやめられなくなる」ほど面白い本に出会うことはまれである。久しぶりにそんな出合いを与えてくれたのが、この「フェルマーの最終定理」。日本からの飛行機の中で一気読みをしてしまった。

 「フェルマーの最終定理がついに解けた」との最初の報道は良く覚えているが、その後しばらくして、「証明に欠陥が見つかったらしい」、「やはり解けたらしい」などの報道も眼にしていたので、結局どうなったのかを一度ちゃんと理解しておきたいと思い、この本を手に取ったのだ。

 すばらしいのは作者(サイモンシン)のノンフィクション作家としての力量。常人には到底理解できないところまで進化してしまった数論を駆使して解決された「フェルマーの最終定理」にまつわる人間ドラマを、そのエッセンスを失うことなく、万人が楽しめる形のドキュメンタリー小説にまとめた力量にはただただ脱帽である。


正露丸に関する一考察

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 少し前にUIEJのメンバーの間で正露丸のことが話題になっていたのだが、私自身興味があって以前調べたことがあったので、それをまとめて報告。

1.「正露丸」の商標は大幸薬品が所有しているが、他の企業も使用して良いことになっている。しかし、実際には、名前だけでなく、パッケージのデザインまでも似せた類似品がたくさんある。

2.正露丸は、日清戦争において伝染病に悩まされた帝国陸軍が感染症対策のために作った軍人用の薬。元々は「ロシアを征伐する」意味の「征露」から征露丸と書いたが、第二次世界大戦後、この名前は国際政治的に見て好ましくないとの行政指導があり、今の表記に変更された。

3.正露丸が下痢を止めるのは、殺菌によるものではなく、正露丸による腸管の運動と水分分泌を抑制する働きによるものである。不衛生な食べ物を食べた結果の下痢は、体に不適切なものを排除しようとする体の自然な働きであるが、正露丸はその正常な働きを抑制するものである(つまり、戦場の兵隊の下痢を一時的に止めるのには適している)。

 ネットを調べると、他にも「正露丸には発ガン作用がある」「正露丸は適量をわずかに超えて摂取しただけでも腸内に潰瘍を作ってしまう」などのもっと過激な意見も書かれていたが、すでに「都市伝説」化した感もあるので、それを信頼できる情報とみなすかどうかの判断は読者自身に任せる。

 「体が自己防衛のためにおこしている発熱、下痢などの症状は無理に抑えない方が良い」というポリシーの私としては、都市伝説めいた部分を除いた情報だけでも「正露丸は出来るだけ飲まない方が良いな」と思ってしまう。

 ちなみに、「疲れたら医者で栄養分を点滴してもらって働き続ける日本のサラリーマン」と「下痢を無理やり正露丸で抑えながらロシアと戦う日本の兵隊」が妙にオーバーラップしてしまう。体がガタガタでは、いくらがんばっても生産性があがらないのが知的労働者である。体調が悪かったら一日でも二日でも体を休めて、体調をしっかりとなおしてから『界王拳』で一気に取り戻す、という働き方の方がトータルでの生産性は上がる、というのが私が30年近くこの業界で働いてきて学んだことである。

【ネット上の参考資料】

Wikipedia、正露丸
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A3%E9%9C%B2%E4%B8%B8

木クレオソートの止瀉作用についての新しい知見
http://yakushi.pharm.or.jp/FULL_TEXT/125_12/pdf/937.pdf

「正露丸」は"普通名詞"を得るまでの経緯
http://www2.osk.3web.ne.jp/~seiro/SAI.htm

正露丸、この謎に満ちた類似品の数々
http://ume.sakura.ne.jp/~juninho/fake/seirogan/

大幸薬品株式会社ホームページ
http://www.seirogan.co.jp/

危険な正露丸の服用
http://www.oita-min.or.jp/sub114.htm

正露丸とはどんな薬なのか?
http://www.geocities.jp/m_kato_clinic/seirogan-01.html

正露丸の問題について
http://www.mi-net.org/yakugai/daboard/dascramble/seirogan.html

『買ってはいけない』論争の「正露丸」
http://www.geocities.jp/m_kato_clinic/seirogan-notbuy-01.html

正露丸の中毒量は常用量の約2~4倍
http://www.toiken.co.jp/dinews/seirogan.html


服部真澄「エルドラド」書評。そして次回作の提案

060825_011512  ここのところしばらく面白い小説に出会っていなかったのだが、久々にヒットしたのが、服部真澄の「エル・ドラド」。遺伝子組み換え作物(GMO - Genetically Modified Organism)ビジネスに絡むサスペンス小説。科学うんちく好きの私にはテーマがピッタリだったし、サスペンスとしての構成もなかなか良くできていたので、一気に読めた。

 服部真澄の小説は最初に読んだのが「龍の契り」。これは香港の返還をテーマにしたサスペンス作品だが(ちなみに、これもお勧めの一品)、彼女の小説に共通するのは、ニュースや歴史上の事実から「本当にあったとしてもおかしくない」リアリティのある事件や陰謀を創り出している点。もし、彼女がジャーナリストとして同じテーマを書いていたら色々と物議をかもし出しそうなテーマだが、あくまで「フィクション」という形を採りながらも、そこにしっかりとしたメッセージを込めているあたりは、かなりの確信犯にも見える。

 私が服部真澄だったら、次に選ぶテーマはES細胞(胎児幹細胞)ビジネス。分裂し始めたばかりの人間の受精卵から、その受精卵を生かしたまま細胞を一つ取り出して、それから幹細胞を増殖させるというテクニックが開発されたと報道されたばかり(Yahoo!ニュース参照)だが、これをネタにした企業サスペンスだ。表向きは「奇形や病気の要因になる遺伝子が親から子供に受け継がれるのを避ける」という遺伝子治療ビジネスに従事する企業が、ごく一部の資産家や著名人向けに、秘密裏に「IQが高い遺伝子」「運動能力に優れた遺伝子」を持った子供を作り出すというサービスを始めたらしいことを探りだした女性ジャーナリストが、その企業に潜入するに従ってさまざまな危険に出会いながら、さらにすごい陰謀を暴いて行く、という小説だ。水野美紀を主人公にして映画化することを最初から前提にして、彼女を意識して書いていただけるとなお良いのだが…(と言いつつ、水野美紀のブログにTBしてみる実験。残念ながら服部真澄のブログは発見できず)。


ノアの箱舟の化石、遂に発見!?

 Has Noah's Ark Been Found?

 上のABCニュースによれば、「テキサスの考古学者たちが、イランのElburz山脈にノアの箱舟の化石を見つけたと信じている」そうである。タイトルに「?」マークが付いていることや、「発見した」と言わずに「発見したと信じている」と書いているあたり、ABCとしては、あくまで宗教論争にはまきこまれないように中立的な立場を維持したまま、事実の報道に努めようとしていながら、なんだか奥歯にものが挟まったような報道をしているあたりがなんとも言えずに面白い。

 米国に暮らしてみると分かるが、この国には相変わらず「聖書に書いてあることは100%正しく、そこに書いてあることは(アダムとイブ、ノアの箱舟の話も含めて)全て歴史上の事実である」と頭から信じている人たちがかなりいる(感覚としては人口の10~20%ぐらいはいるように思える)。

 「言論の自由」と「政教分離」をモットーとする国としては、そういった人たちを頭から否定することも出来ないので、そのために色々なひずみが生じている。例えば、公立高校の生物の授業で進化論を教える時にも、「あくまでこれは一つの説でしかなく、信じるか信じないかは君たちの自由だ」という前置きを言った上で教えないと親から訴えられてしまう。

 言い換えれば、一部の人たちにとっては、21世紀の今になっても、「科学対宗教」の戦いは続いているのだ。そんな人たちにとっては、聖書に書かれている「ノアの箱舟」の化石を探し出して、(科学に対する)聖書の正しさを証明することは、何百年も前からの重要なミッションとなっているのだ(注:「ノアの箱舟の化石が見つかったからといっても、聖書に書いてあることが100%正しいという証明にはならない」などというヤボなツッコミはここではやめておこう)。

 今回、イランでノアの箱舟の化石らしきものを発見したのは、B.A.S.E.(Bible Archaeology Search and Exploration Institute - 聖書考古学調査探検協会)の考古学者たちであり、考古学的証拠により聖書の正当性を示すことを第一のミッションとしている人たちである。一般常識から照らして言えば、中立的な学術調査団体とは言えないのだが、彼らに言わせれば、「『普通の学術的な調査団体』は全て『科学者より』の人たちなので、そもそも中立ではありえない」のである。

 日本人の常識から考えれば、「宗教は宗教、科学は科学」なのだから、進化論を研究している生物学者が、盆・暮れ・正月にはまじめに宗教行事をこなしても一向に不思議はない。「天照大神」が実在した証拠を探している考古学者なんて聞いたこともない。

 米国においても、多くのキリスト教徒はそんな割りきりが出来ているのだが、残念ながら、一部の人たちにとっては、あいかわらず宗教と科学は排他的なものらしい。

 と、ここまで前ふりをした上で、彼らが発見した「ノアの箱舟らしきもの」の化石の写真を公開しているウェブサイトを紹介しよう。

Noah's Ark? For Real - CWN


子供達にだけ聞こえる超音波着メロ

060514_081838  「授業中にはケイタイの電源は切るように」

 こんな規則は今や世界中の学校にあるが、そんな規則の裏を書く特殊な着メロを使う子供たちがイギリスで増えているらしい。

 Pupils perform 'alarming' feat - Metro.co.uk(英文)

 人間の耳はある程度以上の周波数の音(超音波)を聞き取ることは出来ないが、その上限の周波数には個人差があり、特に年齢が大きく影響する。20才を超えた辺りから、ちょうどボーダーラインの18~20KHzが聞き取りにくくなるのである。

 イギリスの子供がそれを利用して作った「子供達にだけ聞こえる超音波着メロ」が、イギリス中の子供達に大流行だという。授業中にその着メロがなると、子供たちは聞こえるのだが、先生には聞こえないために、それがおかしくてクラス中がクスクスと笑い始めるのだそうだ。


おしっこは犬にとってのソシアル・ネットワーキング・ツール

Guardy  私の家にはシェルティーが一匹いるのだが、彼を観察しててつくづく思うことは、「犬のおしっこ」は彼らにとって、とても大切なソシアル・ネットワーキング・ツールだ、ということだ。

 彼を連れた早朝の散歩は、私達夫婦の日課だが、散歩道の途中に小さな広場の横を通ると妙にそちらに行きたがるので、最近は紐をはずして少しだけ自由にさせることにしている。その時の彼の行動を観察すると色々なことが分かってくる。

 まず広場のさまざまな場所を移動しながらクンクンと匂いを嗅いでまわる。鼻先を地面に触れんばかりにして歩きまわり、ところどころで立ち止まり、そこだけ丁寧に匂いを嗅いだりするのである。明らかに他の犬の残したおしっこの匂いを嗅いでいるのである。まるでネットサーフィンをしながら時々立ち止まって面白そうな記事にでも読みふけっているような行動だ。

 それが一段落すると、今度は自分がおしっこをする場所を決めるために、もう一度同じところを匂いを嗅ぎながら歩き回り、満足した場所に来るとおしっこをする。一ヶ所だけにする日もあれば、数ヶ所にする日もある。明らかに後から来る犬たちへのメッセージを残しているのだ。

 残念ながら私には彼らがどんなメッセージを残しているのかを知ることはできないが、想像することぐらいならできる。

「ハンサムなスピッツさん求む。スピッツ3才、メス、発情中」
「俺、スピッツじゃなくて、シェルティなんだけどいいかな。やさしくするから。」

 まさに、ソシアル・ネットワーキング・ツールである。これからはあの広場を「出会い系広場」と呼ぼう^^。